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悪魔、人間の本拠地へ

20.テスト

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ーーーーーミカーーーーー

ラドンに言われ、オレは今イオリとギルドの会議室にいる。
なんでも、国王が白色の俺たちに会いたいらしい。ま、どうせ白色判定の奴を危険視しての事だろうけど。

「イオリはセリフィア国王のリルジ・ケイ・セリフィアと面識はあるのか?」
「まあ、勇者召喚の儀に居たからな。それに……修行中、勇者全員にお菓子を配ってたな。」

お菓子を?一体どんな王だよ……。
意識だけで見たことはある。確かに気さくそうだとは思った。が、勇者にお菓子配るは意味わからん。
王にしては言動が軽く見える。それに、地位や出生、経歴をそこまで気にしないで分け隔てなく接してる様にも。そんな王、ディーク以外にもいると思わなかった。
天使や神に対する信仰心しか大きな違いが無いようにも見える。


なんて事を思っていると、外から気配がした。でも違和感がある。
三人の気配、内一つはラドンだ。だけど、三人全員が気配を薄くしている。それも意図的に。そして微かに聞こえる声に耳を澄ましてみる。


(片方のこの気配ってイオリでは?)
(せ、説明は後です陛下。それよりも、団長…本当にやるのか?)
(もちろんです。もう片方は本当に白色かも怪しいほどに弱く感じますから。イオリさんが白色は納得できますが。)


うーわ、完全にオレを試す気じゃねぇか。剣を抜く音まで聞こえる。多分、聖剣士の騎士団長だろうな。
え、これどうしろと?とりあえず、いつまで経っても入ってこない三人をどうすればいいのかを考える。騎士団長ヒルメルはオレを試そうとしてる。ならイオリから少し離れてみるか?

「イオリ、そこから動かないでいてくれ。」
「え?分かった。」

これでイオリはドアから見て左奥、オレは右手前にいる事になる。そしてイオリから離れてすぐにドアが開いた。分かりやすいにも程がある。
ドアが開いてもしばらく誰も来ない。何をするつもりなのだろうか。三人の気配は全く動いていない。何もしないのもあれだろうと、扉の方に向かった。
まったく、一体どんな面倒をしようと………。


…………会議室から一歩出た瞬間、右側からすぐに剣を向けられた。その剣はオレの首元を掠め、恐らく血が滲んでるだろう。

「この程度も避けられない者が白色、ですか……。何かの間違いでは無いのでしょうか。」

柔らかな空気を纏った薄水色の髪を一つに束ねている男。剣を速やかに鞘に納めた。
オレはこいつがあまり好きじゃ無い。神や天使を絶対的な存在だと思い、悪魔を酷く嫌悪している。

「騎士団長ヒルメル様。殺気の無い剣を避ける必要なんて無いと思っただけですけど?」
「おや、気付いてはいた…と?」
「もう少し音が出ないように剣を抜いたらどうですかね…。っていうかラドン、オレが会話全部聞こえてた事くらい気付いてたろ。」

こいつはオレの力が半端なものじゃ無いって知ってる筈だ。つかオレが一ヶ月前に言ったからな。

「だから団長に本当にやるのかって言ってただろ。」
「いや普通に止めろ。……まぁ、とりあえず室内で話しますか。」

会議室に戻りながら首の右側に触れた。やっぱり切れてたか。ま、ちゃちゃっと治しておいた。
それぞれが席に着く。オレとイオリ、ラドンとヒルメル、そしてリルジの並びで。リルジは細長いテーブルの、長の座る様な席に座っている。まぁ、この国の頂点だからな。

「いやぁ、驚いたよ。まさかイオリがこんなところに居るとはね。なんで城から出たのかはラドンに聞いたけど…それでも、無断はなかったと思うな。」
「本当にすみません……。」

金髪に青い瞳の青年が、リルジ・ケイ・セリフィア。三人の中で一番若く、一番強い、この国の主。確か二十代後半だっけ。
ちなみに、イオリが城を出たのはギルドに入って実戦慣れするためということにしてある。ラドンが気付いたけど国に報告してないのは、恋人と離れないといけなくなる可能性があるから、ということにも。


「いきなりだけど、君に自己紹介をしてもらいたいんだ。」
「あ、はい。もちろんですけど、何を言えばいいですか?」
「それじゃあ名前と年、それからジョブを教えてもらおうかな。」

ダメだ、やっぱりこの王様ふわふわしてて気が抜ける。悪魔が輪廻転生しない種族だって知らなかったら、ディークの生まれ変わりだと勘違いしそうだ。

「オレはミカ、年は十六で操術師です。」
「操術師!?わぁ、僕と同じなんだね!」
「ちょ、陛下!人前ではって……」

「……ははっ。」

あ、やべ、笑っちゃった。だってあまりにもあいつに似過ぎで、ちょっと気が抜けるもんだから。ラドンは大慌てだし、ヒルメルは不敬だと睨みつけてくる。

「王様がこんなのでビックリしちゃった?一応外では頑張ってたんだけどね、同じ操術師に初めて会ったからつい……。」

……本当に、似ている。会ったばかりの時の言葉さえ。

「あれ、なんでそんな悲しそうな顔をしてるの?」
「すみません、友人に似た雰囲気だったので……。」

『魔王がこんなのでビックリしてる?これでもみんなの前ではもうちょっとしっかりしてるんだけどね。君が相手だとつい……。』

……いや、私情を混ぜるな。これ以上あいつを重ねるな。まだ、過去を見る時じゃ無いな。

「僕に似た雰囲気の人か、会ってみたいなぁ。その人は今どうしてるの?」
「もう、何年も前に亡くなってます。」
「あっ……。ごめん、軽く聞いて。」

空気が重い……。とりあえず切り替えようか。

「ところで陛下。ただ会うためだけに来たとは思えないんですけど、何かギルドタウンに御用があるのでは?」
「……もちろん、ギルドタウンで確認したい事があるんだ。本当は二人共の筈だったけど、片方がイオリであれば確認は君にだけになる。」

確認?何を確認するのだろうか。

「本当はで観るべきものを、ヒルメルが省略しようとしていたけど。」
「ってことは、もしかして能力を?」
「そういう事。…それにしても驚いたな。『避ける必要が無い』なんて判断をする者は初めて見た。」

流石にもうちょっと人間っぽい選択をすべきだったか?相手に合わせて動くよりも、自分のペースで治す方が楽だからそうしたんだけど。



そして、一同はギルド本部の地下にある訓練場に向かった。オレがイオリに剣を教えた場所だ。今ならその時よりもっと動けるだろう。


「ここでミカには、私とヒルメル、ラドンと一対一で戦ってもらう。」


なるほど、魔法・接近・遠距離でそれぞれ力を観るってことか。オレは別に構わない。

「陛下、俺は辞退させて頂きます。」
「どうした、ラドン。」

何故かラドンは辞退している。出来ない何かあるのだろうか。
流石に戦意喪失では無いだろうけども。別に命を賭けたものじゃ無いだろうからな。

「遠距離で力を観るためのシステムは彼に通用しないと思われます。」
「それは、麻痺毒が効かないと言うことか?」
「はい。」

麻痺毒?もしかして、銃弾は当たったら動きを止める為の毒になっているとか?……どうやら本当にそうらしい。

「ミカ、悪いけどこの毒を試して貰えないだろうか。」
「やりますけど、どうせなら王様らしく命令してくださいよ。」
「……この毒を試しなさい。」

毒の詰まった弾を受け取った。少し触れただけで全身に痺れが出て、立てなくなるらしい。
毒に触れる前に成分を魔法で分析した。………成程ねぇ、よっわ。オレはその毒を飲み込んだ。

「なっ、死ぬ気!?すぐに解毒を………」
「効きません、この毒。」

ケロッとしてる。感覚的には鳥肌が立つ感じで、毒として意味は無い。そりゃ、オレが今まで飲んできた毒は悪魔に効くものだ。それに比べてこんなのは毒ですら無い。

「なるほど、確かにラドンの言う通り出来そうに無い。毒が効かない事が分かったからそれでよしとしよう。でも、狙撃の腕前は知っておきたい。地上に出てそれで鳥を撃つように。」
「分かりました。」


一度、外に出て空飛ぶ鳥を撃った。全部で十発、全て命中した。命中した鳥は墜落する時になんとか受け止め、解毒して自然に返した。

「優しいね。全部助けてあげるなんて。」
「彼らに罪は有りませんからね。鳥は、自由でないと。」


動物の中でも鳥は好きな方だ。自由で、どんな小鳥も大きく偉大に見える。


遠距離はこれで終了だ。次に行うのは接近戦。相手はもちろん騎士団長ヒルメルだ。
ルールがいくつかある。
まず魔法の制限。一切の攻撃魔法やデバフ魔法を禁止する。バフやエンチャント、ガードなどの自分に対する魔法は使ってもいい。
次に勝敗の付け方。相手を戦闘不能にさせるか、降伏させること。殺しは当たり前にダメだ。武器も訓練用の刃が鋭く無いものだ。
そして戦い方。剣を支給されるが、体術や殺傷能力のない武器の生成は許可されている。

二人とも同じ剣を受け取り、訓練場の中心に向かった。
確か、イオリは騎士団長の実力すら越してたんだよな。で、そのイオリに剣を教えているのはオレ。戦う必要性は無い気もするけど、何か観れるものがあるかも知れないならやろう。


「最初に剣を避けなかったこと、ただの強がりで無い事を願っていますよ。」
「………イオリに剣を教えた腕前、是非ともどれほどのものか知りたいな。本気で殺しにくるように。」

同じ人に同じ事を教える者として、前の師を知る事も必要だろう。しかし、ヒルメルには挑発に聞こえてしまったようだ。怒りを行動に出していないものの、言葉には出している。

「イオリさんはとても優秀な方です。貴方如きが私や彼と張り合うなどと、思い上がらないで頂きたい。」

ヒルメルは魔力だけで無く聖力を使う、神官達と同じ聖職者だ。なんで騎士団長なんかやってるのか分からないけど、なかなかに厄介だったりする。
それもその筈。聖力が一だとしたら、魔力が百無いと釣り合わない。イオリがヒルメルを超えたのは、その比率をイオリが上回ったから。
……でも、あとで魔法の奴もある。魔力は残しておきたい。いくらイオリから魔力を貰っていてもオレの最大とは程遠い。


「それでは……始め!」

リルジの掛け声で始まった戦闘。すぐに終わらせずに彼の動きを見てみたい。
まずヒルメルが真っ先にしたことは剣にエンチャントをする事。それも聖力で。どうやら本気で来るようだ。そしてタイミングを見計らい、オレに近づく。確かに一般的な人間に比べれば無駄の無い動きだ。でも…遅い。魔法を使わなくても元々の身体能力で簡単にかわす事ができる。

「それが本気か?もう一度だけ言おう、本気で殺しに来い。」
「………いいでしょう。」

周りの聖力が流れを変えた。ヒルメルを中心に、渦を描くように集まっている。でも、これは………。
先程よりも確かに速くなっている。動き一つ一つのキレが上がっているが、それでもまだダメだ。結局オレは魔力も聖力も使う必要が無さそうだ。
聖力を使いこなせずに、なんの進展も無いヒルメルとの戦いに決着を付けた。足払いという簡単な方法で。頭から盛大に転んだヒルメルは剣を手放している。あとはその剣をオレが拾うだけ。

「オレの勝ちでいいよな?」
「くっ……そ………!」

剣を元の場所に返した。リルジは圧勝したオレに驚いていたが、ここで苦戦していてはイオリの師匠にはなれない。
そして、負けたヒルメルはオレに難癖をつけてきた。

「陛下!この者は違反をしています!そうでなければ、勇者でも無い者が聖力に打ち勝つなど不可能でしょう!」
「………何か反論は?ミカ。」

あるよ。あるに決まってるよ。オレはなにも違反なんてしていない。する必要なんて全く無い。ただこいつが弱かっただけ。

「反論っていうか、戦って分かったことはいくつかあります。」
「分かったこと…とは?」

ヒルメルは、剣の腕だけ見れば一流だ。でも、白色にしては弱い。きっと、こいつが白色なのは聖力を操れるから。魔力をはかるものに聖力を入れれば白色になってもおかしくは無いだろう。

「ヒルメル、お前……絶望的に聖力の扱いがなってねぇのな。」
「なっ…貴方に何が分かると言うのですか!」
「じゃあ聞くけど、聖力が何か分かってる?」

これを答えられる奴なんてそうそういないだろう。神殿で学んでいる人だったら分かるかも知れないけど。

「聖力とは、神々や天使様の……」
「はい不正解。神も天使も関係ない。」

神と天使はよく使うだけで、直接的な繋がりは一切無い。関係があるとすれば、どの種族がどの力を使う事に秀でているかだけ。

「聖力とは、この世界を構築する成分の一つで世界そのもの。そして、力の粒子一つ一つが意思を持っている。お前はそれを正しく理解せずに、意のままに操ろうとしている。詰まるところ、お前は聖力の粒子…『聖なる子ら』に嫌われてるんだ。」

だから、聖なる子らは自らヒルメルに力を貸さない。あんな無理矢理動かせば、最悪壊れた子もいるだろう。自然に帰れずに消えてしまった子が。

「植物を育み、水を循環させ、地を固め、光を届けるこの子達に感謝の一つもした事が無いのだろう?即刻、聖剣士を辞める事を勧める。」

目を凝らして見える彼らは、ずっと怯えていた。小さな粒子で姿が見えずとも、声を発する事が無くても、自然と分かる。それでもオレは何も出来ないけど。




最後、魔法だ。相手はリルジ、この国で最も魔力操作に長けた者。

「さて、次は私だね。その前に一つ言わないといけない事がある。ここまでで観てきたこと…それは君の力じゃない。私はずっと君自身を観ていた。」

オレを?……オレが信用できる者かどうかを試していたというのか?

「本当はラドンで行動力を、ヒルメルで力の使い方を観るためのテストだったんだ。アクシデントもあったけれど、どちらもしっかりと分かった。そこで最後、私から。」

ここでリルジが試験の本質を明かした。それは、次の試験が魔法の対決じゃ無い事を意味する筈だ。一体何をさせる気なんだか。


「この場にいる誰か一人を、殺しなさい。」
「なるほど、そう来るか………。」


明らかな心理テスト。オレの中の答えは出ている。が、念の為の確認は必要か。


「もし、誰も殺さなかったらどうなりますか?」
「私が君を殺す。」


なるほ、まあ答えに変更はナシでいっか。
オレは真っ直ぐ、リルジの前に向かった。ラドンは驚き、ヒルメルはオレに対して攻撃体制に入る。
イオリはただ一人、オレの行動を読んでいるようだ。頭を抱えて苦い顔をした。


「なら、誰も殺さないんでオレを殺してどうぞ。」
「……私が君を殺さないと踏んで選んだ?」
「まっさか!有言実行はしてもらわないと。」

オレを、殺せるもんなら………な?『人間に危害を加えない』。イオリに言われたことはまだ続いている。もう破るわけにはいかない。それに、ここにはいけ好かない奴はいても殺したい奴はいない。

「そう……君を殺す気は無かったけど、君がそう言うのなら実行しようか。」

リルジはそう言うと、手のひらから出した植物を操りオレのを貫いた。オレを貫いた太い蔦を戻すと、手に付いた血をペロリと舐めて顔をしかめている。

「うわぁ流石にちょっと痛い…。にしても、なんで致命傷にならないとこを攻撃したんでしょうかねぇ…。」
「内臓を貫いた筈だけど、ちょっと痛いで済むってかなり凄い体をしているね。」

結局、殺す気は無いらしい。

とりあえず中途半端に痛い腹の穴を治す。
リルジはオレの行動一つ一つを細かく観ている。気さくなようで警戒心が強い。そのくせ自分を隠さない。本当に厄介な相手だ。

一通り予定していたことは終わったらしい。そして当たり前だがイオリは強制送還が決まっている。オレの同行はリルジによって許可されたが、単独行動は極力しないようにと釘を刺された。
宿との契約を切り、ギルドタウンに残るラドンに別れを告げて裏門へと向かう。
悪魔の国を出てからずっと過ごしてきた街。そこを出て行ったことの無い地へ向かう事にこんなに緊張するとは。
まぁ、外出を控えないと行けなかったオレにとってはタイミングのいい移動かも知れないけど。

そしてオレ達は、セリフィア城へと向かった。
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