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第三章
12.夢とうつつと幻と…1
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地下牢には、獣のような唸り声がこだまする。声の主達は、レティシア・マクレガー誘拐の実行犯として捕らえた者の中にいた、二人の男だ。この男達こそが、アリシティアが子供の頃からずっと探していた男達でもあった。
アリシティアは振り向く事なく、薄暗い階段をゆっくりと登っていく。そして地上の小屋へと続く隠し扉を開けた。
森の奥の小屋から外に出たと同時に、彼女はふっと呼吸が楽になった気がした。
扉を閉めるとそこは、完全に別世界で、木々のざわめきや小鳥の囀りが、凍りついた身体を優しく抱きしめてくれる。
肺の中の空気を全て吐き出す。代わりに涼やかな森の空気を目一杯吸い込んだ。
日々、自らの手が血に染まっていく。それはどれ程洗っても、落ちる事はない。
けれど、仕方の無い事だと、アリシティアは自らに言い訳する。
そんな卑怯なアリシティアに、名前も思い出せない、前世の彼女自身が問う。
貴方が他人を、秘密裏に裁く権利があるのかと。
貴方が己の欲望の為に、彼らを消したいだけでしょうと。
わかっている。愚かな自分の許されない罪を。それでも、今のアリシティアには譲れないものがある。
──── 大丈夫。まだ大丈夫。きっと間に合う筈。
アリシティアは何度も何度も、自分自身に言い聞かせる。
けれど、アリシティアの中の小さな希望の光は、また一つ消えてしまった。
ずっと堪えていた涙が、アリシティアの頬を零れ落ちた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「君が個人的に、あの男達に自白させる事は、もう何も無いのか?」
瀟洒な王太子執務室で、ソファーに座り報告を受けていたアルフレードが、アリシティアに問う。
「私があの男達に聞きたかった事は、全て聞き出しました」
アリシティアは淡々と答えた。令嬢誘拐の実行犯であり、アリシティアの大切な友達を連れ去ったあの男達には、もう全て吐き出させた。過去の記憶が鮮明に蘇る薬や自白剤を使って。
この先あの男達は、薬の副作用で、生きている限り延々と悪夢を見続けるだろう。完全に狂って壊れるまで…。
そこまでしたのに、アリシティアが手に入れた、双子の手がかりはたった一つだけしか無かった。
「そう。それで、君が知りたかった誘拐された双子の兄妹の行方について、何がわかったの?」
アルフレードの言葉に、アリシティアは泣き出しそうに表情を歪めた。
「誘拐……ではなく、彼らは母親に売られたようです。大貴族の家で使用人になって、裕福な生活が出来ると」
アリシティアは奥歯を噛み締めた。目頭に力を入れ、涙を堪える。
大貴族の使用人。それは平民の子供にとっては、とてつもなく魅力的な話だった筈だ。だから双子は、アリシティアと交換した彼らにとっての特別な服を着て、あの男達について行ったのだ。
アリシティアのせいで誘拐された訳では無かった。だが、それでも……。
あの時のアリシティアが彼らの家庭事情にまで気付いていれば、何かが変わっていたのではと思ってしまう。
アリシティアの説明を聞いて、アルフレードは痛ましい表情をアリシティアに向けた。
「そうか。その子達は結局は、ローヴェル邸に連れて行かれていたのか」
「はい。でも、あのローヴェル邸での惨劇の後、王弟殿下が全て調べたのですが、双子については何も出なかったのです。それに前侯爵が人身売買をしていた時期より、双子が消えた時期がかなり早かった事もあり、私はあの二人が攫われた後、前ラローヴェル侯爵では無い、別の何者かに売られたのだと考えていました」
「それで君は、双子を連れ去った男達や、過去のリーベンデイルの生きた人形に関わった者、闇社会に通じる者達を、ずっと探していたのか」
アリシティアは頷いた。今にも嗚咽を漏らしそうになるのを、必死で耐える。
「アリシティア……。本当は君もわかっているだろうけれど、その子達は、きっともう……」
生きてはいないだろう……と、アルフレードはとても静かに、残酷な言葉を口にした。
彼の言葉にアリシティアは、目を見開き息を呑んだ。耐えきれ無かった涙が頬を伝う。
「それでも…、それでも私は……」
ポロポロと零れた涙は、ドレスにシミを作っていく。静かに泣き続けるアリシティアに伸ばしそうになった腕を、アルフレードはぐっと握りしめた。
本当はアリシティアも心の何処かで、理解している。あの子達はもう生きてはいないだろうと。けれど、万が一生きているのなら、死ぬより遥かに辛い目にあっているかもしれない。だからこそ、諦めきれないのだ。
アリシティアの大切な友達。
泣いているアリシティアを、アルフレードはただ待っていた。抱きしめる事も気休めを言う事もなく……。
やがてアリシティアは、深く息を吐き、呼吸を整えた。
「ただ、一つだけ、気になる事があるんです。前ラローヴェル侯爵は、あの子達を見て、『これなら、あのお方も喜ばれるだろう』と、言ったそうです」
アルフレードは一瞬息を呑んだ。その言葉が意味するのは……。
「それは、前ラローヴェル侯爵よりさらに身分の高い黒幕がいた。もしくは、前ラローヴェル侯爵が『あのお方』と呼ぶ程に、高貴な顧客が彼にはいたと言う事か……」
王妹を妻に迎えられる程の、地位と権力を持ち、自身も王家の血を継ぐ前ラローヴェル侯爵が『あのお方』とまで呼ぶ程の人間。
考えるまでもなく、そんな人間は数人しかいない。それは……。
王族か、神殿の最高位の司祭だけだった。
アリシティアは振り向く事なく、薄暗い階段をゆっくりと登っていく。そして地上の小屋へと続く隠し扉を開けた。
森の奥の小屋から外に出たと同時に、彼女はふっと呼吸が楽になった気がした。
扉を閉めるとそこは、完全に別世界で、木々のざわめきや小鳥の囀りが、凍りついた身体を優しく抱きしめてくれる。
肺の中の空気を全て吐き出す。代わりに涼やかな森の空気を目一杯吸い込んだ。
日々、自らの手が血に染まっていく。それはどれ程洗っても、落ちる事はない。
けれど、仕方の無い事だと、アリシティアは自らに言い訳する。
そんな卑怯なアリシティアに、名前も思い出せない、前世の彼女自身が問う。
貴方が他人を、秘密裏に裁く権利があるのかと。
貴方が己の欲望の為に、彼らを消したいだけでしょうと。
わかっている。愚かな自分の許されない罪を。それでも、今のアリシティアには譲れないものがある。
──── 大丈夫。まだ大丈夫。きっと間に合う筈。
アリシティアは何度も何度も、自分自身に言い聞かせる。
けれど、アリシティアの中の小さな希望の光は、また一つ消えてしまった。
ずっと堪えていた涙が、アリシティアの頬を零れ落ちた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「君が個人的に、あの男達に自白させる事は、もう何も無いのか?」
瀟洒な王太子執務室で、ソファーに座り報告を受けていたアルフレードが、アリシティアに問う。
「私があの男達に聞きたかった事は、全て聞き出しました」
アリシティアは淡々と答えた。令嬢誘拐の実行犯であり、アリシティアの大切な友達を連れ去ったあの男達には、もう全て吐き出させた。過去の記憶が鮮明に蘇る薬や自白剤を使って。
この先あの男達は、薬の副作用で、生きている限り延々と悪夢を見続けるだろう。完全に狂って壊れるまで…。
そこまでしたのに、アリシティアが手に入れた、双子の手がかりはたった一つだけしか無かった。
「そう。それで、君が知りたかった誘拐された双子の兄妹の行方について、何がわかったの?」
アルフレードの言葉に、アリシティアは泣き出しそうに表情を歪めた。
「誘拐……ではなく、彼らは母親に売られたようです。大貴族の家で使用人になって、裕福な生活が出来ると」
アリシティアは奥歯を噛み締めた。目頭に力を入れ、涙を堪える。
大貴族の使用人。それは平民の子供にとっては、とてつもなく魅力的な話だった筈だ。だから双子は、アリシティアと交換した彼らにとっての特別な服を着て、あの男達について行ったのだ。
アリシティアのせいで誘拐された訳では無かった。だが、それでも……。
あの時のアリシティアが彼らの家庭事情にまで気付いていれば、何かが変わっていたのではと思ってしまう。
アリシティアの説明を聞いて、アルフレードは痛ましい表情をアリシティアに向けた。
「そうか。その子達は結局は、ローヴェル邸に連れて行かれていたのか」
「はい。でも、あのローヴェル邸での惨劇の後、王弟殿下が全て調べたのですが、双子については何も出なかったのです。それに前侯爵が人身売買をしていた時期より、双子が消えた時期がかなり早かった事もあり、私はあの二人が攫われた後、前ラローヴェル侯爵では無い、別の何者かに売られたのだと考えていました」
「それで君は、双子を連れ去った男達や、過去のリーベンデイルの生きた人形に関わった者、闇社会に通じる者達を、ずっと探していたのか」
アリシティアは頷いた。今にも嗚咽を漏らしそうになるのを、必死で耐える。
「アリシティア……。本当は君もわかっているだろうけれど、その子達は、きっともう……」
生きてはいないだろう……と、アルフレードはとても静かに、残酷な言葉を口にした。
彼の言葉にアリシティアは、目を見開き息を呑んだ。耐えきれ無かった涙が頬を伝う。
「それでも…、それでも私は……」
ポロポロと零れた涙は、ドレスにシミを作っていく。静かに泣き続けるアリシティアに伸ばしそうになった腕を、アルフレードはぐっと握りしめた。
本当はアリシティアも心の何処かで、理解している。あの子達はもう生きてはいないだろうと。けれど、万が一生きているのなら、死ぬより遥かに辛い目にあっているかもしれない。だからこそ、諦めきれないのだ。
アリシティアの大切な友達。
泣いているアリシティアを、アルフレードはただ待っていた。抱きしめる事も気休めを言う事もなく……。
やがてアリシティアは、深く息を吐き、呼吸を整えた。
「ただ、一つだけ、気になる事があるんです。前ラローヴェル侯爵は、あの子達を見て、『これなら、あのお方も喜ばれるだろう』と、言ったそうです」
アルフレードは一瞬息を呑んだ。その言葉が意味するのは……。
「それは、前ラローヴェル侯爵よりさらに身分の高い黒幕がいた。もしくは、前ラローヴェル侯爵が『あのお方』と呼ぶ程に、高貴な顧客が彼にはいたと言う事か……」
王妹を妻に迎えられる程の、地位と権力を持ち、自身も王家の血を継ぐ前ラローヴェル侯爵が『あのお方』とまで呼ぶ程の人間。
考えるまでもなく、そんな人間は数人しかいない。それは……。
王族か、神殿の最高位の司祭だけだった。
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