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第三章
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「ねえ、今更なんだけど、魔力って何? 魔女や魔術師みたいな魔法使いがいるのはわかるけど、現実には魔法なんて見た事ないもの。せいぜい魔女の薬っていう、前世では考えられないような、特殊な薬を見かける程度でしょ?」
「そうね。魔力っていうのは、神が人を作った時に、最後に人の体内に吹き込んだ神の息吹の残りだと言われているわ。それが一部の人の体内には残されているの」
「なら、その魔力があれば魔法を使えるの?」
「いいえ。ただ、体の中にあるだけでは魔力は使えない。体の中でただ溜まっているだけだから。それを血液のように体内で循環させて、体の外に出して形作ることで、魔法になるの」
「どうやれば循環させられるの?」
「基本的に俗世の全てを捨てて、この世の理から外れる事を条件に、他の魔法使いに体の中にただ溜まってるだけの魔力を循環させて貰って、流れに沿って魔力を出せるようにしてもらうのよ。それをしないと、どんな強力な魔力持ちもただの人よ」
「基本的にはって事は、そうじゃ無い人もいるの?」
「いるわよ。生まれながらの魔法使いが」
「なにそれ。超チート!」
アリシティアは身体を起こして、興味深げにベアトリーチェを見た。
「他人に手助けして貰わなくても、生まれた時から魔力が循環してて、自分で魔力を体内から出して、魔法を使える人がいるの。そういう生まれながらの魔法使いは、この世の理から外れる必要もないのよ」
「へー」
アリシティアは感心したような声を出し、また、ころりとソファーの上に寝転んだ。そんなアリシティアを、ベアトリーチェはあきれたように眺めた。
「まあなんにせよ、あんたの条件をのむなら掃除は10回ね。でも、それこそさっきの麻薬と薬の話になるわよ?」
「どういう意味?」
「短時間で現在進行形の恐怖心を取り去るとなれば、PTSDの治療薬より、ずっと強力な物を使う事になるのよ。つまり、恐怖を感じなくなるように、麻薬そのものを使うって事」
ベアトリーチェは瓶の中の液体をふりながら、唐突に考え込んだ。アリシティアはソファーに横たわったまま、ぼんやりと窓の外に広がる青い空を眺める。鳩に似た鳥が彼女の視界を横切っていった。
「PTSDの治療薬?……そういえば、パーティードラッグ系の合成麻薬ってPTSDの治療にも使えるわよね。もしかして、ベアトリーチェって元々PTSDの薬を作ってたの?どうして?」
アリシティアの問いに、ベアトリーチェは一瞬表情を歪め、深く息を吐きだした。
「必要だからよ。……まあ、薬も麻薬も、思いもしない事に転用できるって事ね」
「精神疾患の薬が抗がん剤になったり、狭心症のお薬のつもりがEDの治療薬になっちゃったり?」
PTSDの薬が誰に必要なのかを、アリシティアは聞こうとしてやめた。答えてもらえないことはわかっている。だから、代わりに別の言葉を口にする。
「そうよ、高血圧の薬が育毛剤になったり、緑内障の目薬でまつ毛が伸びたりね」
「ふーん」
アリシティアの視線がベアトリーチェに向けられる。アリシティアは何か言いたげに、ベアトリーチェの長い豊かな黒髪に、けぶるような長いまつ毛をじっと見つめた。
「……やめてくれないかしら? 使ってないから。これは天然よ」
「人の考え読むのやめてくれる?」
「考えを読むまでもないでしょうが。わかりやすすぎるのよ、あんたって」
「失礼ね。でもさ、前世で大麻の医療麻薬も試してみたかった。痛みをとりましょうとか言って、全然取れないの。痛すぎて死にそうだったわ」
「死にそうじゃなくて、結局死んだんだから、ここにいるんでしょ」
「いや、本当に痛すぎて死んだ訳じゃ無いからね?…多分」
ソファーにぐったりと全身を預けて、アリシティアは力無く笑った。
「私が言うのも何だけど。あんた自分の命に関して、めちゃくちゃ扱いが軽いわね」
「うーん。それね、さっきも言われた。なんというか、生存本能?そういうのが薄いのかな。ずっと私の生死なんて、たいした問題じゃないって思ってた…」
「過去形なのね。心境の変化でもあった?」
混ぜた薬品を光にかざしながら、魔女の親友は呆れたように笑う。彼女の手の中の薬品は、あいかわらずピンク色をしていた。彼女が自分の作った薬をピンク色に染める意味はよく分からない。少なくとも自己顕示欲ではないと思った。もしかすると、単純に「可愛いから」等という理由かもしれない。
「うん、あった。ルイスがね、自分が死ぬ時は私を地獄にまで連れて行くって。だからルイスが死ぬ時までは、生きてみてもいいかなって」
「へぇ…。それであんたは喜んでるわけね」
浅く息を吐いたベアトリーチェは、呆れたように小さく笑った。
「……もし私が失敗しても、一緒に連れて行ってもらえるなら、それってすごく幸せな事だもの」
独り言のような小さなつぶやきに、ベアトリーチェはソファーの上で寝転んで目を閉じるアリシティアを見た。
そこには、孤独で、寂しい少女が、幸せそうに微笑んでいた。
ベアトリーチェの唇が薄く開かれる。馬鹿な子…そう呟こうとした。だが声に出ることはなくその薄い唇は閉じ、その言葉は大気にとけて消えた。
「そうね。魔力っていうのは、神が人を作った時に、最後に人の体内に吹き込んだ神の息吹の残りだと言われているわ。それが一部の人の体内には残されているの」
「なら、その魔力があれば魔法を使えるの?」
「いいえ。ただ、体の中にあるだけでは魔力は使えない。体の中でただ溜まっているだけだから。それを血液のように体内で循環させて、体の外に出して形作ることで、魔法になるの」
「どうやれば循環させられるの?」
「基本的に俗世の全てを捨てて、この世の理から外れる事を条件に、他の魔法使いに体の中にただ溜まってるだけの魔力を循環させて貰って、流れに沿って魔力を出せるようにしてもらうのよ。それをしないと、どんな強力な魔力持ちもただの人よ」
「基本的にはって事は、そうじゃ無い人もいるの?」
「いるわよ。生まれながらの魔法使いが」
「なにそれ。超チート!」
アリシティアは身体を起こして、興味深げにベアトリーチェを見た。
「他人に手助けして貰わなくても、生まれた時から魔力が循環してて、自分で魔力を体内から出して、魔法を使える人がいるの。そういう生まれながらの魔法使いは、この世の理から外れる必要もないのよ」
「へー」
アリシティアは感心したような声を出し、また、ころりとソファーの上に寝転んだ。そんなアリシティアを、ベアトリーチェはあきれたように眺めた。
「まあなんにせよ、あんたの条件をのむなら掃除は10回ね。でも、それこそさっきの麻薬と薬の話になるわよ?」
「どういう意味?」
「短時間で現在進行形の恐怖心を取り去るとなれば、PTSDの治療薬より、ずっと強力な物を使う事になるのよ。つまり、恐怖を感じなくなるように、麻薬そのものを使うって事」
ベアトリーチェは瓶の中の液体をふりながら、唐突に考え込んだ。アリシティアはソファーに横たわったまま、ぼんやりと窓の外に広がる青い空を眺める。鳩に似た鳥が彼女の視界を横切っていった。
「PTSDの治療薬?……そういえば、パーティードラッグ系の合成麻薬ってPTSDの治療にも使えるわよね。もしかして、ベアトリーチェって元々PTSDの薬を作ってたの?どうして?」
アリシティアの問いに、ベアトリーチェは一瞬表情を歪め、深く息を吐きだした。
「必要だからよ。……まあ、薬も麻薬も、思いもしない事に転用できるって事ね」
「精神疾患の薬が抗がん剤になったり、狭心症のお薬のつもりがEDの治療薬になっちゃったり?」
PTSDの薬が誰に必要なのかを、アリシティアは聞こうとしてやめた。答えてもらえないことはわかっている。だから、代わりに別の言葉を口にする。
「そうよ、高血圧の薬が育毛剤になったり、緑内障の目薬でまつ毛が伸びたりね」
「ふーん」
アリシティアの視線がベアトリーチェに向けられる。アリシティアは何か言いたげに、ベアトリーチェの長い豊かな黒髪に、けぶるような長いまつ毛をじっと見つめた。
「……やめてくれないかしら? 使ってないから。これは天然よ」
「人の考え読むのやめてくれる?」
「考えを読むまでもないでしょうが。わかりやすすぎるのよ、あんたって」
「失礼ね。でもさ、前世で大麻の医療麻薬も試してみたかった。痛みをとりましょうとか言って、全然取れないの。痛すぎて死にそうだったわ」
「死にそうじゃなくて、結局死んだんだから、ここにいるんでしょ」
「いや、本当に痛すぎて死んだ訳じゃ無いからね?…多分」
ソファーにぐったりと全身を預けて、アリシティアは力無く笑った。
「私が言うのも何だけど。あんた自分の命に関して、めちゃくちゃ扱いが軽いわね」
「うーん。それね、さっきも言われた。なんというか、生存本能?そういうのが薄いのかな。ずっと私の生死なんて、たいした問題じゃないって思ってた…」
「過去形なのね。心境の変化でもあった?」
混ぜた薬品を光にかざしながら、魔女の親友は呆れたように笑う。彼女の手の中の薬品は、あいかわらずピンク色をしていた。彼女が自分の作った薬をピンク色に染める意味はよく分からない。少なくとも自己顕示欲ではないと思った。もしかすると、単純に「可愛いから」等という理由かもしれない。
「うん、あった。ルイスがね、自分が死ぬ時は私を地獄にまで連れて行くって。だからルイスが死ぬ時までは、生きてみてもいいかなって」
「へぇ…。それであんたは喜んでるわけね」
浅く息を吐いたベアトリーチェは、呆れたように小さく笑った。
「……もし私が失敗しても、一緒に連れて行ってもらえるなら、それってすごく幸せな事だもの」
独り言のような小さなつぶやきに、ベアトリーチェはソファーの上で寝転んで目を閉じるアリシティアを見た。
そこには、孤独で、寂しい少女が、幸せそうに微笑んでいた。
ベアトリーチェの唇が薄く開かれる。馬鹿な子…そう呟こうとした。だが声に出ることはなくその薄い唇は閉じ、その言葉は大気にとけて消えた。
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