19 / 73
歪な物語の始まり
17.質問会
しおりを挟む
ーーーーーミカーーーーー
朝日がカーテンの隙間から強く差し込む朝。ゆっくりと体を起こし、壁にかかっている振り子時計を見る。短針は既にⅨを通り越していた。
隣のベッドは既にタオルケットが綺麗に畳まれていて、死角になっている少し先の壁の方からは二人の声が聞こえる。
「………には…告……で…か?」
「…や、報告……後…に…てます。昨…は考え…時間の方…欲しかったので。」
イオリと…ラドンの声。
そうだ、起きないと。ちゃんとオレの気持ちを言わないと。結果よりも、ただ今は伝えないといけないんだ。
オレの、嘘偽りの無い本当の姿で。
「………お、おはよう。ごめん、待たせた…かな。」
「「!?」」
二人とも見て取れるほどに驚いている。
それもそうだろう。オレは昨日の黒い…悪魔の姿で二人に声をかけた。でも、それは二人とも既に見た姿だ。
二人が困惑する程に驚いているその理由は……。
「今まで偽っていたけど…オレは元々、少年の姿じゃ無いんだ。」
ずっと十代半ばくらいの成長途中の少年の様な姿で過ごしていたが、それは魔力を使った年齢操作だ。実際は成人しているかいないかくらいまで成長している。
そして今、その姿で二人の前に出た。
正直、凄く怖い。もし本当の姿がイオリに恋人として受け入れられなかったらなんて、好みじゃ無かったらって、こんな時にそんな心配をしている。
とりあえずは昨日宿に戻りながら決めた通り、ちゃんと話をする為にダイニングテーブルを挟んで席に着いた。オレとラドンは正面に向かい合って。イオリは当たり前のようにオレの隣に。
そしてイオリは、「俺は大人しくしてるから」と告げた。
オレは時間をかけてラドンに説明した。
イオリと行動している理由や、オレが淫魔であり、悪魔の国の番人であり、オレ以外の悪魔が人間を殺していないことを。
しかし、オレの言葉にラドンは疑問を唱えた。
「待て、そんな筈はねぇだろ。」
「え?」
「何度か悪魔が人間を殺すところが何度も目撃されてる。あるギルド員は片手を悪魔に斬られて冒険者を辞めざるを得なくなってんだ。」
「っ!?」
ラドンの言葉にオレは驚くしか無かった。
悪魔が国を出るなんて百年に片手で数えられる程だ。それも常にオレが監視をする条件で。それに、外出許可を出せる悪魔は『見た目的に人間に紛れられる者』だけ。人間に擬態出来ない者の許可は出せない。
「何かの間違いじゃ…!門を含め悪魔の国を囲う結界はオレが張ったものだ。人間どころか悪魔も、天使すらも破ることは不可能なのに………。」
「だが、確かに異形の者だと聞いたぞ。聞いたものだと、ヒレが付いてるだとか獣の特徴を持ってるとか……。そんな奴、悪魔しか………」
……ヒレ?獣?
確かにそれらの特徴を持つ悪魔はごまんといる。それでも確かに誰一人としてそれらの特徴を持つ者を外に出していない。だとしたら考えられるのは………。
「おい、聞いてるか。」
「っ!悪い、嫌な予感がしてな。」
「嫌な予感?」
考えられる可能性は三つ。だが、その内二つは人間どころか悪魔にも伝える事は出来ない。何とか濁すしか無い?いや、素直に言えないと言うしかないか。
「悪い。悪魔の国で口に出す事すら禁忌とされる事で言う事は出来ない。が……方法はある。オレの結界を通らず、人間を殺す方法を。」
「ならお前以外の悪魔が人間を殺してないってのは通らないじゃねぇか。」
「……誰が『悪魔が人間を殺す方法』と言った?」
「なっ、人間が悪魔になりすましたって言いたいのか!」
流石にこれ以上は言えない。と、ラドンの質問攻めを強制的に止めた。
なりすましは可能性の一つだったが、それは禁忌でも何でもない。
この世界にいる第四の知的生命体と呼ばれる彼らを、教えるべきだと思わない。そしてそれ以上に言葉にしていけないことは……例えイオリ相手でも言えないだろう。
そして、一応は説明が終わった。
「成程な……。その話に信憑性なんてねぇが、参考程度に覚えておこう。」
「あぁ、それで構わない。」
信じてもらえるなんて思っていない。逆にイオリがあそこまで信じてくれている方が奇跡だ。
説明が終わり、これからはラドンの質問に答えていくことになっている。
ラドンが質問を固めている間に、イオリがこそっと教えてくれた。ラドンがまだ国に報告していないと。昨日、オレをすぐに撃った時のような行動力はどうしたのか。なんて考えながらもほっとした。
数分経ち、質問がある程度固まったようだ。
「最初に聞いておきたいが、お前は人間をどう思っている?」
「人間を?……正直、ちょっと羨ましい。そして憎い。」
「なんでそう思う。」
「人間はオレから見れば弱い。弱い者は手を取り合い、何かを成すと労い合い認め合う。その反面、『力』に対しての欲が歪んだ者もいる。己の持たない『力』を、他の『力』を我が物にせんと奪い合い、妬み合い、『力』無き者を見下し、支配しようとする。」
人の醜さこそが人の美しさなど、オレには到底理解出来ない。
ラドンはオレの発言に「その通りだな。」と頷いた。
「次だ。昨日お前が殺した奴、どうして殺した?」
「………飢えと、怒りが混ざってしまったからだ。」
「飢えはさっき聞いたから分かるっちゃあ分かる。が、怒りはなんかあったのか?」
オレは一瞬答えるのを躊躇った。言わなければいけないと分かっていながら。オレ自身も認められなかったことを。
「気持ち悪いと、感じてしまったから。奴等の視線が、言葉が、伸ばして来た手が……。オレは淫魔なのに、触れられたく無いって、思って……。」
「強姦されそうになったってことか。ならあの双剣は…。」
「ケープを引っ張られた時に落としたみたいだな。」
今まで、いつものただの食事だった事に恐怖を感じている。淫魔の体質を無理矢理変えようと編んだ魔法の影響か、イオリに触れられて欲張りになったか。……まぁ、その両方だろうな。
「………次だ、なんで姿を変えていた?」
「人間に警戒されないように、出来る限り無害だと思われそうな姿になる必要があった。魔力供給はほぼ他人からなのが淫魔だからな。同じ『他人から魔力を貰う』種族でも吸血魔ならこんな必要は無かった。淫魔だからな。いくらフェロモンや媚薬があれど、この姿のままだと機能しない人間もいたから変えないとだったんだ。」
対象が男性である以上、食事が出来る人はだいぶ限られていた。だからオレが男女どちらとも捉えられる年齢くらいになっていた。姿を変えてからは警戒される事も少なくなって、食事出来る人数も増えていった。悲しい事に、な。
とりあえず、色くらいは白い方に戻しておくか。一応は白い方の姿で通っているからな。体格とかはまぁ、十六なら成長期だから何とか誤魔化せるだろう。
年齢操作は魔力を消費するから控えたい。あと流石に限界な気がする。
「……なんで自然回復だけじゃダメだったんだ?既に結界を張ってるんならお前は何もする必要無いじゃねぇか。」
「結界も強化と修復しないといけねぇんだよ。元々は対・天使用の結界だからな。今はまだ耐えてるけどそれもずっとじゃない。」
その為に魔力を回復させては結界を重ねて複雑化していく。魔力消費はこれがダントツでエグい。それもそうだ、その都度全ての魔力を使ってるんだから。
悪魔の国も狭いとは言え小さく無い。土地が限られている分、高い塔を築くしかないのだからな。
「天使相手に耐えてる?悪魔と天使ってどっちの方が強いん………」
「天使に決まってるだろ。比べるな。」
「決まってって……。お前、結界で防いでるじゃねぇか!」
「だから、オレが悪魔にも『化け物』って言われてんだ。」
化け物と一般悪魔を比べるのも馬鹿げている。
「なら、お前と魔王だとお前の方が強いのか。」
「……さあな、今はどうだか。最後に戦った時は引き分けた。けどまぁ、オレは魔王との契約で力に制限が掛けられてるからな。それが無ければオレのが強い。」
最大魔力や魔力の質は制限が無いけど、身体能力や一度に使える魔力は限られてる。
でもその契約はオレが持ちかけたものだ。何もせずに野放しにして、怯えるのは民達なのだから。魔王の管理下にある証があるだけでも安心度は違う。
「まだそんな力が……?いやいい。それでお前は…門番は悪魔の国でどれくらいの地位なんだ?」
「……変な事を聞くんだな。門番は一応上位の兵士と同等だけど……何でそんな事を?」
「魔王と戦った事があって、魔王より強いんだよな?そんな奴がなんで普通に国を出てるのか不思議に思うのは変か?」
確かに、そう言われればそうかも。ちょっと喋りすぎたか?
まぁ、それでも少しずつだけどラドンがオレを信じ始めている。ならオレもしっかりと答えるべきか。
……とはいえ、オレのことだけを。流石に情報漏洩は出来ない。と言うかしたくない。
「………門番は本来、兵士が行うものだったんだ。その遺恨でオレも兵士と同等だと思われてる。」
「ならお前は違うってことか?」
「オレは権力こそ無いけど、地位だけで言えば魔王の次に高い。」
「「はぁ!?」」
今まで大人しかったイオリまで反応した。そういえばイオリには「そこそこ高い」って伝えたような……。ごめん。
とは言え、魔王の関係者しか知らない事だ。公にする必要も無いと思って公開してないから、知らない人にとっては『そこそこ高い』とすら思わないだろう。
「番人以外もいくつか兼任してた時期もあったからな。魔王不在の時期は代理を務めてたし。」
「………なんかこれ以上聞いちゃいけねぇ気がするから、質問はこれまでだ。」
イオリにも教えていない事をたくさん話した。ラドンは頭を抱え、混乱している。ま、だろうな。生きてきた時間が違いすぎる。
「あ。」
何かを思い出したかのような、唐突な声。頭を抱えていたラドンが再びオレの方を向いた。肝心な事を聞き忘れていたと言うような真剣な面持ちで、ラドンはオレに問う。
「なぁ、悪魔って……一体何なんだ?」
人間は悪魔を『闇と穢れの具現化』と称してここまで伝えてきた。ラドンは、悪魔から見た悪魔の正体を知りたいのだろう。オレは悪魔が何か分かっている。でもそれは……
「悪いな。悪魔の国の掟ではないけど、かつての人間が隠蔽した情報については何も言えない。」
「人間が隠蔽した情報、だと……?」
「一切の記録も無い、ずっと昔のことだ。悪魔ですら知るものは………。」
もう、僅かしかいない。そして、それは絶対に誰にも教えてはならないという暗黙のルールがあった。知り過ぎても複雑なばかりだ。
長く話す内に、昼がいつの間にか過ぎていた。流石に区切るかと少し緊張が解けた時、イオリが口を開いた。
「ラドンさん…お願いがあります。」
「ん、なんですか?」
「ミカの事も、悪魔の事も誰にも言わないで欲しいんです。」
「え?」
イオリのお願いに驚いたのは、オレだけだった。オレから頼むべき事を真っ先にイオリが告げたのだ。
「頼まれなくてもそのつもりですよ。っていうか、こんなのどう報告するってんですか。」
な、なんか、良い方に向かってる…のか?
なんか二人が通じ合っていてオレだけ蚊帳の外に感じる。オレの事の筈なのに。
そして数分後、ラドンは「またな!」と言って部屋に戻って行った。本当に、温度差の凄い人だ。
それにしても、自分の事をこんなに誰かに教えた事なんて無かったような……。なかなかに緊張するものだ。無事(?)終わってよかった。
なんて言っても、緊張はまだ解けていない。
……本当の姿を、人間に見せる事になるとは思わなかった。自分で選んだこととは言え、拒絶されたら…なんて考えてしまう。
「……………………るか。」
「………」
「ミカ?」
「っ!何?」
イオリに声をかけられていたのにオレは気付かなかった。食事にするかと言ったらしいけど、完全に聞こえていなかった。
どうしよう、イオリに聞いてみる?でもそれで、恋人として見てもらえなくなっていたら……。
「ミカ、また何か心配事?それとも体調悪い?」
「い、イオリ………あのさ?」
「ん?」
本当に気付くのが速い。ちゃんとオレを見てくれてるんだなって思うと、少し気が楽になる。
怖いけど、放っておく訳にもいかないだろう。
「あのさ、オレが姿を偽ってて、どう思った?本当はこんな可愛げの無い普通の青年なんだけど………。」
「………え、それ心配してたのか?」
イオリはポカーンとしている。
………ん?
オレは全く予想してなかった反応に、頭にはてなを浮かべた。
「少年だろうと青年だろうとミカはミカだと思うけど……。」
イオリは本当に、何でも『当たり前だろ?』とでも言うように返してくる。
そうだ、オレが好きになったのはこんな奴だった。心配になるのはどう頑張っても止められない。それでも、イオリの言葉で直ぐに悩みなんて吹き飛んでいく。
「っふ、あっはは!やっぱイオリは凄いなぁ!」
「何を……。っていうか、その姿でも十分可愛いと思うよ?」
「っ、そんな事言うの、イオリくらいだと思うけど?」
なんだ、結局はいつも通り。
とは言え、オレの姿はいつも通りじゃ無いから暫くは外出出来ない。十センチは変わっているから、ギリギリまで外に出れそうに無いかもしれない。
とりあえず、オレに出来る事をしようと決めた。体質変化の魔法も編み直して、室内で出来そうな魔力操作をイオリに教えて、人間の国での過ごし方やマナーも勉強して……。時間はいくらでも有効活用出来そうだ。
一応、オレは薬の研究の為に籠っていると言う事にした。それなら暫く姿を見せなくてもおかしくは無いだろう。
なんて、これからどうするかをイオリと話したりしてるだけで、あっという間に時間は進んでいった。
朝日がカーテンの隙間から強く差し込む朝。ゆっくりと体を起こし、壁にかかっている振り子時計を見る。短針は既にⅨを通り越していた。
隣のベッドは既にタオルケットが綺麗に畳まれていて、死角になっている少し先の壁の方からは二人の声が聞こえる。
「………には…告……で…か?」
「…や、報告……後…に…てます。昨…は考え…時間の方…欲しかったので。」
イオリと…ラドンの声。
そうだ、起きないと。ちゃんとオレの気持ちを言わないと。結果よりも、ただ今は伝えないといけないんだ。
オレの、嘘偽りの無い本当の姿で。
「………お、おはよう。ごめん、待たせた…かな。」
「「!?」」
二人とも見て取れるほどに驚いている。
それもそうだろう。オレは昨日の黒い…悪魔の姿で二人に声をかけた。でも、それは二人とも既に見た姿だ。
二人が困惑する程に驚いているその理由は……。
「今まで偽っていたけど…オレは元々、少年の姿じゃ無いんだ。」
ずっと十代半ばくらいの成長途中の少年の様な姿で過ごしていたが、それは魔力を使った年齢操作だ。実際は成人しているかいないかくらいまで成長している。
そして今、その姿で二人の前に出た。
正直、凄く怖い。もし本当の姿がイオリに恋人として受け入れられなかったらなんて、好みじゃ無かったらって、こんな時にそんな心配をしている。
とりあえずは昨日宿に戻りながら決めた通り、ちゃんと話をする為にダイニングテーブルを挟んで席に着いた。オレとラドンは正面に向かい合って。イオリは当たり前のようにオレの隣に。
そしてイオリは、「俺は大人しくしてるから」と告げた。
オレは時間をかけてラドンに説明した。
イオリと行動している理由や、オレが淫魔であり、悪魔の国の番人であり、オレ以外の悪魔が人間を殺していないことを。
しかし、オレの言葉にラドンは疑問を唱えた。
「待て、そんな筈はねぇだろ。」
「え?」
「何度か悪魔が人間を殺すところが何度も目撃されてる。あるギルド員は片手を悪魔に斬られて冒険者を辞めざるを得なくなってんだ。」
「っ!?」
ラドンの言葉にオレは驚くしか無かった。
悪魔が国を出るなんて百年に片手で数えられる程だ。それも常にオレが監視をする条件で。それに、外出許可を出せる悪魔は『見た目的に人間に紛れられる者』だけ。人間に擬態出来ない者の許可は出せない。
「何かの間違いじゃ…!門を含め悪魔の国を囲う結界はオレが張ったものだ。人間どころか悪魔も、天使すらも破ることは不可能なのに………。」
「だが、確かに異形の者だと聞いたぞ。聞いたものだと、ヒレが付いてるだとか獣の特徴を持ってるとか……。そんな奴、悪魔しか………」
……ヒレ?獣?
確かにそれらの特徴を持つ悪魔はごまんといる。それでも確かに誰一人としてそれらの特徴を持つ者を外に出していない。だとしたら考えられるのは………。
「おい、聞いてるか。」
「っ!悪い、嫌な予感がしてな。」
「嫌な予感?」
考えられる可能性は三つ。だが、その内二つは人間どころか悪魔にも伝える事は出来ない。何とか濁すしか無い?いや、素直に言えないと言うしかないか。
「悪い。悪魔の国で口に出す事すら禁忌とされる事で言う事は出来ない。が……方法はある。オレの結界を通らず、人間を殺す方法を。」
「ならお前以外の悪魔が人間を殺してないってのは通らないじゃねぇか。」
「……誰が『悪魔が人間を殺す方法』と言った?」
「なっ、人間が悪魔になりすましたって言いたいのか!」
流石にこれ以上は言えない。と、ラドンの質問攻めを強制的に止めた。
なりすましは可能性の一つだったが、それは禁忌でも何でもない。
この世界にいる第四の知的生命体と呼ばれる彼らを、教えるべきだと思わない。そしてそれ以上に言葉にしていけないことは……例えイオリ相手でも言えないだろう。
そして、一応は説明が終わった。
「成程な……。その話に信憑性なんてねぇが、参考程度に覚えておこう。」
「あぁ、それで構わない。」
信じてもらえるなんて思っていない。逆にイオリがあそこまで信じてくれている方が奇跡だ。
説明が終わり、これからはラドンの質問に答えていくことになっている。
ラドンが質問を固めている間に、イオリがこそっと教えてくれた。ラドンがまだ国に報告していないと。昨日、オレをすぐに撃った時のような行動力はどうしたのか。なんて考えながらもほっとした。
数分経ち、質問がある程度固まったようだ。
「最初に聞いておきたいが、お前は人間をどう思っている?」
「人間を?……正直、ちょっと羨ましい。そして憎い。」
「なんでそう思う。」
「人間はオレから見れば弱い。弱い者は手を取り合い、何かを成すと労い合い認め合う。その反面、『力』に対しての欲が歪んだ者もいる。己の持たない『力』を、他の『力』を我が物にせんと奪い合い、妬み合い、『力』無き者を見下し、支配しようとする。」
人の醜さこそが人の美しさなど、オレには到底理解出来ない。
ラドンはオレの発言に「その通りだな。」と頷いた。
「次だ。昨日お前が殺した奴、どうして殺した?」
「………飢えと、怒りが混ざってしまったからだ。」
「飢えはさっき聞いたから分かるっちゃあ分かる。が、怒りはなんかあったのか?」
オレは一瞬答えるのを躊躇った。言わなければいけないと分かっていながら。オレ自身も認められなかったことを。
「気持ち悪いと、感じてしまったから。奴等の視線が、言葉が、伸ばして来た手が……。オレは淫魔なのに、触れられたく無いって、思って……。」
「強姦されそうになったってことか。ならあの双剣は…。」
「ケープを引っ張られた時に落としたみたいだな。」
今まで、いつものただの食事だった事に恐怖を感じている。淫魔の体質を無理矢理変えようと編んだ魔法の影響か、イオリに触れられて欲張りになったか。……まぁ、その両方だろうな。
「………次だ、なんで姿を変えていた?」
「人間に警戒されないように、出来る限り無害だと思われそうな姿になる必要があった。魔力供給はほぼ他人からなのが淫魔だからな。同じ『他人から魔力を貰う』種族でも吸血魔ならこんな必要は無かった。淫魔だからな。いくらフェロモンや媚薬があれど、この姿のままだと機能しない人間もいたから変えないとだったんだ。」
対象が男性である以上、食事が出来る人はだいぶ限られていた。だからオレが男女どちらとも捉えられる年齢くらいになっていた。姿を変えてからは警戒される事も少なくなって、食事出来る人数も増えていった。悲しい事に、な。
とりあえず、色くらいは白い方に戻しておくか。一応は白い方の姿で通っているからな。体格とかはまぁ、十六なら成長期だから何とか誤魔化せるだろう。
年齢操作は魔力を消費するから控えたい。あと流石に限界な気がする。
「……なんで自然回復だけじゃダメだったんだ?既に結界を張ってるんならお前は何もする必要無いじゃねぇか。」
「結界も強化と修復しないといけねぇんだよ。元々は対・天使用の結界だからな。今はまだ耐えてるけどそれもずっとじゃない。」
その為に魔力を回復させては結界を重ねて複雑化していく。魔力消費はこれがダントツでエグい。それもそうだ、その都度全ての魔力を使ってるんだから。
悪魔の国も狭いとは言え小さく無い。土地が限られている分、高い塔を築くしかないのだからな。
「天使相手に耐えてる?悪魔と天使ってどっちの方が強いん………」
「天使に決まってるだろ。比べるな。」
「決まってって……。お前、結界で防いでるじゃねぇか!」
「だから、オレが悪魔にも『化け物』って言われてんだ。」
化け物と一般悪魔を比べるのも馬鹿げている。
「なら、お前と魔王だとお前の方が強いのか。」
「……さあな、今はどうだか。最後に戦った時は引き分けた。けどまぁ、オレは魔王との契約で力に制限が掛けられてるからな。それが無ければオレのが強い。」
最大魔力や魔力の質は制限が無いけど、身体能力や一度に使える魔力は限られてる。
でもその契約はオレが持ちかけたものだ。何もせずに野放しにして、怯えるのは民達なのだから。魔王の管理下にある証があるだけでも安心度は違う。
「まだそんな力が……?いやいい。それでお前は…門番は悪魔の国でどれくらいの地位なんだ?」
「……変な事を聞くんだな。門番は一応上位の兵士と同等だけど……何でそんな事を?」
「魔王と戦った事があって、魔王より強いんだよな?そんな奴がなんで普通に国を出てるのか不思議に思うのは変か?」
確かに、そう言われればそうかも。ちょっと喋りすぎたか?
まぁ、それでも少しずつだけどラドンがオレを信じ始めている。ならオレもしっかりと答えるべきか。
……とはいえ、オレのことだけを。流石に情報漏洩は出来ない。と言うかしたくない。
「………門番は本来、兵士が行うものだったんだ。その遺恨でオレも兵士と同等だと思われてる。」
「ならお前は違うってことか?」
「オレは権力こそ無いけど、地位だけで言えば魔王の次に高い。」
「「はぁ!?」」
今まで大人しかったイオリまで反応した。そういえばイオリには「そこそこ高い」って伝えたような……。ごめん。
とは言え、魔王の関係者しか知らない事だ。公にする必要も無いと思って公開してないから、知らない人にとっては『そこそこ高い』とすら思わないだろう。
「番人以外もいくつか兼任してた時期もあったからな。魔王不在の時期は代理を務めてたし。」
「………なんかこれ以上聞いちゃいけねぇ気がするから、質問はこれまでだ。」
イオリにも教えていない事をたくさん話した。ラドンは頭を抱え、混乱している。ま、だろうな。生きてきた時間が違いすぎる。
「あ。」
何かを思い出したかのような、唐突な声。頭を抱えていたラドンが再びオレの方を向いた。肝心な事を聞き忘れていたと言うような真剣な面持ちで、ラドンはオレに問う。
「なぁ、悪魔って……一体何なんだ?」
人間は悪魔を『闇と穢れの具現化』と称してここまで伝えてきた。ラドンは、悪魔から見た悪魔の正体を知りたいのだろう。オレは悪魔が何か分かっている。でもそれは……
「悪いな。悪魔の国の掟ではないけど、かつての人間が隠蔽した情報については何も言えない。」
「人間が隠蔽した情報、だと……?」
「一切の記録も無い、ずっと昔のことだ。悪魔ですら知るものは………。」
もう、僅かしかいない。そして、それは絶対に誰にも教えてはならないという暗黙のルールがあった。知り過ぎても複雑なばかりだ。
長く話す内に、昼がいつの間にか過ぎていた。流石に区切るかと少し緊張が解けた時、イオリが口を開いた。
「ラドンさん…お願いがあります。」
「ん、なんですか?」
「ミカの事も、悪魔の事も誰にも言わないで欲しいんです。」
「え?」
イオリのお願いに驚いたのは、オレだけだった。オレから頼むべき事を真っ先にイオリが告げたのだ。
「頼まれなくてもそのつもりですよ。っていうか、こんなのどう報告するってんですか。」
な、なんか、良い方に向かってる…のか?
なんか二人が通じ合っていてオレだけ蚊帳の外に感じる。オレの事の筈なのに。
そして数分後、ラドンは「またな!」と言って部屋に戻って行った。本当に、温度差の凄い人だ。
それにしても、自分の事をこんなに誰かに教えた事なんて無かったような……。なかなかに緊張するものだ。無事(?)終わってよかった。
なんて言っても、緊張はまだ解けていない。
……本当の姿を、人間に見せる事になるとは思わなかった。自分で選んだこととは言え、拒絶されたら…なんて考えてしまう。
「……………………るか。」
「………」
「ミカ?」
「っ!何?」
イオリに声をかけられていたのにオレは気付かなかった。食事にするかと言ったらしいけど、完全に聞こえていなかった。
どうしよう、イオリに聞いてみる?でもそれで、恋人として見てもらえなくなっていたら……。
「ミカ、また何か心配事?それとも体調悪い?」
「い、イオリ………あのさ?」
「ん?」
本当に気付くのが速い。ちゃんとオレを見てくれてるんだなって思うと、少し気が楽になる。
怖いけど、放っておく訳にもいかないだろう。
「あのさ、オレが姿を偽ってて、どう思った?本当はこんな可愛げの無い普通の青年なんだけど………。」
「………え、それ心配してたのか?」
イオリはポカーンとしている。
………ん?
オレは全く予想してなかった反応に、頭にはてなを浮かべた。
「少年だろうと青年だろうとミカはミカだと思うけど……。」
イオリは本当に、何でも『当たり前だろ?』とでも言うように返してくる。
そうだ、オレが好きになったのはこんな奴だった。心配になるのはどう頑張っても止められない。それでも、イオリの言葉で直ぐに悩みなんて吹き飛んでいく。
「っふ、あっはは!やっぱイオリは凄いなぁ!」
「何を……。っていうか、その姿でも十分可愛いと思うよ?」
「っ、そんな事言うの、イオリくらいだと思うけど?」
なんだ、結局はいつも通り。
とは言え、オレの姿はいつも通りじゃ無いから暫くは外出出来ない。十センチは変わっているから、ギリギリまで外に出れそうに無いかもしれない。
とりあえず、オレに出来る事をしようと決めた。体質変化の魔法も編み直して、室内で出来そうな魔力操作をイオリに教えて、人間の国での過ごし方やマナーも勉強して……。時間はいくらでも有効活用出来そうだ。
一応、オレは薬の研究の為に籠っていると言う事にした。それなら暫く姿を見せなくてもおかしくは無いだろう。
なんて、これからどうするかをイオリと話したりしてるだけで、あっという間に時間は進んでいった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】神様はそれを無視できない
遊佐ミチル
BL
痩せぎすで片目眼帯。週三程度で働くのがせいっぱいの佐伯尚(29)は、誰が見ても人生詰んでいる青年だ。当然、恋人がいたことは無く、その手の経験も無い。
長年恨んできた相手に復讐することが唯一の生きがいだった。
住んでいたアパートの退去期限となる日を復讐決行日と決め、あと十日に迫ったある日、昨夜の記憶が無い状態で目覚める。
足は血だらけ。喉はカラカラ。コンビニのATMに出向くと爪に火を灯すように溜めてきた貯金はなぜか三桁。これでは復讐の武器購入や交通費だってままならない。
途方に暮れていると、昨夜尚を介抱したという浴衣姿の男が現れて、尚はこの男に江東区の月島にある橋の付近っで酔い潰れていて男に自宅に連れ帰ってもらい、キスまでねだったらしい。嘘だと言い張ると、男はその証拠をバッチリ録音していて、消して欲しいなら、尚の不幸を買い取らせろと言い始める。
男の名は時雨。
職業:不幸買い取りセンターという質屋の店主。
見た目:頭のおかしいイケメン。
彼曰く本物の神様らしい……。
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
転生したら貴族子息だった俺は死に場所を求める
リョウ
BL
王子主催の夜会が開かれた日頭の中に流れ込む記憶があった。
そして、前世を思い出した主人公はふと考えていたことを実行にうつそうと決心した。
死に場所を求めて行き着いた先には
基本主人公目線 途中で目線変わる場合あり。
なんでも許せる方向け
作者が読み漁りした結果こういうので書いてみたいかもという理由で自分なり書いた結果
少しでも気に入ってもらえたら嬉しく思います
あーこれどっかみた設定とか似たようなやつあったなーってのをごちゃ混ぜににしてあるだけです
BLですが必要と判断して女性キャラ視点をいれてあります。今後1部女性キャラ視点があります。
主人公が受けは確定です
恋愛までいくのに時間かかるかも?
タグも増えたり減ったり 話の進み方次第です
近況報告も参照していただけたら幸いです。
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
倫理的恋愛未満
雨水林檎
BL
少し変わった留年生と病弱摂食障害(拒食)の男子高校生の創作一次日常ブロマンス(BL寄り)小説。
体調不良描写を含みます、ご注意ください。
基本各話完結なので単体でお楽しみいただけます。全年齢向け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる