196 / 204
第三章
③
しおりを挟む
人の根幹は魂でできており、その魂は何度も転生を繰り返すのだと、聖典には書かれている。
そして、人が転生する世界は一つではないと言うことも。
数多ある世界の中心には、世界樹と呼ばれる天を凌駕する程に巨大な樹があり、ありとあらゆる世界は、世界樹の枝先や根冠に繋がる。
そして、転生を繰り返す魂はみな、世界樹を介して、世界を往来する。
その世界樹に連なる、幾千幾万の世界の均衡を保つ者が、世界樹の守護者だ。
だからこそ、世界樹の守護者は世界の王とも呼ばれている。
「普通に考えてもわかるでしょう? 世界樹の守護者は、世界樹を守り、世界の均衡を保つ者。そんな役割を担う者が、世界樹から離れられる訳がないじゃない」
呆然と目を見開くアルフレードに、ベアトリーチェは出来の悪い生徒を見るような視線を向けた。
「だとすれば、守護者の生まれ変わりは……」
「そんな人いないわ」
「だが、御伽話では……」
ベアトリーチェはふっと小さく嘆息した。
「だから、転生した守護者なんてこの世界には存在しないの。現実が御伽話とは違う事など、わかっているでしょう」
ベアトリーチェは右手を前に出して、手のひらを上に向ける。
それと共に手のひらの上には、小さな光の塊が現れた。光の塊は人の頭程の大きさの球体になった後、徐々に色を変え始めた。
「これは……」
球体の中に映し出される光景に、アルフレードは背に冷たい物を感じ、息を呑んだ。
太陽も月もない、淡い薄紅色と薄紫色、そして瑠璃色が混じりあう美しい空に、色とりどりの野の花が咲き乱れる大地。その中央には空を映す静かな湖があり、湖のほとりには、透き通った葉をつけた若木が生えていた。
まさか……と、掠れた声が勝手にアルフレードの唇から零れ出る。
「世界樹よ」
低く、感情のない声で魔女は告げた。
まるで時が止まったかのような、とてつもなく美しい世界。
夜が訪れる事はなく、大地の花々が枯れる事もない。
そんな中、ただ、若木だけが、少しずつ成長していく。
「見ればわかるように、世界樹は成長している。これを宇宙の膨張と呼ぶ世界もあるのだけれど、世界樹の成長と共に世界もまた増えていく」
「……理解できない」
「成長し続ける世界樹に縛られた守護者の魂は、世界樹からは離れられない。もしも守護者が世界樹から離れるとすれば、新たなる守護者に殺され、魂が世界樹から解放された時か、力を失った守護者の魂が壊れ、世界が崩壊する時だけ」
「世界が崩壊する事など、あり得るのか?」
息苦しさに押しつぶされたような喉から搾り出した、かすれた声で問う。
「永遠の世界なんて存在しない。神々でさえも、いつかは消えゆく。そして、転生を繰り返す魂にも、終わりはある。転生を繰り返した魂はやがて摩耗し、存在そのものが消滅する。今代の守護者には、次代の守護者に殺され、魂の解放を待つ時間なんてないの」
だから……と、ベアトリーチェは続けた。
「守護者は幾度となく己の魂を砕いて、取り換え姫の近しい存在に、その欠片を与え続けた。たとえ世界樹から解放される時が来ても、二度と転生する事ができないようになるまで」
ヒュッとアルフレードの喉が鳴った。
呼吸が止まる。
瞬きすら忘れたように、動きを止めたアルフレードの視線の先。
ベアトリーチェは手のひらをぎゅっと握りしめた。同時に、世界樹を映し出していた球体が砂煙のように霧散した。
「ラローヴェル侯爵は、守護者の生まれ変わりではない。でも、守護者の魂の欠片を持ってはいる。ただそれは、記憶を刻む事すらできないような、ともすれば呆気なく壊れてしまう、転生する事も出来はしないとてもとても小さな欠片だけれど。魂を根幹とする人の身体において、それはまがいものの命ともいえる。……きっと、彼の魂はどんなに長くとも三年とは持たないでしょうね」
ベアトリーチェの言葉を最後に、シンっと部屋は静まり返った。
突如足元が崩れ、別世界に引き摺り込まれたかのような錯覚に陥る。自分だけが世界から切り離されたような静寂。呼吸の音も、鼓動の音もない。
アルフレードは目の前で足を組む美貌の魔女から、視線を外す事ができないまま、ただ沈黙する。鈍く瞬き、重い思考をなんとか巡らせようとした。
だが、何も考えられはしなかった。
そして、時間の感覚を失いかけた時。
ぺらりと紙をめくる音がして、唐突にアルフレードの思考が動いた。だが……。
「───魔女殿は、魔法が使えたのだな」
無数の言葉に迷った末に出てきたのは、全くこの場にそぐわないものだった。
「そこ?」
いつのまにか本を読み始めていたベアトリーチェは、顔を上げ、ぽかんと口を開ける。
「いや、話が壮大すぎて、理解が及ばない。だから、世界樹については、そういう物として、そのまま捉えることにした。……ただ、それとは別に、幻影とはいえ世界樹の若木を見た王族は、私一人なのだろうなと思っただけだ」
アルフレードは肺の中の空気を一気に吐き出す。指先が凍りついたように冷たい事に、今になってようやく気づき、膝の上で固まっていた手を握ったり開いたりして、血の流れを促す。
どうしようもない生々しい現実は、無理矢理にでも、一度思考の奥へと押しやる。
そうして、己の手が届く事だけに集中した。
そんな王太子を前に、ベアトリーチェは数度長いまつ毛を上下させ、やがてふっと小さな笑い声を零した。
「本当は、私もよく分かっていないのだけどね」
「それは意外だな」
「そうかしら?」
淡い笑みを浮かべたまま、気怠げに前髪をかきあげたベアトリーチェの黒髪が、さらりと揺れる。
「──── さきほど、守護者と兄王子、それから大魔女ベアトリーチェが、呪われた取り換え姫の血に触れたと言っていたが、そもそも、その呪いは彼女の魂にかけられたものだろう? 取り換え姫は何故、いや、いったい誰に呪われている?」
何とか落ち着きを取り戻し、アルフレードは魔女に問う。
「本人よ」
「本人?」
「そう、取り換え姫は自分で自分に呪いをかけたの。正確には、己に流れる全ての血を対価に、自分を裏切った婚約者が愛する者の魂を呪ったの。そして、その呪いが向かった先は、なんと自分自身だったという訳」
一度言葉を切った魔女は、ニッと口角を上げた。
そして、「人を呪わば穴二つってね」……と、意味のわからない言葉を口にして、さも面白そうに声を上げて笑った。
そして、人が転生する世界は一つではないと言うことも。
数多ある世界の中心には、世界樹と呼ばれる天を凌駕する程に巨大な樹があり、ありとあらゆる世界は、世界樹の枝先や根冠に繋がる。
そして、転生を繰り返す魂はみな、世界樹を介して、世界を往来する。
その世界樹に連なる、幾千幾万の世界の均衡を保つ者が、世界樹の守護者だ。
だからこそ、世界樹の守護者は世界の王とも呼ばれている。
「普通に考えてもわかるでしょう? 世界樹の守護者は、世界樹を守り、世界の均衡を保つ者。そんな役割を担う者が、世界樹から離れられる訳がないじゃない」
呆然と目を見開くアルフレードに、ベアトリーチェは出来の悪い生徒を見るような視線を向けた。
「だとすれば、守護者の生まれ変わりは……」
「そんな人いないわ」
「だが、御伽話では……」
ベアトリーチェはふっと小さく嘆息した。
「だから、転生した守護者なんてこの世界には存在しないの。現実が御伽話とは違う事など、わかっているでしょう」
ベアトリーチェは右手を前に出して、手のひらを上に向ける。
それと共に手のひらの上には、小さな光の塊が現れた。光の塊は人の頭程の大きさの球体になった後、徐々に色を変え始めた。
「これは……」
球体の中に映し出される光景に、アルフレードは背に冷たい物を感じ、息を呑んだ。
太陽も月もない、淡い薄紅色と薄紫色、そして瑠璃色が混じりあう美しい空に、色とりどりの野の花が咲き乱れる大地。その中央には空を映す静かな湖があり、湖のほとりには、透き通った葉をつけた若木が生えていた。
まさか……と、掠れた声が勝手にアルフレードの唇から零れ出る。
「世界樹よ」
低く、感情のない声で魔女は告げた。
まるで時が止まったかのような、とてつもなく美しい世界。
夜が訪れる事はなく、大地の花々が枯れる事もない。
そんな中、ただ、若木だけが、少しずつ成長していく。
「見ればわかるように、世界樹は成長している。これを宇宙の膨張と呼ぶ世界もあるのだけれど、世界樹の成長と共に世界もまた増えていく」
「……理解できない」
「成長し続ける世界樹に縛られた守護者の魂は、世界樹からは離れられない。もしも守護者が世界樹から離れるとすれば、新たなる守護者に殺され、魂が世界樹から解放された時か、力を失った守護者の魂が壊れ、世界が崩壊する時だけ」
「世界が崩壊する事など、あり得るのか?」
息苦しさに押しつぶされたような喉から搾り出した、かすれた声で問う。
「永遠の世界なんて存在しない。神々でさえも、いつかは消えゆく。そして、転生を繰り返す魂にも、終わりはある。転生を繰り返した魂はやがて摩耗し、存在そのものが消滅する。今代の守護者には、次代の守護者に殺され、魂の解放を待つ時間なんてないの」
だから……と、ベアトリーチェは続けた。
「守護者は幾度となく己の魂を砕いて、取り換え姫の近しい存在に、その欠片を与え続けた。たとえ世界樹から解放される時が来ても、二度と転生する事ができないようになるまで」
ヒュッとアルフレードの喉が鳴った。
呼吸が止まる。
瞬きすら忘れたように、動きを止めたアルフレードの視線の先。
ベアトリーチェは手のひらをぎゅっと握りしめた。同時に、世界樹を映し出していた球体が砂煙のように霧散した。
「ラローヴェル侯爵は、守護者の生まれ変わりではない。でも、守護者の魂の欠片を持ってはいる。ただそれは、記憶を刻む事すらできないような、ともすれば呆気なく壊れてしまう、転生する事も出来はしないとてもとても小さな欠片だけれど。魂を根幹とする人の身体において、それはまがいものの命ともいえる。……きっと、彼の魂はどんなに長くとも三年とは持たないでしょうね」
ベアトリーチェの言葉を最後に、シンっと部屋は静まり返った。
突如足元が崩れ、別世界に引き摺り込まれたかのような錯覚に陥る。自分だけが世界から切り離されたような静寂。呼吸の音も、鼓動の音もない。
アルフレードは目の前で足を組む美貌の魔女から、視線を外す事ができないまま、ただ沈黙する。鈍く瞬き、重い思考をなんとか巡らせようとした。
だが、何も考えられはしなかった。
そして、時間の感覚を失いかけた時。
ぺらりと紙をめくる音がして、唐突にアルフレードの思考が動いた。だが……。
「───魔女殿は、魔法が使えたのだな」
無数の言葉に迷った末に出てきたのは、全くこの場にそぐわないものだった。
「そこ?」
いつのまにか本を読み始めていたベアトリーチェは、顔を上げ、ぽかんと口を開ける。
「いや、話が壮大すぎて、理解が及ばない。だから、世界樹については、そういう物として、そのまま捉えることにした。……ただ、それとは別に、幻影とはいえ世界樹の若木を見た王族は、私一人なのだろうなと思っただけだ」
アルフレードは肺の中の空気を一気に吐き出す。指先が凍りついたように冷たい事に、今になってようやく気づき、膝の上で固まっていた手を握ったり開いたりして、血の流れを促す。
どうしようもない生々しい現実は、無理矢理にでも、一度思考の奥へと押しやる。
そうして、己の手が届く事だけに集中した。
そんな王太子を前に、ベアトリーチェは数度長いまつ毛を上下させ、やがてふっと小さな笑い声を零した。
「本当は、私もよく分かっていないのだけどね」
「それは意外だな」
「そうかしら?」
淡い笑みを浮かべたまま、気怠げに前髪をかきあげたベアトリーチェの黒髪が、さらりと揺れる。
「──── さきほど、守護者と兄王子、それから大魔女ベアトリーチェが、呪われた取り換え姫の血に触れたと言っていたが、そもそも、その呪いは彼女の魂にかけられたものだろう? 取り換え姫は何故、いや、いったい誰に呪われている?」
何とか落ち着きを取り戻し、アルフレードは魔女に問う。
「本人よ」
「本人?」
「そう、取り換え姫は自分で自分に呪いをかけたの。正確には、己に流れる全ての血を対価に、自分を裏切った婚約者が愛する者の魂を呪ったの。そして、その呪いが向かった先は、なんと自分自身だったという訳」
一度言葉を切った魔女は、ニッと口角を上げた。
そして、「人を呪わば穴二つってね」……と、意味のわからない言葉を口にして、さも面白そうに声を上げて笑った。
17
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。