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第三章

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 闇オークションでエヴァンジェリンを操った黒幕。その黒幕である“男”は、人の果てしない『欲』を満たすために、この国に跋扈ばっこする魑魅魍魎の中に、生き餌としてアリシティア・リッテンドールを投げ込んだ。



 チューダー伯爵が禁断の場と呼んだ、あの旧インフォンティーノ公爵邸の別荘での、フロア支配人とのやり取りを思い出す。厳密に隠されてる筈の薬について、はじめて訪れたアリシティアに、支配人が何故詳しく話したのか。あの時はその理由がわからなかった。けれど今なら想像できる。


 アリシティアは瞳を隠された状態で、『宵闇の少女』として競売にかけられた。
 あの闇オークション会場にいたチューダー伯爵は、最も特徴的な瞳の色ではなく、全体の雰囲気で『宵闇の少女』の事を覚えていたのだ。

 そしてリカルドと潜り込んだ伯爵の仮面舞踏会でアリシティアミレディを見て、『宵闇の少女』として売られていたリーベンデイルの生きた人形だと気づいたのだろう。

 だからこそ、伯爵はミレディを特別扱いして、ミレディの姿をしたアリシティアを手の内に取り込もうとしている。

 チューダー伯爵は、黒幕である“男”が用意したアリシティアという生き餌に引き寄せられた、最初の人間だ。


 王宮内に不自然に広まった馬鹿げた噂も、誰かがなんらかの意図を持って、流したものかもしれない。







 アリシティアは無意識に嘆息した。


「アリス? 魔女殿がどうかした?」

 アルフレードが、急に表情を変えたアリシティアを見て問う。

「いいえ、ルイス様はベアトリーチェに気に入られているなと思っただけです。この間も魔女の惚れ薬をベアトリーチェから貰っていましたから。あの薬は、どれ程の対価を支払ったとしても、手に入れられるようなものではありませんからね」



 ベアトリーチェに気に入られていると言われたのが不快だったのか、ルイスは無言のまま眉根を寄せた。


 そんなルイスの表情など気にもとめずに、ディノルフィーノが面白そうに笑う。

「あの近衛のリカルド・アウトーリの『魔女の惚れ薬事件』だよね。俺はあの時仕事で王宮にいなかったのに。そんな楽しい事するなら先に教えて欲しかった~。ていうか、侯爵様。よりにもよってなんで魔女の惚れ薬なんてものを、あんなくだらないイタズラに使っちゃったの? 勿体な過ぎない?」

「くだらないからこそ、意味があるんだよ。あんな物騒なものは、さっさと手放すに限る」

「えー、俺ならアリアリに食べてもらうよ~?」

「……そんな事をしたら、その日が命日になると思えディノルフィーノ」

「ちょっと、侯爵様怖い。あ、でも本当に怖いのは魔女さんだよね。侯爵様の使い方次第で、国がひっくり返るような物をぽーんと渡して、侯爵様がどう使うか見てたんだよね。侯爵様、本当は魔女さんに嫌われてるんじゃない?」

 ディノルフィーノが楽しげに笑う。そんなディノルフィーノを見て、ルイスは自嘲する様に小さく息を吐いた。

「本当にお前って、物事の本質を捉えるのが得意だね」

「そーなの~? よくわからないけど、もっと褒めて~。アリアリも褒めて褒めて」

 ディノルフィーノがアリシティアに向けて、頭を差し出してくる。
 これは撫でろという事なんだろうなと思いながら、思わず微笑んだアリシティアが「偉い偉い」と言いながらディノルフィーノの頭を撫でる。それを見たルイスがディノルフィーノの体を引き起こして、頬を思いっきり引っ張っていた。


 ルイスに文句を言うディノルフィーノを眺めながら、アリシティアは彼の言葉を反芻した。






『本当に怖いのは、魔女さんだよね』





 アリシティアの行動を知っていて、リスクも気にしない。なおかつお金や権力といった俗世の欲に一切興味のない人物。

 そんな人物は1人しかいない。



 何故気づかなかったのだろう。
 エヴァンジェリンを操って、アリシティアを闇オークションの競売にかけた黒幕は、アリシティアのすぐそばにいたのに。





 物語の始まりのシーンにがいなかった事で、アリシティアは物語の彼の行動について、深く考えずにいた。

 『青い蝶が見る夢』の物語の中の三人目のヒーローで、今のアリシティアと同じように、物語の中でリーベンデイルの生きた人形を追っていた人物。






───── ウィルキウス・ルフス。






 
 こそが、エヴァンジェリンを操り、アリシティアを闇オークションの競売にかけた黒幕で…。

 それはアリシティアの親友、オネェな魔女ベアトリーチェのもうひとつの姿でもあった。





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