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第二章
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しおりを挟むアリシティアを見て、ルイスはふっと息を吐いた。
「話して」
「エリアス殿下が一連の令嬢誘拐事件を追っていたのは、貴方もご存知ですよね」
「うん、君がわざと誘拐されたあの闇オークションも、それ関係だったよね」
「ですから、あれはわざとではないと何度言えば…。いえ、それは今はいいです。ここには令嬢誘拐事件に絡む薬の手がかりを探しに来たのですが…」
悪びれる事なく、アリシティアは嘘を口にする。
「ここに来たかっただけなら、僕に言えばよかったのに。わざわざ、チューダー伯爵の仮面舞踏会に行く必要なんてなかった…」
アリシティアはルイスの言葉を、曖昧に笑って誤魔化した。
小説の中では、エヴァンジェリンとルイスが参加した仮面舞踏会の後、偶然入り込んでしまった狂乱の宴で、闇社会に通じる貴族達が交わす会話を聞く。
アリシティアの目的は、その闇社会と通じる貴族達について詳しく知る事だったのだが…。何にせよ、アリシティアの勘は外れた。
小説でルイスがエヴァンジェリンと行ったのは、チューダー伯爵の仮面舞踏会ではなかった。
だが幸運な事に、目的からは外れてはいるが、伯爵に招待されたのがここだ。
本館は裏カジノと紳士クラブで、別館は高級な阿片窟のような場所。薬で狂乱した人たちが見せつけるようにみだらな情交に耽ってはいるが、間違いなくここは貴族社会と裏社会の人間が取り引きする為に用いられている。
「…子供の頃、ローヴェル邸の裏庭で見た男達を見つけました」
「ローヴェル邸?」
ルイスの体が強張ったのがわかった。
「前侯爵様…、閣下のお父上と交流のあった男たちです」
強い風が吹付け、窓ガラスを揺らす。雨が地面に激しく叩きつける音が室内に響く。そんな中でさえも、ルイスの喉がヒュッと鳴ったのがわかった。
「それ…は……」
ルイスが言葉を失う。
その斜め前のソファーの上では、ベアトリーチェが何食わぬ顔で足を組み変える。けれどベアトリーチェの握った手は、青白くなっていた。手のひらの皮膚に爪が食い込み、血が滲んでいく。
「それは…父上の取り引き相手? それとも、父上の部下だった?」
ルイスが苦しげに声を出す。アリシティアはただ、首を横に振った。
「私には詳しい事まではわかりません。ですが、ただ、前侯爵様が彼らとこっそりと話をしていた事は鮮明に覚えています」
アリシティアが覚えているのはそれだけではない。平民には見えない綺麗な服を着た双子の少年と少女が、2人の男に連れて行かれる姿。
それはかつて、アリシティアが双子に頼んで、交換して貰った服だった。
何度も何度も考える。
もしもあの時、アリシティアが双子と服を交換したりしなければ。彼らと仲良くならなければ。そもそも彼らに出会わなければ……。
今も彼らはあの場所に住んでいたのではないだろうか。
再びアリシティアの呼吸が早くなった。
ずっと探し続けていた男達。あの二人の男は、アリシティアのとても大切で大好きだった友達を、彼女から奪った。
二人の男の姿を二度目に見たのは、ローヴェル邸の裏庭だった。今は亡き侯爵とあの男達が話していた。風の音で、途切れて殆ど聞き取れなかったけれど、たしかに聞き取れた言葉が一つだけある。
『リーベンデイルの生きた人形』
小説の中でも、ウィルキウスの過去に何度か出てくるその言葉は、愛玩用に売られた美しい生きた人間を指し示す。
だから、ずっとその言葉だけを頼りに、アリシティアは少年と少女の双子を探し続けていた。
「その二人の男は、多分前侯爵様が使っていた誘拐の専門家です。侯爵様はあの男達を使って、美しい子供達を調達していた」
アリシティアの言葉に、ルイスは表情を歪めた。咄嗟に怒りに腕に力を込める。けれどその腕を振り上げる事はしなかった。
「クソっ!!!」
ルイスは怒りを込めた、けれど泣きそうな顔を、自らの両手で覆った。
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