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第三章

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 エリアスが追いかけていた『令嬢誘拐事件』は、王太子派の貴族令嬢が標的になっていた。そのせいで、エリアスは王太子派の筆頭である、レティシア・マクレガー公爵令嬢が狙われるのではと、ずっと危惧していた。
 結果エリアスの悪い予想は当たった。アリシティアが阿片窟擬きで盗み聞きした会話の通り、レティシアは令嬢誘拐事件のターゲットにされてしまう。
 レティシアがアルフレードの所に定期的に通っていた為に、アルフレードがレティシアと婚姻を結ぶのでは無いかという噂が流れたからだ。

 この事は、王太子派からすれば歓迎すべき事だ。だが、他の派閥からすれば、なんとしてでも阻止したい事だろう。

 けれど今回の主犯と思われるリスティアード子爵は、王太子派のメルクオリ侯爵家の嫡男だ。

 何故王太子派の侯爵家嫡男が、同じ王太子派の令嬢を誘拐しているのか。お金が流れている先が、何故正妃派と言われるエヴァンジェリンを支持する正妃の実家の派閥なのか。誘拐に使われる薬が貴族派から流れている理由等、わからない事の方が多すぎた。

 誘拐を阻止しただけでは、犯人は捨て駒になり、リスティアード子爵は捕らえられない。
 だからこそ、アルフレードはレティシアを囮にすると言い、レティシアの父親もそれを承諾した。



 ちなみに、レティシア・マクレガーは、この世界と類似した世界の小説『青い蝶が見る夢』の中では、いわゆる悪役令嬢の立ち位置だ。彼女は小説内のヒーローの一人、レオナルドとの婚姻を望んでいた。
 そのせいで、小説のレティシアはエヴァンジェリンを貶めるという役どころだが…。


──── 普通に考えて、レティシア様の言ってた事、悪口でもなんでもなく、正論じゃない?

 と、今になってアリシティアは思う。
 エヴァンジェリンの立ち振る舞いが王女らしくないのも、ヒーロー枠の男性三人との距離感が近すぎるのも、生まれながらの王女でありながら、貴族の義務を軽視するようなエヴァンジェリンの言動に、レティシアが苦言を重ねるのも、何も間違ってはいない。

 他の人間が口にしない事を、レティシアは面と向かってエヴァンジェリンに告げていただけだ。


 アリシティアは『青い蝶が見る夢』に、推しという程思い入れがある人物はいなかった。強いて言えば、ウィルキウスが好みのタイプという位だ。
 けれど、現実のレティシアを見た時、アリシティアは彼女の凛とした美しさに、心臓を鷲掴みにされた。

 さすが『生悪役令嬢』と、感激したのを覚えている。その時から、レティシアが王宮に来た時には、エリアスと一緒に彼女の姿をさりげなく盗み見するのが、アリシティアの楽しみになっていた。
 前世のアリシティアが文字の中の彼女に魅力を感じる事は無かったけれど、現実の彼女はとてつもなく魅力的だ。
 華やかで美しく、生まれながらの高貴さを感じさせるその立ち振る舞いは、まさに王宮に咲き誇る大輪のバラのような人だ。 
 誰もが憧れ、けれど触れることができない美しい人。



 つい先日も、アリシティアは三人の男性を侍せたエヴァンジェリンが、レティシアと話しているところに遭遇した。その三人とはルイス、レオナルド、リカルドだが、小説と顔ぶれが少しだけ違うこと等、些末な事だ。

 アルフレードの美しい庭園で、エヴァンジェリンは政略結婚など不幸にしかならないと、レティシアに訴えていた。
 それはまさに、小説のシーンそのもので。始めてモブな異世界転生者らしいシーンに遭遇したアリシティアは、感激のあまり涙ぐんだ。

 結局、アリシティアが、レティシアを覗いていた事がエリアスにばれ、貴重な『生レティシア様観賞時間』は終わってしまったのだが……。

 ちなみにこの時もルイスは、相変わらずエヴァンジェリンを腕にまとわりつかせていた。だがそれは、アリシティアが正妃派の動きを探ってほしいと、ルイスにお願いしたからだ。
 本人が諜報専門の影だというのであれば、存分に働いてもらおう。

 若干、というか、かなり、ハニートラップに見えるのは、どうなんだろう…と思わないでも無いのだが。今回ばかりは、気にしない事にした。

 



***



「レティシアは賢いのに馬鹿じゃないのか? あんなに忠告したのに!!」

 アリシティアよりも強く、レティシアに魅了された男が、不機嫌に呟く。

 エリアスは苛立たしげに、足先でトントンと地面を打ち、一定のリズムを刻んでいた。

「落ち着こうよ、王子様。はい、あっちに離れていてね。危ないから」

 薄い布で出来た袋をいくつも持ったディノルフィーノが、エリアスの肩を叩き、その隣を通り抜ける。

「その袋はなんだ?」

 エリアスの問いに、ディノルフィーノではなくアリシティアが答えた。

「秘密の粉が入ってるの。離れてリアス」

 エリアスに注意を促すアリシティアは、手にもつ火矢を弓につがえた。ディノルフィーノは古びた庭師小屋の扉を開け、振り向く。

「いくよ、ドール」

「いつでも」

 アリシティアが弓を引くと同時に、ディノルフィーノは手に持った複数の袋を、庭師小屋の中に投げ入れる。

 袋は天井や壁に当たったと同時に破れ、白い粉を撒きちらした。一瞬で小屋の中は白い靄に包まれ、同時にディノルフィーノが、アリシティアの方に駆け戻ってくる。

 ディノルフィーノがアリシティアの横を通り抜けた時、アリシティアは口角をあげ、手に持った火矢を放った。
 火矢は小屋の中に吸い込まれ、瞬間。腹に響く程の破裂音と共に、小屋の窓が吹き飛び、炎が勢いよく噴き出した。

 アリシティアの全身を、叩きつけるような熱風が襲う。
 一瞬にして、炎に包まれ、メラメラと燃え盛る建物を目にして、エリアスは目を見張った。

「事件や事故だと、関わりたくない人は家に引き篭もる。けれど火事なら、中の人間は外に出てくるのよ。巻き込まれたくはないからね」

 騒がしくなる別荘を眺めながら、アリシティアは連射式の小型クロスボウを構え、その隣でディノルフィーノが、左右の腰に佩いた細身の剣を両手で抜く。

 その時、ぴーっと、細く高い笛の音が、青い空の下に響き渡った。




「公女さまから見張りも離れたようだし、思いっきり楽しもうか!!」

 ディノルフィーノの構えた2本の剣は、陽光を受け、鋭い光を放った。






──────────────────

この頃の強欲令嬢レティシア様は、「馬鹿なのかしら。うん。ばかなのね」と自問自答中。

強欲令嬢と黒幕な王子様の、誘拐の裏事情をようやく一部書く事ができました。
時系列は、『生とはいったいなんだろう』と重なっています。第三者目線のルイスや、アリシティアも出てきますので、よろしければ、強欲令嬢もよろしくお願いします。


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