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歪な物語の始まり

17.質問会

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ーーーーーミカーーーーー

朝日がカーテンの隙間から強く差し込む朝。ゆっくりと体を起こし、壁にかかっている振り子時計を見る。短針は既にきゅうを通り越していた。
隣のベッドは既にタオルケットが綺麗に畳まれていて、死角になっている少し先の壁の方からは二人の声が聞こえる。


「………には…告……で…か?」
「…や、報告……後…に…てます。昨…は考え…時間の方…欲しかったので。」


イオリと…ラドンの声。
そうだ、起きないと。ちゃんとオレの気持ちを言わないと。結果よりも、ただ今は伝えないといけないんだ。

オレの、嘘偽りの無い本当の姿で。


「………お、おはよう。ごめん、待たせた…かな。」
「「!?」」


二人とも見て取れるほどに驚いている。
それもそうだろう。オレは昨日の黒い…悪魔の姿で二人に声をかけた。でも、それは二人とも既に見た姿だ。
二人が困惑する程に驚いているその理由は……。


「今まで偽っていたけど…オレは元々、少年の姿じゃ無いんだ。」


ずっと十代半ばくらいの成長途中の少年の様な姿で過ごしていたが、それは魔力を使った年齢操作だ。実際は成人しているかいないかくらいまで成長している。
そして今、その姿で二人の前に出た。
正直、凄く怖い。もし本当の姿がイオリに恋人として受け入れられなかったらなんて、好みじゃ無かったらって、こんな時にそんな心配をしている。
とりあえずは昨日宿に戻りながら決めた通り、ちゃんと話をする為にダイニングテーブルを挟んで席に着いた。オレとラドンは正面に向かい合って。イオリは当たり前のようにオレの隣に。
そしてイオリは、「俺は大人しくしてるから」と告げた。

オレは時間をかけてラドンに説明した。
イオリと行動している理由や、オレが淫魔であり、悪魔の国の番人であり、オレ以外の悪魔が人間を殺していないことを。
しかし、オレの言葉にラドンは疑問を唱えた。


「待て、そんな筈はねぇだろ。」
「え?」
「何度か悪魔が人間を殺すところが何度も目撃されてる。あるギルド員は片手を悪魔に斬られて冒険者を辞めざるを得なくなってんだ。」
「っ!?」


ラドンの言葉にオレは驚くしか無かった。
悪魔が国を出るなんて百年に片手で数えられる程だ。それも常にオレが監視をする条件で。それに、外出許可を出せる悪魔は『見た目的に人間に紛れられる者』だけ。人間に擬態出来ない者の許可は出せない。


「何かの間違いじゃ…!門を含め悪魔の国を囲う結界はオレが張ったものだ。人間どころか悪魔も、天使すらも破ることは不可能なのに………。」
「だが、確かに異形の者だと聞いたぞ。聞いたものだと、ヒレが付いてるだとか獣の特徴を持ってるとか……。そんな奴、悪魔しか………」


……ヒレ?獣?
確かにそれらの特徴を持つ悪魔はごまんといる。それでも確かに誰一人としてそれらの特徴を持つ者を外に出していない。だとしたら考えられるのは………。


「おい、聞いてるか。」
「っ!悪い、嫌な予感がしてな。」
「嫌な予感?」


考えられる可能性は三つ。だが、その内二つは人間どころか悪魔にも伝える事は出来ない。何とか濁すしか無い?いや、素直に言えないと言うしかないか。


「悪い。悪魔の国で口に出す事すら禁忌とされる事で言う事は出来ない。が……方法はある。オレの結界を通らず、人間を殺す方法を。」
「ならお前以外の悪魔が人間を殺してないってのは通らないじゃねぇか。」
「……誰が『悪魔が人間を殺す方法』と言った?」
「なっ、人間が悪魔になりすましたって言いたいのか!」


流石にこれ以上は言えない。と、ラドンの質問攻めを強制的に止めた。
なりすましは可能性の一つだったが、それは禁忌でも何でもない。
この世界にいると呼ばれる彼らを、教えるべきだと思わない。そしてそれ以上に言葉にしていけないことは……例えイオリ相手でも言えないだろう。

そして、一応は説明が終わった。


「成程な……。その話に信憑性なんてねぇが、参考程度に覚えておこう。」
「あぁ、それで構わない。」


信じてもらえるなんて思っていない。逆にイオリがあそこまで信じてくれている方が奇跡だ。
説明が終わり、これからはラドンの質問に答えていくことになっている。
ラドンが質問を固めている間に、イオリがこそっと教えてくれた。ラドンがまだ国に報告していないと。昨日、オレをすぐに撃った時のような行動力はどうしたのか。なんて考えながらもほっとした。


数分経ち、質問がある程度固まったようだ。



「最初に聞いておきたいが、お前は人間をどう思っている?」
「人間を?……正直、ちょっと羨ましい。そして憎い。」
「なんでそう思う。」

「人間はオレから見れば弱い。弱い者は手を取り合い、何かを成すと労い合い認め合う。その反面、『力』に対しての欲が歪んだ者もいる。己の持たない『力』を、他の『力』を我が物にせんと奪い合い、妬み合い、『力』無き者を見下し、支配しようとする。」

人の醜さこそが人の美しさなど、オレには到底理解出来ない。
ラドンはオレの発言に「その通りだな。」と頷いた。


「次だ。昨日お前が殺した奴、どうして殺した?」
「………飢えと、怒りが混ざってしまったからだ。」
「飢えはさっき聞いたから分かるっちゃあ分かる。が、怒りはなんかあったのか?」

オレは一瞬答えるのを躊躇った。言わなければいけないと分かっていながら。オレ自身も認められなかったことを。

「気持ち悪いと、感じてしまったから。奴等の視線が、言葉が、伸ばして来た手が……。オレは淫魔なのに、触れられたく無いって、思って……。」
「強姦されそうになったってことか。ならあの双剣は…。」
「ケープを引っ張られた時に落としたみたいだな。」

今まで、いつものただの食事だった事に恐怖を感じている。淫魔の体質を無理矢理変えようと編んだ魔法の影響か、イオリに触れられて欲張りになったか。……まぁ、その両方だろうな。


「………次だ、なんで姿を変えていた?」
「人間に警戒されないように、出来る限り無害だと思われそうな姿になる必要があった。魔力供給はほぼ他人からなのが淫魔だからな。同じ『他人から魔力を貰う』種族でも吸血魔ならこんな必要は無かった。淫魔だからな。いくらフェロモンや媚薬があれど、この姿のままだと機能しない人間もいたから変えないとだったんだ。」

対象が男性である以上、食事が出来る人はだいぶ限られていた。だからオレが男女どちらとも捉えられる年齢くらいになっていた。姿を変えてからは警戒される事も少なくなって、食事出来る人数も増えていった。悲しい事に、な。

とりあえず、色くらいは白い方に戻しておくか。一応は白い方の姿で通っているからな。体格とかはまぁ、十六なら成長期だから何とか誤魔化せるだろう。
年齢操作は魔力を消費するから控えたい。あと流石に限界な気がする。


「……なんで自然回復だけじゃダメだったんだ?既に結界を張ってるんならお前は何もする必要無いじゃねぇか。」
「結界も強化と修復しないといけねぇんだよ。元々は対・天使用の結界だからな。今はまだ耐えてるけどそれもずっとじゃない。」

その為に魔力を回復させては結界を重ねて複雑化していく。魔力消費はこれがダントツでエグい。それもそうだ、その都度全ての魔力を使ってるんだから。
悪魔の国も狭いとは言え小さく無い。土地が限られている分、高い塔を築くしかないのだからな。


「天使相手に耐えてる?悪魔と天使ってどっちの方が強いん………」
「天使に決まってるだろ。比べるな。」
「決まってって……。お前、結界で防いでるじゃねぇか!」

「だから、オレが悪魔にも『化け物』って言われてんだ。」

化け物と一般悪魔を比べるのも馬鹿げている。


「なら、お前と魔王だとお前の方が強いのか。」
「……さあな、今はどうだか。最後に戦った時は引き分けた。けどまぁ、オレは魔王との契約で力に制限が掛けられてるからな。それが無ければオレのが強い。」

最大魔力や魔力の質は制限が無いけど、身体能力や一度に使える魔力は限られてる。
でもその契約はオレが持ちかけたものだ。何もせずに野放しにして、怯えるのは民達なのだから。魔王の管理下にある証があるだけでも安心度は違う。


「まだそんな力が……?いやいい。それでお前は…門番は悪魔の国でどれくらいの地位なんだ?」
「……変な事を聞くんだな。門番は一応上位の兵士と同等だけど……何でそんな事を?」
「魔王と戦った事があって、魔王より強いんだよな?そんな奴がなんで普通に国を出てるのか不思議に思うのは変か?」

確かに、そう言われればそうかも。ちょっと喋りすぎたか?
まぁ、それでも少しずつだけどラドンがオレを信じ始めている。ならオレもしっかりと答えるべきか。
……とはいえ、オレのことだけを。流石に情報漏洩は出来ない。と言うかしたくない。

「………門番は本来、兵士が行うものだったんだ。その遺恨でオレも兵士と同等だと思われてる。」
「ならお前は違うってことか?」

「オレは権力こそ無いけど、地位だけで言えば魔王の次に高い。」

「「はぁ!?」」

今まで大人しかったイオリまで反応した。そういえばイオリには「そこそこ高い」って伝えたような……。ごめん。
とは言え、魔王の関係者しか知らない事だ。公にする必要も無いと思って公開してないから、知らない人にとっては『そこそこ高い』とすら思わないだろう。

「番人以外もいくつか兼任してた時期もあったからな。魔王不在の時期は代理を務めてたし。」
「………なんかこれ以上聞いちゃいけねぇ気がするから、質問はこれまでだ。」



イオリにも教えていない事をたくさん話した。ラドンは頭を抱え、混乱している。ま、だろうな。生きてきた時間が違いすぎる。


「あ。」


何かを思い出したかのような、唐突な声。頭を抱えていたラドンが再びオレの方を向いた。肝心な事を聞き忘れていたと言うような真剣な面持ちで、ラドンはオレに問う。


「なぁ、悪魔って……一体何なんだ?」


人間は悪魔を『闇と穢れの具現化』と称してここまで伝えてきた。ラドンは、悪魔から見た悪魔の正体を知りたいのだろう。オレは悪魔が何か分かっている。でもそれは……


「悪いな。悪魔の国の掟ではないけど、かつての人間が隠蔽した情報については何も言えない。」
「人間が隠蔽した情報、だと……?」
「一切の記録も無い、ずっと昔のことだ。悪魔ですら知るものは………。」


もう、僅かしかいない。そして、それは絶対に誰にも教えてはならないという暗黙のルールがあった。知り過ぎても複雑なばかりだ。

長く話す内に、昼がいつの間にか過ぎていた。流石に区切るかと少し緊張が解けた時、イオリが口を開いた。


「ラドンさん…お願いがあります。」
「ん、なんですか?」
「ミカの事も、悪魔の事も誰にも言わないで欲しいんです。」
「え?」

イオリのお願いに驚いたのは、オレだけだった。オレから頼むべき事を真っ先にイオリが告げたのだ。

「頼まれなくてもそのつもりですよ。っていうか、こんなのどう報告するってんですか。」


な、なんか、良い方に向かってる…のか?
なんか二人が通じ合っていてオレだけ蚊帳の外に感じる。オレの事の筈なのに。
そして数分後、ラドンは「またな!」と言って部屋に戻って行った。本当に、温度差の凄い人だ。





それにしても、自分の事をこんなに誰かに教えた事なんて無かったような……。なかなかに緊張するものだ。無事(?)終わってよかった。
なんて言っても、緊張はまだ解けていない。
……本当の姿を、人間に見せる事になるとは思わなかった。自分で選んだこととは言え、拒絶されたら…なんて考えてしまう。

「……………………るか。」
「………」
「ミカ?」
「っ!何?」

イオリに声をかけられていたのにオレは気付かなかった。食事にするかと言ったらしいけど、完全に聞こえていなかった。
どうしよう、イオリに聞いてみる?でもそれで、恋人として見てもらえなくなっていたら……。

「ミカ、また何か心配事?それとも体調悪い?」
「い、イオリ………あのさ?」
「ん?」

本当に気付くのが速い。ちゃんとオレを見てくれてるんだなって思うと、少し気が楽になる。
怖いけど、放っておく訳にもいかないだろう。

「あのさ、オレが姿を偽ってて、どう思った?本当はこんな可愛げの無い普通の青年なんだけど………。」
「………え、それ心配してたのか?」

イオリはポカーンとしている。
………ん?
オレは全く予想してなかった反応に、頭にはてなを浮かべた。


「少年だろうと青年だろうとミカはミカだと思うけど……。」


イオリは本当に、何でも『当たり前だろ?』とでも言うように返してくる。
そうだ、オレが好きになったのはこんな奴だった。心配になるのはどう頑張っても止められない。それでも、イオリの言葉で直ぐに悩みなんて吹き飛んでいく。


「っふ、あっはは!やっぱイオリは凄いなぁ!」
「何を……。っていうか、その姿でも十分可愛いと思うよ?」
「っ、そんな事言うの、イオリくらいだと思うけど?」


なんだ、結局はいつも通り。



とは言え、オレの姿はいつも通りじゃ無いから暫くは外出出来ない。十センチは変わっているから、ギリギリまで外に出れそうに無いかもしれない。
とりあえず、オレに出来る事をしようと決めた。体質変化の魔法も編み直して、室内で出来そうな魔力操作をイオリに教えて、人間の国での過ごし方やマナーも勉強して……。時間はいくらでも有効活用出来そうだ。

一応、オレは薬の研究の為に籠っていると言う事にした。それなら暫く姿を見せなくてもおかしくは無いだろう。


なんて、これからどうするかをイオリと話したりしてるだけで、あっという間に時間は進んでいった。
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