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歪な物語の始まり

11.悪酔い

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「そこで、俺は名前の無い悪魔に会ったんだ。」


ーーーーーミカーーーーー


イオリはオレにたくさん話してくれた。
戦闘能力の事だけで無く好きな事や思い出も。イオリは本当は感情豊かで、人の気持ちの分かる人なんだ。だからオレが傷付いた時には心配してくれて、オレが喜ぶと幸せそうに微笑むんだ。
…なんだろう、イオリが優しい人だって再度分かったことはいい事なのに。どうしてこんなにオレの心の中はグチャグチャなんだろうか。


「ミカ?顔色が悪いけど、どうし……」
「なぁイオリ。眼鏡、掛けて。今のオレにはその共感能力は危ないだろうから。」
「え、あ、分かった……。」


冷たく感じただろうか。いつもみたいに声のトーンが上げられなかった。心配させないようにって思ったばっかりなのに。でも、どうしても思ってしまったんだ。
オレは、こんなに綺麗な人のそばに居ていいのか、と。
イオリが当たり前のように振り撒く優しさに触れて、オレの醜い心も体も過去も全てが露わになってしまう。オレが絶対に触れてはいけない光に縋ってしまいたくなる。イオリに、全てを委ねてしまいたくなる。オレの穢れも罪も後悔も全てを忘れて………。
そんな事が駄目だと言うのはオレが一番分かってるけど。


「イオリ、ごめんな。オレにお前の思い出も痛みも教えてくれたのに、オレは言えない。」
「別にいいよ。無理して言わなければならない事でも無いし、全て語るより全て隠す方がいい事もあるかもしれない。それは全部本人次第だ。でも、少なくとも俺は相手の選択を後悔させたくは無い。とだけ伝えておくよ。」


本当に、どこまでも優しいな。なんて言ってもきっと言い切れない。その温もりは言葉では表しきれない。長い時間を生きてきたオレにとってまだほんの少ししか共に過ごしていないのに、どんなに長い年月を共にした人よりも安心する。だからこその不安もあるが。
オレは本当にどこまでも卑怯だ。触れたくとも触れられない光の側に少しでも長く居たい。そう思ってしまったオレは………


「いつか………オレの罪が軽くなって話せるようになるまで、側に居てくれないかな。イオリにはちゃんと話したいんだ。」
「分かった。ミカがそう決めたのなら俺はそれに従うよ。急がなくてもゆっくり側で待ち続けるから。」


触れたくとも触れられない光の側に少しでも長く居たい。そう思ってしまったオレは、最悪な嘘を吐いた。
罪が軽くなんてなる筈が無いと知っていながら、もし何かの手違いで軽くなったとしても話せる訳が無いと知っていながらオレは、最悪な嘘でイオリを縛り付けたんだ。
文頭の聞こえない声で呟いた『いつか』は、ほんの慰め程度でしか無かった。


「………ありがとう、イオリ。一緒にいる期間を延長させてくれて。」
「…少しじゃ無くてもいいよ。ミカさえ良かったらもっと一緒に居たい。」
「っ!本当…?いいのか………?」


微笑みながら首を縦に振ったイオリ。薄いガラス板越しにその光に触れられたような気がした。



ーーーーーイオリーーーーー


「もっと一緒に居たい」なんて誰にでも言えるような簡単な言葉で、ミカは嬉しそうに笑った。まるで甘え方を知らないかのように不器用な彼は、思った通りこちらから距離を詰めれば少しずつ欲を出してくれた。
今もまだ『あと半年で居れる場所が無くなる』という言葉が脳裏をよぎってしまう。ミカは不器用だが俺の側にいたいと伝えてくれた。本当はミカが話そうと思ってないと、俺は何となく感じていた。何か理由を付けないと側に居たいと伝えられないのだろう。本当に、今まで彼はどうしてきたのだろうか。
どうすればこんなに他人に頼る事を知らずに生きてこれるのだろうか。全て自分で片付けようとするのは見て取れる。どうすれば、こんなのは間違ってると教えられるのだろうか。

俺の共感能力はこんな時に限って役に立たない。ミカが俺の事をどう思っているのかも、何を隠しているのかも、完全に規格外だ。人間の感性じゃどれもわからない。
ミカの俺に対するものは友愛とは違うだろう。共に過ごす事が当たり前に感じてはいないようだ。距離感も友愛にしては遠く感じる。と言うより、最近は少し避けられているようにも感じる。恋愛的な好意とも違う気がする。友愛よりも個人差があるからなんとも言えないが、俺に対して何かを極度に恐れているように見える。仲間、同行者、家族、どれもあまりしっくり来ない。

それに対して俺は………。

酒が回ったのか、ミカは机に突っ伏して眠ってしまった。いつも俺が先に眠ってしまうため、寝顔は初めて見た。その寝顔はやけに大人びていて、少年の姿をしていても長い時を生きた大人なのだと実感する。
ミカをベッドに運んだ。その時に異様なまでの軽さに驚いた。食べ物を食べる必要はないと言っていたが、この軽さではやはり心配になる。
食事…ミカの食事は………。以前に、サキュバスにとっての食事は魔力を含んだ体液を摂取することだと聞いた。魔力の多さは多い順から血液、精液、唾液、汗らしい。番人をしていた時は、悪魔の国に来た人間を食べていたと。
しかし俺が悪魔と人間の中立になる条件で殺傷は禁止している。つまり、ミカが今出来る食事は性行為で摂取する他無い。きっと俺が寝た後にどこかで同意を得て食べているのだろう。そう思うと胸が張り裂けそうになった。


見た目も性格も若干幼いミカ。でも甘え方も知らず、時折見せるその表情は大人びている。
もっと甘えてほしい。もっと頼ってほしい。もっと近くにいてほしい。けどそれは俺の我儘に過ぎない。
ベッドで静かによこたわるミカの頬をそっと撫でた。すると、以前熱に浮かされていた時のように彼は俺の手を両手で掴み頬擦りをした。ひとまわりも小さな手を振り解くことなど出来なく、そのまま同じベッドに入った。

「んっ……い、おり…。」

なんの夢を見ているのだろうか。隣にいる俺の胸にぽすっと収まると、胸元の布を強く握りしめていた。
あまりにも簡単に収まってしまう程線の細いミカは、無防備だと簡単に折れてしまいそうだ。ふわふわの頭をそっと撫でようと手を回した。

「…おり、…か、……で…。」
「っ!」

頭を撫でようとした手は止まった。小さい声でほとんど聞き取れなかったが、何を言っていたのかは嫌でも理解した。
『イオリ、行かないで…。』
そう呟いたミカは、震えていた。行き場の無い手は背中に回し、少し強く抱きしめた。ほんの十数秒程で震えは治ったが、眠りながらも力の入ったその両手は緩まる事は無かった。


「……ごめん、ミカ。頼まれても離れられそうにない。」


そっと耳元で呟いた。聞こえていないと分かりながらも。起こしてしまうんじゃないかと心配になる程に大きい心臓の鼓動の所為で、俺が眠ったのは夜明け近くになってからだった。
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