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【挿話】取り換え姫と世界樹の守護者

この世界が終わる時には

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 太陽も月もない、夜明け前の白みかけた空のように、淡い薄紅色と薄紫色、そして瑠璃色が混じりあう美しい世界で、女神リネスは言った。

「守護者よ。何故あのような残酷な事をしたのですか。人の子の魂を縛るなど。その結果が何を招くか、そなたは誰よりも知っているはずではないか」


知っている……。


「ならば何故。そなたともあろう者が、本当にレヴィアタンに惑わされでもしたと?」


何故……?

よくわからない。だってここには彼女がいないから。こんなに愛しているのに、いつだって彼女は僕の手の中をすり抜け、僕を残していってしまう。



「なんと哀れで、愚かな…」



 透き通った虹色の葉を茂らせた世界樹に触れた女神は、はるか先の世界線を見て、その夜明け色の瞳から涙を流した。

 涙は薔薇色と朱色を混ぜ合わせたような色の宝石となり、彼女の足元に散らばってゆく。


「あのような繊細な魂が、二つの楔に縛られている…。このままではあの魂はじきに壊れてしまうだろう。壊れた魂は存在そのものが消えてしまう。守護者よ、そなたはそれを望んでいるのか」



……わからない



 僕は傍らにある、氷の棺の中で眠る少女を見た。

 そこにいるのに触れる事はできない。目を開けて微笑んではくれない。とてつもなく愛しい、けれど残酷な存在。




「あの哀れで孤独な魂が壊れた時には、きっとそなたも壊れてしまうだろう。その時は世界樹の下にある全ての世界線がその影響を受けてしまう。……そなたは、あらゆる世界を道連れにするつもりなのか」


ああ、それも良いかもしれない。そうなれば、僕はもう二度と彼女を探さなくてすむ。


「なんという事を…」


 女神の足元に、宝石が散らばる。
彼女の瞳と同じ色の……。


「……哀れな守護者よ。そなたの魂に祝福を授けよう。そして、その魂に、記憶の欠片を刻みこもう。とても小さな欠片だけど…」



「祝福…?」



 僕は女神を見た。久しぶりに声を出した気がする。

「そう、あの哀れな魂の行き先はリトリアンだ。私とあの方の血を継ぐ者が作り上げた美しい国。かの哀れな魂を愛した者の想いが残るあの地ならば、あるいは……」


 記憶の片隅に、太陽神のような鮮やかな金の髪の青年の姿が蘇る。彼女が小さなその身で必死に守った兄王子。最後に彼女の身体を抱いて崩れ落ちた……。

 形は違うかもしれない。それでも彼は僕と同じ位、彼女を愛していた。彼が受け継ぐべき祖国を捨てる程に…。





「…ああ、私の子孫と共にリネスから移り住んだ魔法使い達の血を継ぐ者が残っている。なれば、そなたの魂に宿る膨大な魔力を目覚めさせる事もできよう。……それにもしかすると、あの哀れな魂を絡めとる楔を断ち切ることの出来る、あの方の力を継ぐものもいるやもしれぬ」


「……僕ではなく彼女を。彼女の魂を祝福してほしい。僕には必要ない。僕は女神の祝福を受けられるような存在ではない」


「そうか…。良いだろう」

 リネスはしばし考えた後、世界樹に触れた。


「覚えておけ。楔を断ち切らぬ限り、あの哀れな魂は長くは持たぬだろう。全ては愚かなそなたが招いた結果だ」


 リネスの体は大気にとけるように、光の粒になってキラキラと輝いた。やがて大小様々な青い蝶が、光の中から浮かびあがる。


 蝶達は世界樹の周囲をひらひらと舞い、やがて吸い込まれるように、世界樹の中へと消えていった。

 僕は世界樹を通し、ようやく探しあてた彼女の魂を見る。孤独な彼女の魂が女神の力に包まれるのを感じた。


「行かないと……。彼女より先に」

 まだ、まどろみから目覚めてはいない、切なく狂おしい程に愛しい存在。彼女が目覚める前に、彼女の近くへ。もしもこの世界が終わるなら、その時は彼女と共にいよう。


 僕は、氷の棺に口付けを落とした。
そのかたわらには、はるか昔に朽ち果てた僕のむくろが横たわっていた。





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