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【挿話】取り換え姫と世界樹の守護者
彼女の願い
しおりを挟む「ねぇ、お願い、私を殺して」
彼女は僕に言った。全てを諦めた目で。
高い塔の一室。埃っぽくて、使用人も付いてはいない。今の彼女は罪人として扱われていた。
彼女は生まれたと同時に両親を殺された。誘拐され王女とすり替えられた被害者。そんな彼女の罪状は、王女の地位を簒奪したというものだった。
「ダメだ、今君の兄上が必死に、…もう一人の王女に、王を説得してもらうように頼んでいるから」
「はっきり、本物の王女だといえば?本物と偽物。皮肉よね。王女としての責務など何一つ熟してこなかった人なのに。彼女が現れた途端に、その姿だけで王女として認められ、もてはやされている」
彼女は皮肉げに笑う。けれど顔色は悪く、そしてこの塔に入れられた当初よりも痩せていた。
「もう一人の王女だ。君はずっと王女の責務を果たしてきた」
「高慢で高飛車な嫌われ者。私は取り換え姫と呼ばれているようね。王女ではなくとも、姫とは呼んでもらえる事を感謝すべき?」
彼女は壊れたからくり人形のように、くすくすと笑った。
「もうすぐここから出られるから。お願いだから、僕のために頑張って」
夜明けのような彼女の瞳がじっと僕を見た。
「なら、私を抱いて?」
突然の彼女の言葉に僕は息を呑んだ。
今すぐにでも彼女の願いを叶えたいと思った。でもそれは、こんな罪人が入れられる塔の中ではダメだ。王女として、僕のところに降嫁した、初夜の夜でなければ。
「……できない。君は王女だ。婚姻の儀のあとでなければ…」
「取り換え姫よ? 偽物だったの。婚姻の儀も、降嫁もできないわ。どうりでお母様には嫌われ、お父様は見向きもしてくれない筈よね」
「必ず助けるから。ここから出して、君の地位を回復させる」
「元々私のものなんて何一つないわ。地位も血筋も何もない。あるのはこの体だけ。だから、…お願い」
彼女は縋るような目で、掠れた声で、全身で僕という救いを求めていた。
けれど、それだけはしてはいけないと思った。そんな事をすれば、彼女は王女である資格を完全に失ってしまう。
一刻も早く、彼女の地位と名誉を回復させて、ここから出さなければ。
「僕ももう一人の王女に頼んでみるよ。君の噂は全て誤解だと、君は素晴らしい王女だと説明する。君の行動は全て理由があるのだと。もう一人の王女が君を認めれば、きっと王も折れる。だからあと少しだけ耐えて欲しい」
そう言って僕は立ち上がった。
面会の終了を告げるように、扉がたたかれたからだ。
彼女が王女でいる為には、神の御前で誓約するまで口付けすらしてはならない。
馬鹿らしいと思う。それでも僕は口付け一つする事なく、彼女の元を去ろうとした。そんな僕の背中に彼女が縋った。
「お願い、行かないで。私を殺して。どうせ私は処刑される。それどころか…」
彼女が言い淀む。悲痛な彼女の言葉が、僕の心を揺さぶった。
「お願い」
振り返ると、縋る目を向けられる。彼女を連れて逃げるのは簡単だ。けれど、そんな事をすれば、彼女の悪評を全て認めた事になってしまう。それだけはダメだと思った。これまでの彼女の努力を、痛みを、悲しみを、何の意味もないものにはできない。
だから僕は、彼女を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、助けるから。もう少しだけ、我慢して」
「どうしても無理なら?」
「その時は、僕と一緒にこの国を捨てよう。一緒に連れて行く」
「本当に?私のために国を捨ててくれるの? 私を連れて行ってくれる?私が王女じゃなくても、何者であっても?どんな姿をしていても?」
「うん。約束する。二人で一緒に生きられる所に行こう」
僕の言葉に、彼女は目を見開き、泣きそうで、それでいて花が綻ぶように笑った。
「約束ね、エル」
それは切なくて愛しくて、そして、僕が最後に見た彼女の笑みだった。
再び扉がたたかれた。僕は部屋を出た。その時に彼女の右手が、僕が出た扉に伸ばされていたことも知らず。
この時の僕は、女神に愛されたこの国の『正義』を信じていた。だからこそこんな理不尽は正されるはずだと、信じて疑わなかった。
彼女のこれまでの全てを無駄にはしない。どんな事をしても僕は彼女を見捨てない。
そして僕は、もうひとりの王女のところへ向かった。
その時の僕はそれが、間違いだとも知らずに。
そして僕のこの行動が、彼女を地獄に落とした。
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