【完】天使な淫魔は勇者に愛を教わる。

輝石玲

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歪な物語の始まり

14.自覚

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 一瞬、思考が停止した。今起きている事を一度整理してみる。
 まず、オレがイオリに手を出しかけて申し訳なさと気まずさから避けている。
 それから、回復のために討伐に行こうとしたらラドンと行動を共にする事になった。
 そして、帰りづらいオレを置いてくれると言ったラドンと、帰りづらい部屋イオリのとこの隣の部屋に来ている。

 ………なんでこうなる?

「お?どうした、そんな暗い顔をして。」
「いえ、なんでもありません……。」

 ラドンに言われるがままソファに座った。ラドンは慣れた手つきでクッキーとホットミルクと酒を用意した。当然オレに出されたのはホットミルク。また子供扱いかと思いながら一口飲んだ。ら、蜂蜜入りの甘いホットミルクで、簡単に落ち着いた。

「美味いか?」
「美味しいですけど……ラドンさん。考えすぎかも知れないですけど、オレのことだいぶ子供扱いしてません?」
「え、まさか成人してんのか?」

 してる事にはしているが、身分を偽っている以上それは言えない。やはり十八にしておくべきだったか。

「……成人はまだです。」
「なら子供だろうが。もうすぐ成人だろうが子供なんだから、大人を頼るべきだろう。」
「………そういうもの、なんですか?」

 やはり人間の考えはよく分からない。子供と言うだけで甘えが許される種族。オレが本当に未成年の時はどうしていただろうか。………だめだ、ずっと勉強していた記憶しかない。

「いや、少しばかり違うな。大人だろうが子供だろうが、顔色悪くするまで悩んでるやつは助けたくなるもんだ。逃げるってのは、みっともない様でその実は賢い選択だ。進む道も変えられず、来た道も戻れないっつー事ほど苦しい事は無いと思うからな。」

 退路を絶たれた一本道。それがどれだけ苦しいかなんてオレもよく分かっている。助けたくなると言う事も。助けられない悔しさも…。

「確か『大切な人を傷つけた』だっけ?何があったのか教えてくれねぇか?話聞くくらいなら出来るからな。」
「えと…、驚かないでくださいよ?」
「おう!」

 あまり人に言うべきでは無いだろうが、何故かこの男は信用出来るような気がする。まぁ、オレの事を人間だと思っている時は、だけど。

「その…大切な人に手を出してしまって………。」
「あー、暴力は確かに良くねぇな。」
「あ、いや、性的に手を出しかけて……」
「なっ!?」

 驚かないでって言ったのに。まぁ無理もないだろうけど。

「そ、それはまた………。」
「いくら未遂で済んだとは言え、理性を失って同意の無いまま襲った事に変わりは無い。ちゃんと抑えられなかったオレが悪いのに、顔を見れなくて、逃げて、最低ですよね。」
「まぁ、過去は変えられずとも反省しているのなら多少はいい方だろう。そこから、これからはどうするかを考えればいい。」

 これから、か……。あと四ヶ月で勇者は動き出す。少なくともあと四ヶ月はイオリと行動しなければいけない。わだかまりがあるなんてもってのほかだ。二ヶ月でこれなのに、耐えられるだろうか。いくら薬で抑えられるとは言え、今回のような事が二度と無いとも限らない。どれだけ頭では分かっていても、少しずつ強まる発情はどうにも出来ない。それに、何故かオレは発情していなくてもイオリを欲している。

「同じ事を繰り返してはいけない。分かってるのにどうして…こんなにも欲が出る?」
「欲がって……、その人のことが好きなんじゃねぇの?」
「す、き……?………っ!?」

 全く考えていなかった可能性。だって今まで全然関わりが無かったから……。でも確かに言われてわかった。この温かくて苦しい不思議な感情は確かに、好きと言う言葉が一番しっくりくる。

「ははっ、お前無自覚だったのか!まぁ気持ちは分からんでも無い。俺も嫁さんを好きだと気付いたのはだいぶ遅かったからな。」
「最っ悪だ……。」

 好きな人を傷つけた。好きな人とあと四ヶ月しか共にいられない。好きな人に嫌われたく無い。今更気付いたってどうしようも無いのに。

「ま、自分の思うタイミングで仲直りする事だな。避け続けたってどうにもならねぇ。」
「……すぐ、今すぐ何とかする。立場とか関係とか気にせず、ただ嫌われたく無い。誤解させたままにしたくない。」

 恐怖と衝動に駆られ、すぐに立ち上がった。壁一枚の向こうにいる好きな人に、イオリにちゃんと言葉を伝えないと。

「外は暗い、送ってやるよ。」
「いや、それは大丈夫です。隣の部屋なんで。」
「いいか、ら………?待て、隣の部屋!?」

 そういえば言ってなかったっけ。ラドンは「凄い偶然もあったもんだな」と苦笑している。オレはラドンに礼を伝えてイオリのいる隣の部屋の前に立った。まだ怖いけど、それでも何もしないで後悔したくない。オレは怯えながらもドアノブを回した。ただいまの一言も言えないまま静かに部屋に入った。ドアを閉め、鍵を閉めていると、こっちに向かって足音がした。その足音の主は言うまでもなく彼で、オレは動きを止めてしまった。

「遅い!もう戻らないかもって、なんかあったんじゃ無いかってどれだけ心配したと…!」

 イオリに強く抱きしめられた。ゼロ距離で伝わってくる鼓動は速く大きく、焦りが嫌と言うほど伝わってくる。オレに怯えていないだろうか。オレを嫌わないのだろうか。そんな不安は全て、たった一瞬の行動で吹き飛んでしまった。

「い、いおり………ごめん、なさい。オレっ…、お前に………!」
「謝るな、最初から怒ってないから。」

 オレは涙を堪えて、イオリと部屋の中に戻った。が、イオリに「血の匂いがする」と言われ、オレはすぐに風呂に入った。返り血を浴びることが目的だった以上、血は洗い流しても匂いは染み付いてしまうだろう。


 風呂から上がると、いつも通りイオリはこの世界の勉強をしていた。しかし、紙や本を眺めるばかりで手は動いていない。何か分からない事でもあるのだろうか。それとも考え事をしているのか。

「イオリ、どうした?」
「………なぁ、ミカ。」

 イオリは机にペンを置き、真剣な面持ちでオレの方を見た。裸眼で人を見る事を得意としないミカが、真っ直ぐと直接オレを見つめている。

「ん、何?」
「……俺が、お前を好きだと言ったら信じる?」
「え?いや………。」

 いきなりどうしたのだろうか。答えなんて考える時間が無くとも分かっている。イオリは人を見た目で判断はしない。それに、オレはイオリに…人に好かれるような事を何もしていない。そもそも好かれるような事が何かも分からないけど。

「だよな…。まぁ、予想通りだ。」
「ならなんで聞いた!?」

 ややこしすぎる。ほんのかけらでも期待してしまった自分が恥ずかしい。恋愛感情なんて厄介なだけじゃないか。勝手に舞い上がって勝手に落胆して。

「まさか、ホントにオレを好きだから……なんてな。そんな事ある訳無いよな。」
「………は?ある訳無い?誰がそんな事決めた。」

 え?なんか…キレてる?明らかに怒っている時の声のトーンだ。イオリは大きくため息を吐くと、椅子から立ち上がり、オレのとこまで来た。ジリジリと近付くイオリの言い知れない圧に気圧され、思わず後退りしてしまった。それをイオリは逃がさないとでも言うように、オレの両手首を掴んで壁に押し付けた。

「あー、だめだ。気が変わった。」
「え、ちょ…イオリ?何キレて………」
「信じる気も最初から無しで、ある訳無いとか勝手に決めつけられて、キレないとでも?」

 よくわからないが、イオリの地雷を踏んでしまったようだ。オレが思い切り振り切れば抜け出す事は出来る。出来る…筈なのに、何故か力が入らない。

「もういい、今言う。お前がなんと言おうと、信じられなくとも、俺はお前のことが好きで好きで仕方がないんだ。勝手に俺の気持ちを決めるな。」
「え?………嬉しい、よ。」

 そう言われるとかなり嬉しい。それでも、受け取る事は出来ない。オレはイオリに何も出来ていないどころか、迷惑をかけてばかりだ。それに………

「オレだってイオリが好きだ。それでも、オレはお前に好かれるようなやつじゃ無いから。」
「そうやってまた自分を下げて……」
「だって!何も知らないから!何も…知られたく無いから………!好かれたいなんて思わない。でも、嫌われたく無いから…。だから、オレはイオリに嫌われる前に、知られる前に離れるんだ。」

 長く生きてきて、初めて誰かを好きになって、どうすればいいのか分からずに離れることしか出来ない。だから、オレだってこの気持ちを伝える気は全く無かったのに。
 初めて会ったとき「お前を落としてやる」なんて言っていたオレが、今じゃ好かれることが怖くて怖くて仕方がない。今更後悔なんて遅すぎるのに。

「………ミカ、俺のこと…恋愛的な意味で好きか?」
「好きだよ。好きで好きで仕方ないよ。でも…」
「それさえ分かればいい。」

 オレの言葉を遮って、イオリはオレにそっと口付けた。はじめての、口同士のキス。たった一瞬で顔が熱くなり、羞恥でイオリの顔がちゃんと見れなくなった。蜂蜜より甘く、ワインより酔いが回る。

「知られたく無いなら隠したっていい。ただ、たとえ知ったとしてもこの気持ちが変わらない自信しか無いから。」
「………もし、変わったら?」
「そんな『もし』は考えられないな。」

 さも当然のように答えるイオリ。手首を掴んでいた手は離れ、今は頬に触れている。まだ、怖い。それでもイオリの答えが恐怖すら飛び越えてくる。
 いいだろうか。応えてもいいのだろうか。イオリの言葉を全て、信じても。

「ミカ、俺の恋人になってくれませんか?」
「…オレで、いいのなら。」
「お前じゃ無いと嫌だよ。出来る事ならこれから先、何年先も側にいたいから。」

 悩みに悩んだことは、あっさりと答えになって口から出た。だめだ、イオリに勝てる気がしない。こんなの、断れる訳無いじゃん。
 この時初めて、オレはイオリとの未来を夢見た。
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