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変化とはあまりにも速い

21話 嵐よ早く

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騎士団長が去り、僕は深紅の剣を腰に刺し部屋へと向かった
庭園を抜け、訓練の休憩に涼んでいる木の近くまで来た
暑い中、枝を大きく広げたこの大樹の根本は木陰と木漏れ日で心地が良い
しかし、今は暗雲立ち込める空でいつもより薄暗く感じる
訓練場より若干高さがある天然芝生の絨毯のようなこの場所が、やけに薄気味悪い
美しい草原のように見えていた風景は、まるで嵐の前の静けさとでも言うように何も無かった

いや、『嵐の前の静けさ」は比喩なんかじゃない
一瞬聞こえた明らかに不自然な葉の動く音と枝の軋む音
風なんかじゃ無い
狙われてる!?



通り過ぎた大樹の方に振り返ると、目元以外を隠した真っ黒な男がこちらに刃を向けていた
間一髪で腰から剣を抜き防いだ
が、相手は一人では無いと直ぐに気が付いた

一人が動いたことにより他の男たちも動き出したようだ
ガサガサと何人もが大樹から降りてきた
流石に危ないと相手の剣を弾き後ろに下がったが、ここからどうすべきか分からない


敵は1、2、3……7人?
こんな小娘相手にとんだ人数だ
護衛を警戒してだろうか

アズがいればこのくらいの人数、どうって事はないだろう
しかし、彼は今ハルジオンと仕事をしていてここにはいない
僕1人で何とかしないと
……出来る?
僕が、この人数を、たった1人で、僕の力だけで、こいつらを捕らえる…殺す
捕まえるよりは簡単な方法
高確率で僕を守れる方法


………ああ、殺すしかないんだ
それしか無いならいいよね
こいつらを殺せば、僕はようやく本当の『悪女』になれる
そうすれば、いらない情を押し付けられずに済む



「…いいよ、おいで?遊んであげよう」
「……!この女、本当にとち狂ってるな」
「ありがとう」


そこからの記憶は無い


全て終わった頃…刺客が全滅した頃には、何も覚えていなかった
赤く染められた僕の体と両手
鼻を突く鉄の匂い
鉄と、雨の匂い

とうとう降って来たのだろうか
頬に雫が流れる
すぐに部屋に戻らないと……


「姉上!御無事ですか、姉う……え?」


アズが僕に掛けてくれていた防護魔法に異変があったらしい
それに気付いた術師であるアズは、出来る限り急いで駆け付けたようだ

呼ばれた事で正気に戻った僕は、目の前の光景に絶句した
目の前に転がる7つの死体
生き残っているのは僕だけ
薄暗い中で見たその異質な視界内のものは

あの事件の夜と同じだった
騎士達が目の前で死体となっていた、あの夜と………


「ぁ、ああ、ああああああっ‼︎‼︎‼︎‼︎」


脳が焼き切れそうな程の絶叫と嗚咽
まるで共鳴するかのように、雨は矢のように降り注いだ
見たくないと目を手で覆い隠そうとしたが、その手すらも赤く染まり切っていた

お願い、雨
早く、早くこの赤を全て流して………!
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