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第三章
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しおりを挟むアリシティアの中での美形無罪の法則は『壁ドン』まで。ストーカー行為を美しい愛の形に昇華させて許されるのは、シェイクスピアと、昭和の少女漫画位だと思っている。
しばらくして、ルイスは諦めたように深く息を吐いた。
なぜか肩に顎をぐりぐりと押し当てられて、地味に痛い。この意味の無いスキンシップは、とてつもなく久しぶり…等と考えてしまう。
「……ねぇ、閣下? 今日のお昼までのご自分の態度を、思い出して頂きたいのですが。私はずっとあなたがお姫様の事を好きだと思っていたんですよ。だけど、あなたに嫌われるようなことをした私が悪いのだから仕方のない事だと、必死に自分を納得させようとしていたんです。なのに、本当に突然、なんの前触れもなく違うと言われて、すぐに受け入れられると思います?」
ルイスの動きがピタリと止まった。代わりにぎゅっと抱きしめられ、無意識にルイスの髪に顔を寄せる。
「それは……本当にごめん。君は何も悪くない。君は僕を守ろうとしてくれただけだと、わかっている。なのに、君に罪を背負わせるような事を言ってしまった。本当にごめん」
細くて柔らかな癖のある髪が、心地よくアリシティアの頬を撫でた。
アリシティアは自分の気持ちをなだめるように、ふーっと長い息を吐き出した
「ねぇエル。私ね、今日ずっと混乱してるの。それをね、必死に取り繕って、表面上だけは冷静でいようとしてる」
アリシティアの言葉づかいが変わる。ルイスは息を呑み静かに答えた。
「知ってる」
「なら、これ以上混乱させないで?」
「……うん。ごめん」
「私はね、行動が全てだと思ってしまうの。あなたの言葉がなければ、行動で判断するの。だから教えてくれない? あなたは私を監視しているの?」
「監視はしてない。なんでそう思ったのかは分からないけど、ただ、時々君に影を護衛として、つけている時はある」
「それってどういう時?」
「……君が危険な事に巻き込まれた時」
「闇オークションの後、動けない私を残してあなたがお姫様のところに行ってしまった時とか?」
瞬間、ルイスががばっと頭を上げてアリシティアから距離を取った。
「待って、まさかそれも? 確かにエヴァンジェリンの所には行った。でもアリスが思っているような事とは違う。あれはエヴァンジェリンと一緒にいた令嬢達の口止めに行ったんだ」
「口止め?」
「そう、そもそもあれはエヴァンジェリンが君を僕から引き離そうとして起こった事だ。それを、君が誘拐された時にエヴァンジェリンの周囲にいた人間に知られた。僕の婚約者が気に入らないなんて理由で、王女が伯爵令嬢の君を排除しようとして、闇オークションに売り飛ばしたなんて噂が広まれば、王家にとってとてつもない醜聞になる」
「まあそうでしょうね」
それはアリシティアが、王弟であるガーフィールド公爵からも聞いた言葉だ。王家の求心力が弱れば国は荒れる。それはアリシティアも望んではいない。
「何より君が傷ものの烙印を押される。だから、噂が広まらないよう処理する為に、一刻も早く口止めしに行ったんだ。まあ、僕が着いた時にはアルフレード兄上が対処した後だったけどね。だったら君を眠らせてノルに任せたりせずに、僕がそばにいればよかったと思った…」
ルイスは小さく呟き、はあっと息を吐き出した。
「眠らせ‥‥‥?」
しばし回顧して、やがてその意味に気付き、思わず羞恥で顔が紅潮する。だが、そのことについては言及せずに無理やり元の話題に戻した。
「影が私についている時は、護衛が必要になるような事になった時だけ?」
「うん」
アリシティアの問いに、ルイスは素直に頷いた。
「私がベアトリーチェの所にいたと知ってたのは?」
「知ってたんじゃなくて、君ならすぐに解毒剤を依頼しに行くと思ったのと、君からあの薬草のような匂いがしたから」
「あなたが、ここに来たのは?」
「勘。昔から、だいたい君の行き先がよめる。だから黙秘したかったんだ。君に深く考えられると、次から君の行動がよめなくなるのが嫌だったから」
「待って、それって、私の行動が分かりやすいって事?」
咄嗟に、アリシティアの目が大きく見開く。
「うーん、多分?よく分からないけど、そうだと思う」
「嘘でしょ……」
昔からとは、多分子供の頃からで。その時は中身が大人だったアリシティアの行動が、子供のルイスに読まれる程単純だったと言う事になる。そういえば、ベアトリーチェにもわかりやすいと言われたばかりだ。
「君なら僕から逃げるついでに、ここに叔父上を殴りにくるかなと思った。どうせ叔父上は逃げた後なのに……」
言われてみれば、公爵だってアリシティアが来ることを想定して、手紙と仕事、ついでに委任状まで残して逃げていた。
「……そう、私ってそんなに単純思考なのね」
想定外のルイスの言葉に、アリシティアはただ脱力した。
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