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第三章

【書籍化記念、番外編】 アリスとノルと魔女の薬(前編)

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本作『一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、あなたの幸せのためにできること』書籍化のお知らせ


ノーチェブックス様より、二月十三日に
「余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています」
にタイトルを変更して書籍発売になります。
表紙の美麗イラストは、
✨氷堂れん✨さまです。




書籍版はweb版よりも糖度増し増し、完全ハッピーエンドでございます。
似た場面でも、設定の違いからほぼ書き下ろしで、途中からは世界観を維持しつつも違う展開となっております。
十万文字近く、加筆修正しましたので、ぜひぜひ、書籍版もよろしくお願い致します。

※書籍発売に合わせて、二月中頃までに、一章のお話の大半が削除されます。



この番外編は書籍版の、後日談的なおはなしとなっております。(が、いつもの番外編と変わりません)


────────────

【書籍化記念】 アリスとノルと魔女の薬




 このリトリアン王国には、建国時から代々王家の影として、王族に仕える一族がいる。
 彼らはディノルフィーノ伯爵家という表の顔と、王家の影という裏の顔、表裏二つの顔を持っている。


 ルイスが書類を手に王宮にある王弟の執務室の扉を開けた時、少年の声が響いた。

「ちょっと、アリアリ。ハートの5を止めないでよ」

 トランプを片手に、来客用ソファーに座る黒髪黒目の少年が、目の前のソファーのアリシティアを睨んだ。
 少年はディノルフィーノ三兄弟の末っ子で、ルイスに仕える影でもある。

「そういうノルだって、スペードの6を止めてるでしょ?」

 目を眇めたアリシティアが不機嫌に言い返すと、ノルと呼ばれた黒髪の少年は拗ねたように顔を背けた。

「……ねぇ、こんな所で二人で何をしているのかな?」

 二人の間のローテーブルの上に、7を中心に綺麗に並んでいるトランプを見て、ルイスは呆れたように口を開いた。

「見ての通り、臨時の王弟殿下の護衛だよ~」

「私も臨時の王弟殿下の護衛」

 相変わらず間の抜けた話し方をする黒髪の少年と、ルイスを見る事すらなくトランプに熱中する婚約者に、ルイスは嘆息した。
 本来、王家の影が王族を護衛する場合、護衛対象にすら存在を悟らせないように、ひっそりと物陰から護衛するものである。
 まかり間違っても、こんなふうに堂々と護衛対象の執務室で、ソファーに座って遊びながらする事ではない。

「臨時の護衛って何? トランプで遊んでるようにしか、見えないんだけど?」

 ルイスの非難めいた言葉に、ノルとアリシティアからは、全く悪びれない答えが返ってきた。

「遊んでないよ~」

「そうよ、真剣勝負だもん」

 後ろ手に扉を閉めたルイスは、執務室奥に視線を向ける。そこでは普段どおり、書類を片手に珈琲を飲む王弟と、秘書官のフェデルタがいた。

「叔父上、来月のアルフレード兄上の予定表と、先日の件の報告書をお持ちしました」

「ああ、お疲れ様」

「そこの二人は、ここで何をしているんですか?」

 真剣にトランプをしている二人をちらりと見て、ルイスが王弟に問う。

「ああ、面白い物を手に入れてね。二人が欲しいと言うのだけれど、一つしかないから、争奪戦をさせているんだ」

 答えながら、王弟は苦笑した。


「面白い物?」

「そう、最近城下で出回っている、『素直になる薬』だよ。どうやら、どこかの魔女がばら撒いたらしいんだ」

 王弟がくすくすと笑う。そんな叔父の姿に、ルイスは眉間に皺を寄せる。

「ああ、そんな不機嫌な顔をしない。君がエヴァンジェリンに飲まされていたような悪質な物ではないから。薬を飲んだ者に単純な質問をすれば、幼い子供のように素直に答えてくれるようになる程度だよ。どうやら制限があるらしくてね、短く答えられる質問にしか答えないし、本人が人に知られたくないと思っているような事には答えない」

「あまり意味のない薬ですね」

「そのようだね。いつもの魔女のお遊びだろう。だがまあ、念のため回収させようとしたんだが、なかなかに人気があってね、一つしか回収出来なかった」

 本来、魔女達が作る不思議な薬は、どれ程の大金を積んでも、簡単に手に入れる事は出来ない。だが、時として魔女達は、自分の作った新しい薬を、タダ同然で薬屋に卸していく事もある。

「効果はどれくらいの間続くんですか?」
「短くて一日、長くて三日位らしい。常に無口で肝心な言葉を口にしない夫や、ツンツンしていてつれない彼女が、普段なら決して言わないような愛の言葉を口にしたとか、幼い子供のように無邪気に甘えられたとかっていう話が広まっていてね。いくら出してもいいから、薬を手に入れたいという者も増えているようだ」

「ああ、それで『素直になる薬』ですか。ふーん……」


 ルイスは手の中の書類を秘書官に押し付け、真剣勝負の真っ最中であるアリシティアとノルの横に立つ。そして、二人の手からトランプを抜き取り、テーブルに並んだトランプを一気にかき集めた。

「あ~! ちょっとルイスさま、何すんの~!」

「あと少しで私が勝つ所だったのに!」

「何言ってんの、アリアリ。俺が勝ってたに決まってるでしょ」

 不満の声を上げるアリシティアとノルをルイスが見下ろした。

「勝負はやり直しだよ」

「えー、なんで?」

「僕も参戦するから」

 秀麗な顔に微笑みを浮かべるルイスに、勝負を邪魔された二人がブーブーと不満を口にする。だが、ルイスは平然と一人掛けのソファーに座り、トランプを切り始めた。

「ねぇ、なんで真剣勝負が七並べなの?」

「だって~、二人でババ抜きなんて、面白くないでしょ~?」

「二人で七並べだって、ちっとも面白くなさそうだけど? 二人なら、ブラックジャックとか、ポーカーとかあるよね?」

 理解不可能とばかりに二人を見るルイスを、アリシティアが鼻で笑う。

「ふっ、閣下は七並べの真の面白さをわかっていませんね」

「そうだよ~、一瞬で勝負がついちゃうと、つまらないじゃない」

 などと、わいわいとトランプを始めた王家の影たち三人に、

「負けた子は、七日間のディノルフィーノ御大直々の地獄の特訓ブートキャンプだからね」

などと、王弟が声をかけるも、勝負に集中する三人には届いてはいなかった。




つづく。
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