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第三章

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 ルイスが息を呑んだのがわかった。
 彼はゆっくりとアリシティアを抱きしめ返す。左手で腰を抱き、右手は後頭部の髪の間に差し入れる。やがて彼の体が小刻みに何度も震えた。




「ふっ、ふふっ…」

「…… エル?」

「ふふふっ…、何それ…。僕、今の今まで何を…」

 唐突にルイスが笑い出した。最初は抑えていたのに、だんだんと体の震えと笑い声が大きくなる。

「ははははっ!! 」




 アリシティアはひたすら震えながら笑うルイスの顔を見ようとする。だが、きつく抱きしめられて、離れることができなかった。ひたすら笑うルイスが何を考えているのか分からず、アリシティアは彼の背中を叩く。



「なんで笑うの?!」

「ははっ、だっておかしい。何それ。よく考えたらわかりそうな事なのに、全く気づきもしなかったなんて。だから、僕は叔父上に観察力が足りないって言われるんだ」

 ひとしきり笑った後、ルイスはアリシティアを抱きしめていた腕の力を弱めた。そしてこつんとアリシティアの額に、自らの額をあてる。

「ありがとうアリス。教えてくれて」

「っ!!」

 ルイスがとてつもなく柔らかな笑みを浮かべる。

「あ、あなた本当にわかってる?!これであなたがお姫様を選ぶと、私は暗殺されるけど、裏切ったあなたもきっと私の道連れにされるわよ?!」

「ねぇ、僕は絶対君を裏切らないけれど、君の話の前提には、そもそもおかしな事があるよね」

「え?」

 思わぬ言葉に目を見張るアリシティアの耳元に、今度はルイスが唇をあて囁いた。

「万が一にもあり得ないけれど、仮に僕がエヴァンジェリンを選んだとする。それでも、君よりはエヴァンジェリンの方が王位継承権は上だし、君の事を黙認するかもしれない。だって君が伯爵令嬢のままの方が都合が良い。なのに、なぜか君は僕がエヴァンジェリンの側についた場合、君が暗殺される前提で話している。それは何故?」

「それは…」

 アリシティアは絶句した。けれどそれを悟られないように、すぐに言葉をつなぐ。

「正妃様はお姫様を女王にしたがっていて、私は女神の祝福を受けているから…」


 小説の中では、ルイスがエヴァンジェリンを庇って死に、アルフレードが暗殺され、エリアスは冤罪で処刑された。そしてその時、アリシティアは既に死んでいた。

 女神の血を引く正当な血脈は途切れ、エヴァンジェリンが取り替え姫だという事実は、最後まで関係者以外に知られる事なく、彼女は女王になる。
 小説だからと深く考えた事はなかったが、今思えば、都合の良すぎる王位継承権を持つ者の死は、エヴァンジェリンを王位につける為に、誰かが裏で糸を引いていたのではないだろうか。


───── 誰が……。


 不意に頭に浮かんだ人物を、アリシティアは否定した。




「それだけではないよね。君が権力や地位を望まなくても、エヴァンジェリンを守る為には、君を排除しなくてはいけない理由があるんだ」

「あっ……」

 ルイスの言葉に、アリシティアは己の迂闊さを呪った。

「アリス、君は知ってはいけない事を知ってしまっている」

「やめて」


 アリシティアは狼狽え、ルイスの言葉を遮る。そんな事をしたところで意味はない。もうルイスは答えに行き着いてしまった。


「君はさっき言ったよね。君は陛下の娘で、アルフレード兄上とエリアスの妹だと。けれど、エヴァンジェリンの妹だとは言わなかった」

「ダメよエル。それ以上口にしないで……」

 それは正妃と、正妃が信頼する者しか知らないはずの秘密。


 可哀想な現代の取り替え姫。優しいルイスが真実を知ってしまうと、彼はエヴァンジェリンを放っては置けなくなるのではないだろうか。

 言葉を失ったアリシティアから、ルイスは体を離した。







 アリシティアの瞳が不安に揺れる。そんなアリシティアの手をとり、ルイスは彼女の掌にキスを落とした。

「ねぇ、アリス。僕は君しかいらない。君を裏切ったりしない。ずっとずっと、僕には君だけなんだ」

「エル」

「だからお願い、もう一度だけ僕を信じて」

 ルイスはアリシティアの頬を撫でた。その温もりに、再び涙が零れる。同時に、決して告げるつもりの無かった想いが口からあふれ出した。


「………だったら、行動で示して。言葉じゃなく。あなたが本当に私を好きだというなら。お姫様よりも、……私を優先して。人前でも私を無視しないで。ちゃんと私を見て。私に話しかけて。私に触れて……。私に…」




──── 好きだと言って。





 息がつまり、言葉が途切れた。
 そんなアリシティアを見て、ルイスは泣きそうな、それでいて甘く蕩けるような微笑みを浮かべた。


「やっと自分の気持ちを言った」

「私…」

「約束する。大好きだよ、僕の眠り姫」



 
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