余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

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「あら? ここのところ、魔女達の中でさえも宵闇の少女の持ち主の噂をほとんど聞かなくなっていたのは、もしかして王太子殿下が宵闇の少女を集めていたからなの?」

 アルフレードの恨み言のような独り言に、ベアトリーチェは興味深そうに目を細めた。

「まあ、そうだね。昼夜問わず私に宵闇の少女を集めろと訴えてきていた、死者の残留思念がうるさかったからね。まあ、私としても、アリシティアと同じ姿のあれを放置するわけにはいかなかったが……」

「リーベンデイルは己の命も、魂すらも差し出し、宵闇の少女を作り上げた。必ず十八歳で死んでしまう取り換え姫のために。己が持ち得る全ての力を使い果たしたリーベンデイルの魂は、存在そのものが崩れ去り霧散した。もう二度と、彼は転生すらする事はない。愛しい妹姫の魂に出会う事もない。……それでも、そこまでしてでも、リーベンデイルは、いえ、兄王子は呪われた取り換え姫の魂を救いたかったのでしょうね。守護者といい、リーベンデイルといい、もの凄い執念ね」

 彼らからしたら取るに足りない程に小さな魂。そのたった一つの為に、彼らは己の全てを差し出した。
 彼らが真に愛する取り換え姫は、もうとうの昔に死んでしまったと言うのに……。




 人形師リーベンデイルの名を知らない者は、この国にはいない。それ程までに、彼は誰の目から見ても美しい数多の人形を生み出してきた。
 だが、彼の作品の中でも最も美しいとされる『宵闇の少女』については、その名すらも、殆ど知られてはいない。
 何故なら、宵闇の少女を見た者は誰もがその美しさに魅了され、決して他者に奪われないようにしてきたからだ。
 だからこそ、リーベンデイルの『宵闇の少女』の存在を知る者は極端に少なく、ましてや、宵闇の少女の実物を見た後、長く生きている人間は、両手で数えられる程しかいない。

 一度でもその姿を目にした者の多くは、元の持ち主を殺してでも宵闇の少女を手にしてきたからだ。



「──そう言う事か。人を殺してでも誰もが手に入れようとする人形は、人形そのものが意志を持つように人々を魅了し、奪い合わせる事で、多くの人の手を渡り、本来のあるべき所へ帰ろうとしていた」

 アルフレードの呟きに、ベアトリーチェは薄く笑みを浮かべた。

「必要な時に、本来あるべき場所へと辿り着けるように……ね。リーベンデイルが己の全てをなげうって、取り換え姫にかかった呪いを肩代わりさせる為に作り上げた、類間呪術の媒体となる人形。それこそが『宵闇の少女』の正体」

「リーベンデイルの……、いや、取り換え姫の兄王子である、このリトリアンの初代国王の血を引く私の元こそが、宵闇の少女の本来あるべき所ということか。────魔女殿、アリシティアが十八歳で死ぬ呪いを宵闇の少女に肩代わりさせるには、全ての人形が必要なのか?」

「そうね。十二体の宵闇の少女と、十三体目の宵闇の少女、つまりアリシティアが持つ呪われた血が必要」


「ああ、本当に最悪だ。つまり、十八歳で死ぬ呪いからアリシティアを解放する為には、私はなんとしても、アリシティアが十八歳になる前に、十二体全ての人形を手に入れる必要があると言うわけか」

 深く息を吐き出したアルフレードは、ソファーの背もたれに、勢いよく倒れ込んだ。

「まさか、あなたともあろうお方が、人形の行方がわからないなんて言わないわよね?」

「────いや、持ち主はわかっている。今現在、私の手元にある宵闇の少女は十一体だ。だが、後一体だけは、どうしても手に入れられない人間が持っているんだ」

 アルフレードは視界に広がる小さな煌めきから意識を切り離すように、腕で目を覆う。

「へぇ? どんな権力者の元にあったとしても、貴方であれば手に入れられるとは思うのだけど……。まさかとは思うけど、大神殿にでも隠されているの?」

「似たようなものだ。最後の一体の持ち主は、王太后だからね」

「それはそれは……」

 ベアトリーチェは楽しそうに口角を上げた。

 王太后は先王の二番目の正妃であり、先王の従姉姫。そして、王家が正当な女神の血族である生きた証である、アリシティアと同じ、薔薇色と朱色を混ぜ合わせたような、女神の瞳の持ち主。
 彼女は神殿において、大神官以上の権力を持ち、地上における女神リネスの代弁者とさえ言われている。

 女神の血族としての血の濃さで言えば、隣国の姫を母に持つ国王やアルフレードなどとは、比べるまでもない。
 アルフレードは、自分や父王が王太后に『蛮族の血を引く者』と、蔑まれている事を承知している。

 もしも、王太后の実の息子である王弟、ガーフィールド公爵が、早々に兄である現国王に、永遠の忠誠を己の名のもとに女神に誓約していなければ、今頃この国は王太后の意のままとなっていただろう。


「王太后からどうすれば『宵闇の少女』を奪えるのか。いっそ、王太后がいる離宮にでも火を放つか。……なぁ魔女殿、宵闇の少女は燃えるのか?」

「そりゃ燃えるんじゃない? 呪術の媒体だろうと、呪いの人形だろうと、本体は普通の人形だしねぇ」

「なににせよ、十二体全ての人形を手に入れなければ、どうにもならないと言う事だな。

 アルフレードはふっと息を吐き、おもむろに立ち上がった。

「魔女殿、お時間を頂き感謝する。この情報の対価に、私は何を差し出せばいい?」

 アルフレードは優雅に一礼し、ベアトリーチェに問いかけた。
 ベアトリーチェは、数秒思案し、望む対価を口にした。

「そんな物でいいのか?」

 ベアトリーチェから求められた物に、アルフレードは驚き、確認せずにはいられなかった。

「私はこの世界の理から外れた者。つまりは、人の国の支配下にある物を、正式な方法で手に入れられないのよ」

 魔女の答えにアルフレードは対価の要求をのみ、そのまま禁書庫を後にした。



 ***


 一度執務室に戻ったアルフレードは、部屋の窓から外を見て、夕焼けに照らし出される庭園にでた。


 少し肌寒い、木漏れ日が揺れる庭園の木々は、色鮮やかに色付いていた。

 サクリサクリと落ち葉を踏む音が響く。
 その足音に気付き、ベンチで本を読んでいた少女が顔を上げる。

「アルフレードお兄様」

 アルフレードの視線の先、アリシティアが、艶やかな笑みを浮かべた。

「アリス、もしかしてずっとここで私を待っていた?」

「いいえ、時間があったから、ただ庭園を見に来ただけ。兄様はアストリア大使との会談だったんでしょう? お疲れ様」

 アリシティアの言葉に、アルフレードは苦笑した。その情報は、アルフレードがルイスに教えていた偽のスケジュールだ。
 王弟であるガーフィールド公爵には、神殿での年越しの儀式の打ち合わせがあると知らせておいた。

 アリシティアは王太子付きの影ではない為に、直接アルフレードの予定を手にできる立場にはない。
 つまり、アリシティアの情報源はルイスと言う事だ。

 アルフレードは苦笑し、アリシティアの腰掛けていたベンチの隣に座った。

「そういえば、アリスに聞きたい事があったんだけど」

「なに?」

「三千世界って、どう言う意味かわかる?」

 アルフレードは、先程禁書庫でベアトリーチェが口にした言葉の意味を問う。
 言葉通りに考えるなら、世界が三千あると言う事だろうと思ったが、ベアトリーチェは『想像しうる限りの無限の世界』だと言った。

 アリシティアはアルフレードの問いに、むむっと擬音が出そうなほどに、表情を歪め、考え込んだ。

「ああ、わからないなら……」

 別にかまわないと言いかけたが、アリシティアは眉間に皺を寄せたまま、「あれ? 普通の掛け算だっけ? この場合は三乗?」とぶつぶつと計算式のような物を呟き始めた。やがて、計算を諦めたのか、少し困ったようにアルフレードを見た。

「あのね、大雑把に言うとね、例えば私達がいるような、一つの世界があるとするでしょ? それを千個集めた物を、一つの小世界とするの。それで、その小世界を千個集めたものを、一つの中世界とする。さらに中世界を千個あつめたのが、大世界。それが、三千世界と呼ばれているの」

「つまりは十億?」

「うう……私の計算能力って……」

 何故かアリシティアはがくりと項垂れた。

「三千世界とは、十億個の世界の集まりと言う事?」

「そうなんだけど、そうじゃなくて。とにかく数えるなんて出来ないくらい沢山の世界の事を、三千世界というの」

「へぇ……」

 アルフレードは微笑みを浮かべて頷く。彼の脳裏には魔女の言葉が過った。


 ────この世界には存在しない概念ね


 魔女の言葉が差し示す意味に、アルフレードは心の中で、小さなため息を吐き出した。



──────────────── 
読んで頂きありがとうございました。
応援エールも、本当にありがとうございます。

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 このお話の中で見た事あるような、ないような人達が、勢揃いしております。
 アホエロラブコメですが、お時間がありましたら、そちらもよろしくお願いします。










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