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第三章
7.ストーカーと逃亡者1
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自分専用に使っている客室の扉をあけ、アリシティアは呟いた。
「デジャブ……」
アリシティアの目前では、いつかのようにルイスが優雅にお茶を飲んでいる。
その姿を、アリシティアは冷めた目で見ていた。
「……なぜあなたがここに居るんですか、閣下」
「だって、会いに行くって言ったよね?」
「でもここは、ガーフィールド公爵邸の別邸ですよ?」
確かにルイスは後で会いに行くと言った。
だからこそアリシティアは、アリヴェイル伯爵家のタウンハウスではなく、アリシティアが気ままに使っているガーフィールド公爵邸の別邸に帰ってきた。
「もちろん知ってる。おかえり、僕の可愛い婚約者殿」
ルイスはカップを置いて立ち上がり、アリシティアの方に近づいてくる。
優しく、大切なものを包み込むように抱きしめられ、服越しにルイスのぬくもりがつたわってきた。
「ねぇ、キスしていい?」
ルイスがアリシティアの耳元で甘く囁く。その声は多分に色気を含んでいて、思わず体から力が抜けそうになる。それでも、淫魔の魅了に抗うように、アリシティアはルイスを睨んだ。
「昼間散々されましたが?」
何がどうなって、ここまで態度を変えたのか、本気でよくわからない。だが、色々と振り切ったルイスの破壊力は凄かった。筆舌に尽くし難いとはこういうことか……と思うくらいにはすごい。
「でも、みんながいたから、別れ際にキスできなかった。ねぇ、みんなの前で口にキスしても良かったの?だったら遠慮なくさせて貰うけど」
くすりとルイスが笑う。それはもはや、甘ったるい…などという表現を通り越して、胸焼けする程にあざとエロ可愛くて、人を虜にする色香を纏っている。
「え、遠慮してください。じゃないと逃げます」
「ふーん?でもね、僕からは逃げられないと思うよ? 覚えて置いてね?」
甘いテノールが脳を揺さぶる。アリシティアは諦めたように嘆息し、身体の力をぬいた。
──── そういえば、子供の頃の彼も神出鬼没だった。
子供の頃は不思議には思わなかった。
アリシティアが王宮に行くと、必ずと言っていい程ルイスと遭遇する事に。
前世を思い出して間がなかったアリシティアには、アリシティアを見つけては走りよってくるルイスの行動に、懐かしさと愛しさしか感じなかった。
アリシティアがどんな姿勢をしていても無理に体の上に乗って来て、顔を擦り寄せてくる猫の姿と、隙あらば抱きしめてキスしてくるルイスの姿を重ねていた。
愛しくて可愛い、前世の最愛。
けれど、冷静になって考えれば、違和感しかない。子供の頃のルイスの距離感もおかしいけれど、何よりも行く先々にルイスがいた事がおかしい。
あれは幼いルイスが彼の影を使って、アリシティアの動向を調べさせていたのでは?
……と、今になって幼い頃の婚約者のストーカー疑惑が浮上する。
そのせいで、アリシティアは逃げ出すタイミングを失った。
「ところでさ。ムカつくし、やめて欲しいし、めちゃくちゃ嫌なんだけどね。僕さ、君の交友関係には口出しをしたくはないんだ」
「はい?」
「でも、やっぱり腹が立つ。何ですぐにあいつの所に行くの?」
「あいつとは?」
「あいつはあいつ」
「……はっきり言っていただけます?」
ふいに冷たくなったアリシティアの問いに、ルイスは苦々しげに呟く。
「 ──── あのムカつく自称魔女」
アリシティアを抱きしめるルイスの腕に、ぐっと力がこもった。
何となく遠い目になるが、それは仕方の無い事だった。
「ねぇ閣下? なぜ私がベアトリーチェの所にいた事をご存知なんですか? 私がアルフレードお兄様の執務室を出た時、閣下は部屋にいましたよね。そして、私は誰にも言わずにここに来たのに、閣下は既にこの部屋にいる。その理由をお伺いしても?」
「……いやだ。黙秘する」
「はぁ、そうですか……」
過去だけではなく、現在の婚約者の、影を使ったストーカー疑惑まで浮上した。
錬金術師の塔は、普通の人は気味悪がって殆ど近寄らない。そのせいで、王宮の外れにあるにも関わらず、そこに出入りする姿を人から見られる事はまず無い。たまたま見られた。…という事はないだろう。
ルイス(と、ディノルフィーノ)のせいで、アルフレードの執務室を追い出された後。アリシティアはベアトリーチェを殴りに行って、ついでに窓辺のソファーで気持ちよくお昼寝した。
だが、きっちり2時間で薄情な親友に叩き起された。そしてそのまま邪魔だと言われ、部屋から追い出されたのだ。
だからアリシティアは大人しく、ガーフィールド公爵邸に帰ってきたのだが…。
ちなみに、アリシティアが公爵邸を選んだ一番の理由はルイスから逃げる為だが、公爵を〆て、幼い日のルイスとアリシティアを引き離した理由を聞き出すつもりでもあった。
卑怯だけれど、ソニア・ベルラルディーニを泣き落としてでも味方につけて、公爵を脅す計画をたてていたのだ。
けれど、公爵邸に入ると同時に、アリシティアを出迎えた執事から「主はアリシティア様からお逃げになられました。こちらをお渡しするようにと、主から承っております」などと言われて、美しい文様の入った封筒を差し出された。
封筒を開くと、案の定『しばらく旅に出ます。探さないでください』と、綺麗すぎる文字で書かれていた。
ついでに公爵が逃げている間の、彼の執務まで、公爵付きの秘書官フェデルタに押し付けられた。
「ドールの所為なのだから、君が何とかしてください」などと言われても、知るかと言いたかった。
けれどご丁寧に、公爵がいない間の権限をアリシティアに委ねると書かれた委任状まで用意されていた。
積み上げられた書類とフェデルタからは、決して逃げられない。
ガーフィールド公爵を殴りにいったはずのアリシティアが、公爵からのカウンターをくらってしまっていたと気づいたのは、半泣きで仕事を終えた後だった。
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