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私が転生した異世界の性事情
しおりを挟む夕闇の下、走る馬車の中でフィオレンティーナの隣にはレオナルドが座り、相変わらずの無表情で彼女を見下ろしていた。
レオナルドはフィオレンティーナの唇を二本の指でそっと撫でると、おもむろに指示する。
『フィーナ、口を開いて』
レオナルドの言葉にしばしの思案の後、フィオレンティーナは素直に唇を開く。そんな彼女の口の中に、レオナルドは自らの指を滑り込ませた。
『んっ…』
フィオレンティーナは彼女の口内を愛撫するかのように動く指に、恍惚とした表情でゆっくりと舌を這わせていく。そして蠱惑的な上目遣いでレオナルドを見つめ、彼の瞳の中に情欲の熱を見つけた。フィオレンティーナは上目遣いのままで、おもむろにレオナルドの指に軽く歯を立て、視線だけで彼を誘惑する。
そんな彼女の行動にレオナルドは一瞬眉を潜め、その口から指を抜きとった。
『突然噛むなんて、悪い子だな』
レオナルドはもう片方の手で、フィオレンティーナの左手をとり、己の口元にもっていく。そのまま彼はフィオレンティーナの薬指の根本に噛み付いた。甘い痛みに小さな声を漏らしたフィオレンティーナを見て、レオナルドはほんの僅かに口角をあげた。
『んっ…。レオナルド様ったら、今私の薬指に歯形をつけましたわね』
レオナルドを睨むフィオレンティーナの頬を、そっとレオナルドが撫でる。
『先に仕掛けたのは、君だ。それに君の指が寂しそうだったから、指輪代わりに俺の印をつけただけだ』
レオナルドはフィオレンティーナの手をとり、薬指の歯形に淫靡な視線を落として、その上に軽く、けれどとても甘いキスを落とした。
──── くっ! 良い!!
今のこの男の妄想は、私の乙女な性癖に、見事につき刺さった。
いや、いやいや。冷静になれ、私。今のは絶対にたまたまだ。私の性癖と一致した訳では無い。
いくら好きでも、顔がどれ程好みのタイプでも、セックスの相性だけはどうにもならない。相手が好きなら耐えられる?いや、どう考えても無理だろう。
特殊性癖まで愛せる程に、私のこの男への愛は深くはない。私の愛は常に私自身に、重きを置いているのだ。
『ねぇ、レオナルド様。いつも私ばかり貴方に振り回されていて、不公平だと思われません?』
フィオレンティーナは隣に座るレオナルドの足の間に手を伸ばし、太ももにそっと手を置いた。
──── ほらね、やっぱり!!
上目遣いでゆっくりと足をなぞり、やがてスラックスの中央に触れる。僅かに力を持った膨らみを指先で辿れば、レオナルドは堪え切れないというように、吐息を零した。
『フィーナ…』
『気持ち良いですか? レオナルド様のここ、反応していらしゃいますね』
フィオレンティーナの声に呼応し、レオナルドの下半身で雄を象徴する熱が、固さと大きさを増していく。
『フィーナ、……今は駄目だ』
レオナルドがフィオレンティーナの手をどかそうとしたものの、フィオレンティーナは手のひらにあたる屹立を、スラックスの上から握りこむ。
『くっ……』
『まぁ、こんなに固く…。お辛いのでしょう? どうか私に、貴方を慰める許可を頂けませんか?』
レオナルドの足の間に跪いたフィオレンティーナは、彼の目を見上げながら妖艶に微笑んだ。
『仕方がない。少しだけなら…』
『ありがとうございます』
レオナルドはいつものような無表情だけど、どこか苦しそうにフィオレンティーナを見下す。スラックスの上から兆した膨らみに軽く口付けしたフィオレンティーナは、頬を緩めながらレオナルドの前をくつろげる。下着を引き下げれば、既に固く漲った赤黒い棒が勢いよく飛び出した。
『あら、ここはレオナルド様の意思とは違い、私にして欲しくて、待っていらしたようですわね。ふふっ、美味しそう』
フィオレンティーナは嬉しそうに微笑み、彼の先走り液に濡れた先端に、そっと唇を寄せ……
「レオナルド様!!」
唐突に私は声を上げる。同時に私の脳内で展開されていた映像が、一瞬にして掻き消えた。
「何か?」
レオナルドは相変わらずの無表情……というか、僅かにアンニュイな表情で、前髪をかきあげている。とても蠱惑的で、無性にエロい。が、目の前の乙女にフェラをさせる妄想をしているような顔ではない。
──── 『何か?』じゃねーよ!!このマグロが!!処女に何をさせる気だ!!
思わず口に出しそうになる文句を、何とか飲み込む。
やっぱり最初の妄想にグッときたのは、ただの気のせいだ。
そう、私が今見た光景は、目の前の無表情マグロ野郎の、いつもの妄想である。
今日も今日とて、自称魔女に貰ったピンクの小粒ちゃんは、しっかりとお仕事をしていた。
──── いつまで効くんだ、この薬!
今夜もこの男の頭の中は、いつも通りエロで埋め尽くされているようだ。
だが、いつもとは一味違う妄想を止める為に、私はつい声を出してしまったのである。
本心ではこのまま文句の一つも言ってやりたい。やりたいが!!
レオナルドの脳内プライバシーをガン無視で、勝手に妄想を覗き見している立場では、何も言えない。言えないけど、言いたい。
私は引き攣りそうになる頬に、さりげなく手を当てた。私は何とかこの男の妄想をとめるべく、当たり障りのない言葉を探す。
「今夜のマクレガー公爵家の夜会、楽しみですわね。お友達も招待されていらっしゃるのでしょう?」
レオナルドの妄想とは違い、対面の椅子に座っている私は、痙攣しそうになる頬を手のひらで押さえ、ほっと息を吐き、うっとりとしたような微笑みを浮かべる。瞬間、レオナルドの喉仏が揺れた。
「……ええ。近衛の友人や幼馴染も招かれていると思いますので、もしも会場で会った時には、是非紹介させて下さい」
レオナルドは珍しく口角を上げ、穏やかな笑みを作ってみせた。同時に、彼の心の声が響く。
『あいつらの姿を見かけたら、全力で逃げてやる』
──── はぁ? 当て馬の私如きを、お友達には合わせたくないって事?!
思わず殴りたくなるが、マナー違反どころか、脳内盗聴、盗撮?みたいな事をしているのは私なので、ここは何とか耐え、エロを連想させない会話を心掛けた。
私はここ数日、どうすればこの男の婚約者候補から外れる事が出来るのかを、真面目に色々と調べたのだ。自称魔女のオネェさんの言う通り、目の前のこの男は王女殿下の婚約者候補だった。
だが、婚約者ではなく候補でしかないのは、この国は女性も王位継承権を持つ事に起因する。どうやら王女を降嫁させず、女王にしたい派閥の思惑もあり、王女の結婚は簡単には決まりそうにもない。
そんなわけで、王女の国内での第一婚約者候補であるレオナルドもまた、王女のお相手が正式に決まるまでは、婚約も結婚もできないようだ。
だからこその、私のような婚約者候補が必要ということだろう。
などと考えていた時。レオナルドと私の視線が合い、レオナルドがわずかに目を細め口角を上げる。私はそれにつられて微笑みそうになったのだが……
『今日のフィーナは、なんかいつもにも増してエロいな。このまま俺の膝の上に跨がらせて、ガンガン腰振らせたいな』
なーんて心の声が聞こえてくる。もはやお約束の展開といえよう。しかも、この男の上に乗るのも腰を振るのも、やはり私の役らしい。
本当にやめてくれと言いたい。この男の妄想の中はともかく、現実の私はバリバリの処女だ。前世から続く鉄壁の処女膜は、もはや、鉄の処女と言っても過言ではないはずである。
だからこそ、妄想の中とはいえ処女である私に気を使って、最低でも自分で腰をふる努力くらいしてほしいものだ。
『できれば今夜は酔っ払って、俺にドエロい感じで迫ってくれないかな』
……などという脳内の声と共に、立ったままドレスを捲り上げ、見せつけるように下着だけ脱ぐ私の姿が。いや、どんな痴女だよ。
ちなみに妄想の中の私は、パニエを付けてないようだ。まあ確かに、パニエあればもごもごして、そんなエロい感じにするりとぱんつは脱げんよね。
──── って、私の方から迫るのか? お前、そこも受け身なのか!!このマグロが!!
しかしながら、この男本当に表情と思考が乖離し過ぎている。その上ちょっとでも会話が途切れると、すぐエロい妄想を始める。しかも受け身。めちゃくちゃ受け身。そしてマグロ。
男のマグロなんて絶対いやだ。とは思うが、この世界…と言うか、この国のセックスは、キスして前戯無しで突っ込んで三十回位腰振って終わり…なんてのが、スタンダードらしい。らしいというのは、そう習ったから。
淑女教育係のロッテンマイヤーさんが、指で眼鏡をクイっと上げながら『三分です。三分の我慢ですよ』と、言った時の衝撃を、どう言い表せば良いだろうか。
まさに晴天の霹靂。
前世、私は官能小説…というか、R18なTL小説のような恋愛を夢見ていた。だからこそ、せっかく異世界転生したのなら、めくるめく官能の世界へようこそ…みたいな、ひたすら求められてイチャラブしたいと思っていたのだ。にも関わらず、私の小さな願望はあっけなく崩れ去った。
よりにもよって海外ドラマの、いきなり突っ込んで三十回腰振って、以上、終わり!! みたいな世界だったとは。
私の落胆はいかばかりか。
異世界転生におけるよくある話といえば、真っ先に出てくる単語が『溺愛』の筈ではなかったか?!女性転生者の場合、『溺愛』無くして異世界物は語れない筈である。そしてその『溺愛』にもれなくくっついてくるのが、『朝まで寝かせない』からの、ドロドロに蕩かされて、賢者タイム無しで何度も求められ『めくるめく官能の世界へようこそ』みたいなのが、標準装備でなければならない。
にも関わらず、異世界転生における最も『良くある話』が抜けているなど、誰が思うだろう。
愛の営みが、たったの三分で終わる世界であれば、私が愛ではなくお金と結婚しようと決意したとして、誰に責められようか。
しかも、私の婚約者候補は、淫語好きなドエロいマグロ。細マッチョなのに、全くそれを有効活用しないマグロなのだ。
──── 私、この世界の神様に文句を言っても良いかな?
などと私が自分の思考に浸っていた時。レオナルドからリアルな声をかけられた。
「フィオレンティーナ嬢?降りないのですか?もしかして、気分がすぐれませんか?」
「え??あ、いえ、申し訳ございません。少しぼんやりとしておりました」
レオナルドのくっそえろい心の声や妄想が聞こえないと思ったら、いつの間にか馬車は目的地についていた。男はスマートに馬車の扉の前で、私に手を差し出している。
私の顔が思わず赤くなる。やっぱりめちゃくちゃ好みだ!!
……心の声さえ聞こえなければ。
そう。こいつの妄想と性癖が、全てを台無しにしている。
私は思わず嘆息したくなった。
けれど、そんな諦めモードの私は、この後すぐに、文句を言った神様に謝罪する事となるのであった。
レオナルドにエスコートされた私は、これでもかと言うほどに贅を尽くしたシャンデリアが輝く豪華な夜会の会場に入った。
だが、中に入ってすぐにレオナルドの無表情がほんの一瞬崩れたのを、私は見逃さなかった。その視線の先を見た私は、自然と息を呑んだ。
ドキドキと存在を主張する心臓を押さえて、沢山の人の注目を集めている場所を凝視する。
私の視界に真っ先に飛び込んで来たものは、美しく煌めくピンクの髪だ。
そこでは、まさに私が待ち焦がれていた、『よくある話』が展開されていたのである。
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