余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

文字の大きさ
137 / 204
【挿話】取り換え姫と世界樹の守護者

彼女の願い

しおりを挟む

「ねぇ、お願い、私を殺して」

 彼女は僕に言った。全てを諦めた目で。

 高い塔の一室。埃っぽくて、使用人も付いてはいない。今の彼女は罪人として扱われていた。
 彼女は生まれたと同時に両親を殺された。誘拐され王女とすり替えられた被害者。そんな彼女の罪状は、王女の地位を簒奪したというものだった。

「ダメだ、今君の兄上が必死に、…もう一人の王女に、王を説得してもらうように頼んでいるから」

「はっきり、本物の王女だといえば?本物と偽物。皮肉よね。王女としての責務など何一つ熟してこなかった人なのに。彼女が現れた途端に、その姿だけで王女として認められ、もてはやされている」

 彼女は皮肉げに笑う。けれど顔色は悪く、そしてこの塔に入れられた当初よりも痩せていた。

「もう一人の王女だ。君はずっと王女の責務を果たしてきた」

「高慢で高飛車な嫌われ者。私は取り換え姫と呼ばれているようね。王女ではなくとも、姫とは呼んでもらえる事を感謝すべき?」

 彼女は壊れたからくり人形のように、くすくすと笑った。

「もうすぐここから出られるから。お願いだから、僕のために頑張って」

 夜明けのような彼女の瞳がじっと僕を見た。

「なら、私を抱いて?」

 突然の彼女の言葉に僕は息を呑んだ。
 今すぐにでも彼女の願いを叶えたいと思った。でもそれは、こんな罪人が入れられる塔の中ではダメだ。王女として、僕のところに降嫁した、初夜の夜でなければ。

「……できない。君は王女だ。婚姻の儀のあとでなければ…」

「取り換え姫よ? 偽物だったの。婚姻の儀も、降嫁もできないわ。どうりでお母様には嫌われ、お父様は見向きもしてくれない筈よね」

「必ず助けるから。ここから出して、君の地位を回復させる」

「元々私のものなんて何一つないわ。地位も血筋も何もない。あるのはこの体だけ。だから、…お願い」

 彼女は縋るような目で、掠れた声で、全身で僕という救いを求めていた。
 けれど、それだけはしてはいけないと思った。そんな事をすれば、彼女は王女である資格を完全に失ってしまう。

 一刻も早く、彼女の地位と名誉を回復させて、ここから出さなければ。

「僕ももう一人の王女に頼んでみるよ。君の噂は全て誤解だと、君は素晴らしい王女だと説明する。君の行動は全て理由があるのだと。もう一人の王女が君を認めれば、きっと王も折れる。だからあと少しだけ耐えて欲しい」

 そう言って僕は立ち上がった。
 面会の終了を告げるように、扉がたたかれたからだ。

 彼女が王女でいる為には、神の御前で誓約するまで口付けすらしてはならない。
馬鹿らしいと思う。それでも僕は口付け一つする事なく、彼女の元を去ろうとした。そんな僕の背中に彼女が縋った。

「お願い、行かないで。私を殺して。どうせ私は処刑される。それどころか…」

 彼女が言い淀む。悲痛な彼女の言葉が、僕の心を揺さぶった。

「お願い」

 振り返ると、縋る目を向けられる。彼女を連れて逃げるのは簡単だ。けれど、そんな事をすれば、彼女の悪評を全て認めた事になってしまう。それだけはダメだと思った。これまでの彼女の努力を、痛みを、悲しみを、何の意味もないものにはできない。

 だから僕は、彼女を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫、助けるから。もう少しだけ、我慢して」

「どうしても無理なら?」

「その時は、僕と一緒にこの国を捨てよう。一緒に連れて行く」

「本当に?私のために国を捨ててくれるの? 私を連れて行ってくれる?私が王女じゃなくても、何者であっても?どんな姿をしていても?」

「うん。約束する。二人で一緒に生きられる所に行こう」

 僕の言葉に、彼女は目を見開き、泣きそうで、それでいて花が綻ぶように笑った。

「約束ね、エル」


 それは切なくて愛しくて、そして、僕が最後に見た彼女の笑みだった。

 再び扉がたたかれた。僕は部屋を出た。その時に彼女の右手が、僕が出た扉に伸ばされていたことも知らず。


 この時の僕は、女神に愛されたこの国の『正義』を信じていた。だからこそこんな理不尽は正されるはずだと、信じて疑わなかった。
 彼女のこれまでの全てを無駄にはしない。どんな事をしても僕は彼女を見捨てない。

 そして僕は、もうひとりの王女のところへ向かった。

 その時の僕はそれが、間違いだとも知らずに。
 そして僕のこの行動が、彼女を地獄に落とした。



しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。