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第二章

40.記憶の中の双子と迫り来る嵐1

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 ねえ、ずっと覚えてるの。ずっと探してる。
だけど見つけられないの。助けたいのに助けられないの。




 ────── 夢を見る。何度も何度も繰り返し同じ夢を。私の夢の中の双子は、何年たっても成長することはない……。





 
 キラキラとした木漏れ日の中、美しい少年と少女が走り寄ってくる。

「アリス、約束通り、あまり着ない服を持ってきたよ。男の子用と女の子用の。本当にこんな古いのでいいの?」

小さな手が服を差し出す。

「うん、ありがとう!!すごく嬉しい。私も持ってきたよ、はいこれ」

 アリシティアは小さな手に服を詰め込んだ袋を手渡す。袋の中を覗いた小さな手の持ち主達は、「うわぁ」と、喜びの声を上げた。

「すごい綺麗!!すっごい気持ちいい肌触りだね。王子様とお姫様の服みたい。本当に貰っていいの?」

「うん。男の子も着れる服と女の子の服にしたよ。でもこれ、私の庭遊び用の服だから、ちょっと汚れが落ちてないところがあるかもしれないんだけど」

「ぼくたちのもお古だよ。でも、アリスのはお古でも綺麗すぎるから、お金持ちの子供と間違えられちゃうかもね」

「ごっこ遊びの時だけ着ればいいよ。ねぇ、アリス。秘密の場所で3人でお茶会しようよ。あのお話の続きして。女王様に首を切っておしまいって言われて、頭だけ宙に浮かんだ変な猫はどうなったの?」

「あの続きね。処刑人はね、こう言ったの。『女王様。この猫は切り離す胴が無いので首が切れません』って。でも、困った処刑人の言葉に、女王陛下はさらにお怒りになってしまわれたの。『頭があるなら切れるではないか、たわけ者。さっさとやらねばおまえの首をはねてしまうぞ!!』ってね。だけどニヤニヤと笑う猫の頭は宙に浮いているので、やっぱりどう考えても、猫の首は切れません」

 アリシティアの記憶の中で、少年と少女の双子が声をあげて楽しげに笑った。







  ◇◇◇

 渦巻くように風向きが変わった。豪雨が建物の壁面に叩きつける。
アリシティアが元の部屋のバルコニーに戻ったときには、全身がぐっしょりと濡れていた。

 強い風を伴った嵐は、直ぐ側まで来ている。もうすぐ馬車を出すのも難しい状態になるだろう。
あのローヴェル邸での惨劇の日のように。




 バルコニーに座り込んだアリシティアに、ベアトリーチェが心配そうに手を伸ばす。

「ちょっと、大丈夫? あんた顔が真っ青よ」

 アリシティアは緩慢な動きで、今にも胃の中の物を吐き出しそうな様子で答えた。

「大丈夫じゃない…吐く」

 全身から力が抜けたように、ぐったりとなりながらも、何とか手のひらで口元を押さえる。
気を抜くと一気に胃の中の物が逆流するだろう。



「ええ?! とりあえず、吐くならトイレで吐きなさい」

 ベアトリーチェはアリシティアの身体を抱き起こし、そのまま軽々と抱き上げた。

「ゆ、揺らさないで」

「これでも優しくしてるでしょ、文句言わないの! 私の服に吐いたらあんたを細切れにしてトイレに流すからね」

「熊ちゃんがサイコパスで優しくない」

 泣き言をいいながらもアリシティアはベアトリーチェへの嫌味を忘れない。そんなアリシティアを無視して、室内に入ったベアトリーチェは、化粧室と浴室に続く扉を開いた。
無意味に広い化粧室の最奥に降ろされたアリシティアは、奥の個室の扉に縋りつきく。

「背中さする?」

「…大丈夫、部屋に戻って。…ああ、急いでさっきの男達の後をつけるように、外に伝えて…」

「もうとっくに伝えてあるし、私のバッグにあんたの着替えも持ってくるように頼んであるわ。あんたの髪も色が落ちかけてるから、染め直すか、隠すかしないとここから出られないしね」

「ありがと…」


 アリシティアは短く答えて、個室の中に姿を消した。同時に、部屋と廊下をつなぐ扉がノックされた。




 ベアトリーチェが扉を開くと、そこにはランドルフと共に、従者の姿をしたルイスが立っていた。

 ルイスはこの国で一番ありふれた茶色の髪色のかつらをかぶり、メガネをかけ、見る角度により色を変えるその独特の瞳の色がわからないよう目を細めている。それでもその造形の美しさは隠しようがない。気づかれないようにベアトリーチェは小さく舌打ちした。

「お客様をお連れいたしました」

「ああ、ありがとうランドルフ。色々頼んでしまい申し訳なかったね。ここで扱っているワインから、君の好きな銘柄を一本選んで仕事終わりにでも飲んでくれ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。他にも何かございましたら、いつでもお声がけください」

 ランドルフは深々と礼をし、踵を返した。その姿を見送った後、荷物をもったルイスが使用人然としてベアトリーチェに頭を下げる。

「おまたせして申し訳ございませんご主人さま。ご要望の物をおもちしました」

ルイスはいつもよりも低く、かすれた声を出した。声を変えるための飴をなめたのだろう。

「ああ、ご苦労。入って」

ベアトリーチェに迎え入れられて、室内に足を踏み入れたルイスは、即座に中を確認する。探している姿がないことに気づき、化粧室と浴室へと続く扉に目を向けた。

「アリスはあの奥?」

「そうだけど、行っちゃだめよ。吐いてるから」

「は? 何があった?!」

ルイスは咄嗟的に化粧室へと続く扉に手をかけようとする。そんなルイスと扉の間にベアトリーチェは身体を滑り込ませ、ルイスを睨みつけた。


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