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第二章
45.あなたはお姫様に恋をした1
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アリシティアを連れてアルフレードの執務室を出たルイスは、アリシティアの手首を掴んでいた手を離した。だが、改めて指を絡めて手を繋き直し、何も言わずに歩き出す。
廊下ですれ違う文官達が2人の姿を二度見していく中、ルイスは王太子執務室からあまり離れてはいない、彼自身の執務室の扉を開いた。
そこはアリシティアにとって、立ち入る事など決してないと思っていた部屋だった。一度も足を踏み入れた事のない部屋の扉を前に、アリシティアは戸惑うように立ち止まってルイスを見上げた。
「入って、アリス」
ルイスの甘いテノールが、囁くようにアリシティアに告げる。促されるままにアリシティアが室内に入ると、ルイスは扉に鍵をかけた。室内には誰もいない。
そのまま執務室を通り過ぎ、奥の部屋へと足を踏み入れた。
そこは、寝台と小さなテーブルがあるだけの仮眠室だった。驚く程に簡素な部屋で、装飾品らしき物は何もなく、ただ、何枚かの小さな絵が壁に並んでいるだけだ。
ローヴェル邸や忘却の館のルイスの部屋のイメージからは、かなりかけ離れていた。
「閣下、突然どうしたんですか?」
アリシティアは何故急にここに連れて来られたか訳が分からず、壁にかかった絵画に視線を向けながら問う。
「話があるんだ、アリス。すごくすごく大切な話」
背後から聞こえるルイスの声に振り向く事なく、アリシティアはなんとなく見覚えのある景色が描かれた絵に近づいた。
それはエリアスの離宮近くの花畑であったり、アルフレードの庭園であったりと、アリシティアのお気に入りの場所が描かれていた。
「これ……」
目を見張ったアリシティアは、そっと絵画に手を伸ばした。一見風景画に見えるその絵の中の全てに、青紫がかった銀の髪の少女が描かれている。
少女が成長していく様子がわかるように飾られているその小さな絵は、螺旋階段を背にしたデビュタントのドレスを着たアリシティアで終わっていた。
「ごめんね、勝手に描いて」
言葉を無くして絵を見つめるアリシティアを、ルイスが後ろから抱きしめた。アリシティアの肩に額を擦り付けるように頭を置く。絹の様なルイスの少し癖のある髪の毛が、さらりとアリシティアの頬を撫でた。
「……これ、まさか…」
「うん。……ごめん」
ルイスが自身の手で描いたのかと問う前に、ルイスが謝罪の言葉を口にする。
アリシティアはなんとなく前世の記憶を辿る。たしかに小説の中でもルイスが絵を描くシーンはあった。でもそれはどれも風景画で、エヴァンジェリンを描いていたという描写さえなかった気がする。
そして、幼い頃のルイスは、アリシティアの前では、一度も絵を描いた事はなかった。
「人物画はアリスしか描いた事がなくて、あまり上手くない。…ごめんね」
三度謝って、ルイスはアリシティアを抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。
「えっと…そういう問題ではなくて、これ、私? ……でも」
何故?と問う言葉は行き場を失った。きゅっと鼻の奥が痛み、視界がかすれる。その理由が、目の表面を覆った涙のせいだとアリシティアが気がついた時。涙が彼女の頬をつたって、ぽとりとドレスに落ちた。
そこに描かれていたのは、ルイスに拒絶され、捨てられてからのアリシティアで……。ルイスから視線すら向けられていなかった幼い日のアリシティアが、その絵の中にいた。
「本当は、側にエリアスやアルフレード兄上や稀に叔父上がいたけど、腹が立つから描かなかった」
「……腹が立つって…なんで?」
「だって、僕はアリスの側にいられないのに、いさせて貰えないのに、ずるい……」
だから描かなかった…とルイスは呟く。だが、アリシティアが本当に聞きたいのはその話ではない。
思考が揺さぶられ、混乱する。けれど、涙は確実に、彼女のドレスに染みを増やしていく。
「私の……絵?」
「うん。君の側にいたくて。なのにいられなくて。だけど君が恋しくて、恋しくて、ただ君がいない世界は、狂いそうな程に寂しすぎて…。どうしても君を近くに感じたかった。絵を描いてる間は君が近くにいるように思えたから…」
ぽとり、ぽとりと、アリシティアの頬をつたった涙が滑り落ちる。
「……なんで、なんで?あ、あの日…から、ずっと、私…を、嫌って…いるんじゃ、ないの?」
アリシティアの言葉に、ルイスの体が震えた。首元の髪がさらりと揺れて、耳元に唇が寄せられる。
「あのねアリシティア。僕は愛してない女性を抱ける程、図太くはないよ。君が愛していない人に抱かれたり出来ないように…」
絞り出す様なルイスの声は、掠れていた。
「だって……」
言葉に詰まったアリシティアのこめかみに、ルイスがキスを落とした。
「君を愛してる、アリシティア。出会った時から、離れていた間も。ずっと君を、君だけを愛してる」
「……嘘よ」
心が掻き乱される。信じられないのか、信じたくないのか。アリシティアは考えるよりも早く、ルイスの言葉を否定する。アリシティアを抱きしめるルイスの腕は、僅かに震えていた。
「嘘なんて言わない。僕は君を愛してる。多分、君しか愛せないんだと思う。他の人を愛したいとも思えない。だって、僕には君が存在しない世界に価値なんてないから」
「意味がわからない!!」
ルイスの腕を振り払うように、アリシティアは自らを抱きしめる腕から逃れる。
そのまま振り返ったアリシティアは、ルイスを睨みつけた。
廊下ですれ違う文官達が2人の姿を二度見していく中、ルイスは王太子執務室からあまり離れてはいない、彼自身の執務室の扉を開いた。
そこはアリシティアにとって、立ち入る事など決してないと思っていた部屋だった。一度も足を踏み入れた事のない部屋の扉を前に、アリシティアは戸惑うように立ち止まってルイスを見上げた。
「入って、アリス」
ルイスの甘いテノールが、囁くようにアリシティアに告げる。促されるままにアリシティアが室内に入ると、ルイスは扉に鍵をかけた。室内には誰もいない。
そのまま執務室を通り過ぎ、奥の部屋へと足を踏み入れた。
そこは、寝台と小さなテーブルがあるだけの仮眠室だった。驚く程に簡素な部屋で、装飾品らしき物は何もなく、ただ、何枚かの小さな絵が壁に並んでいるだけだ。
ローヴェル邸や忘却の館のルイスの部屋のイメージからは、かなりかけ離れていた。
「閣下、突然どうしたんですか?」
アリシティアは何故急にここに連れて来られたか訳が分からず、壁にかかった絵画に視線を向けながら問う。
「話があるんだ、アリス。すごくすごく大切な話」
背後から聞こえるルイスの声に振り向く事なく、アリシティアはなんとなく見覚えのある景色が描かれた絵に近づいた。
それはエリアスの離宮近くの花畑であったり、アルフレードの庭園であったりと、アリシティアのお気に入りの場所が描かれていた。
「これ……」
目を見張ったアリシティアは、そっと絵画に手を伸ばした。一見風景画に見えるその絵の中の全てに、青紫がかった銀の髪の少女が描かれている。
少女が成長していく様子がわかるように飾られているその小さな絵は、螺旋階段を背にしたデビュタントのドレスを着たアリシティアで終わっていた。
「ごめんね、勝手に描いて」
言葉を無くして絵を見つめるアリシティアを、ルイスが後ろから抱きしめた。アリシティアの肩に額を擦り付けるように頭を置く。絹の様なルイスの少し癖のある髪の毛が、さらりとアリシティアの頬を撫でた。
「……これ、まさか…」
「うん。……ごめん」
ルイスが自身の手で描いたのかと問う前に、ルイスが謝罪の言葉を口にする。
アリシティアはなんとなく前世の記憶を辿る。たしかに小説の中でもルイスが絵を描くシーンはあった。でもそれはどれも風景画で、エヴァンジェリンを描いていたという描写さえなかった気がする。
そして、幼い頃のルイスは、アリシティアの前では、一度も絵を描いた事はなかった。
「人物画はアリスしか描いた事がなくて、あまり上手くない。…ごめんね」
三度謝って、ルイスはアリシティアを抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。
「えっと…そういう問題ではなくて、これ、私? ……でも」
何故?と問う言葉は行き場を失った。きゅっと鼻の奥が痛み、視界がかすれる。その理由が、目の表面を覆った涙のせいだとアリシティアが気がついた時。涙が彼女の頬をつたって、ぽとりとドレスに落ちた。
そこに描かれていたのは、ルイスに拒絶され、捨てられてからのアリシティアで……。ルイスから視線すら向けられていなかった幼い日のアリシティアが、その絵の中にいた。
「本当は、側にエリアスやアルフレード兄上や稀に叔父上がいたけど、腹が立つから描かなかった」
「……腹が立つって…なんで?」
「だって、僕はアリスの側にいられないのに、いさせて貰えないのに、ずるい……」
だから描かなかった…とルイスは呟く。だが、アリシティアが本当に聞きたいのはその話ではない。
思考が揺さぶられ、混乱する。けれど、涙は確実に、彼女のドレスに染みを増やしていく。
「私の……絵?」
「うん。君の側にいたくて。なのにいられなくて。だけど君が恋しくて、恋しくて、ただ君がいない世界は、狂いそうな程に寂しすぎて…。どうしても君を近くに感じたかった。絵を描いてる間は君が近くにいるように思えたから…」
ぽとり、ぽとりと、アリシティアの頬をつたった涙が滑り落ちる。
「……なんで、なんで?あ、あの日…から、ずっと、私…を、嫌って…いるんじゃ、ないの?」
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「あのねアリシティア。僕は愛してない女性を抱ける程、図太くはないよ。君が愛していない人に抱かれたり出来ないように…」
絞り出す様なルイスの声は、掠れていた。
「だって……」
言葉に詰まったアリシティアのこめかみに、ルイスがキスを落とした。
「君を愛してる、アリシティア。出会った時から、離れていた間も。ずっと君を、君だけを愛してる」
「……嘘よ」
心が掻き乱される。信じられないのか、信じたくないのか。アリシティアは考えるよりも早く、ルイスの言葉を否定する。アリシティアを抱きしめるルイスの腕は、僅かに震えていた。
「嘘なんて言わない。僕は君を愛してる。多分、君しか愛せないんだと思う。他の人を愛したいとも思えない。だって、僕には君が存在しない世界に価値なんてないから」
「意味がわからない!!」
ルイスの腕を振り払うように、アリシティアは自らを抱きしめる腕から逃れる。
そのまま振り返ったアリシティアは、ルイスを睨みつけた。
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お知らせ
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
強欲令嬢が誘拐事件に巻き込まれたら、黒幕?な王子様に溺愛されました【R18】
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
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