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第二章
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アリシティアは肩ごしに微笑んだ。
「あなたの秘密の名前を知っちゃったから、私の秘密も1つ教えてあげるわね。女神様が私に下さった転生特典チートは、ブラなしでも垂れない巨乳に、ダイエットが要らない体。ついでにこの悪女に相応しい借り物の美貌。それにあとひとつ」
アリシティアはバルコニーの手すりに手を掛けた。そのままふわりと跳ねて、手すりの上に音もなく立った。
その姿に、ベアトリーチェが声を上げる。
「ちょっと、嘘でしょ。まさかここから飛び移るつもり?ただ一階に飛び降りるのとは訳が違うわよ。いくらあんたでも危なすぎる」
思わずといった風に狼狽したベアトリーチェの言葉に、アリシティアは声のない笑いをこぼし、手すり上で振り返った。
「大丈夫。安心して。だってわたしは、女神さまから重力を操る力を与えられているから」
それ以上に説明するには、今は時間が惜しい。アリシティアは手すりの上からトンっとはねた。
ふわりと彼女の体が宙を舞う。
たかだか2メートル。アリシティアにとっては、隣の部屋のバルコニーに飛び移る事など、造作無い事だった。隣の部屋のバルコニーに飛び移り、そのままさらに隣へと移って行く。
風を巻き上げ、重力を操る。
それこそが、二人の兄とルイスを助ける為に、女神様から与えられた特別な転生チートだと、アリシティアは確信していた。
アリシティアが10歳の時にルイスに拒絶されて、ルイスからも世界からも忘れられた婚約者になったように、この世界には物語の強制力に似た物は確かにあるのかもしれない。
けれど11歳のエヴァンジェリンの勉強相手として、彼女の権力を固める為の婚約者候補が選ばれた時、そこにいる筈の人物がいない事で、アリシティアは確信した。
たとえ強制力のような物があったとしても、この物語の結末は変えられると。
三人目のヒーローであるウィルキウスが、物語の始まりの場にいない。
それが全てだ。
ここは小説と全く同じ世界ではない。
変わらない未来もあるかもしれない。けれど強い信念があればきっと変えられる。
今のベアトリーチェはエヴァンジェリンにも、アルフレードにも関わりがない。そして、ウィルキウスが宰相候補にならなければ、王太子暗殺に巻き込まれることも無い。
だったら全てが終わった後、生き残ったルイスが本当に愛する人と幸せになる結末だって、あってもいいはずだ。
ルイスを助けて、アルフレード暗殺を食い止め、エリアスにかけられる冤罪を防ぐ。その為ならアリシティアはなんだってする。
そして、アリシティアが全ての目的をはたしたら、ベアトリーチェに殺されるのもいいと思った。エヴァンジェリンを王位につける目的以外であるなら。
ベアトリーチェの望みは叶うし、ルイスはなんの問題もなく、本当に愛している人と結ばれる事ができる。
────── なんの役にも立たない、出来損ないの人形……
本来なら誰の1番にもなれなかった筈の、中はがらんどうのただの入れ物。
ただひとり、望まずしてアリシティアが一番になってしまった人になら、殺されるのも良いと思った。アリシティアさえいなければ、アリシティアという存在に囚われる事もない。
アリシティアの後姿を眺めながら、ベアトリーチェは風で乱れた前髪をかきあげた。風の音にかき消される程の小さな声で、呆然と呟く。
「……いくらなんでも、女神様とやらの贔屓が過ぎる。重力を操れるとか、ふざけすぎだろ」
でも……。ああ、だからか……。
彼は心の中で納得していた。
音すらさせず、ニ階からふわりと飛び降り、全く衝撃すら受けてはいないように立つ姿。抱き上げても不要な重さを感じさせない体。細腕で彼の持つ剣を叩き落とす力。
そして、塔の5階まで駆け上って来ても、息を切らすことも無く向けられる、なんの含みも無い純粋な笑顔。
誰からも愛され、神の寵愛さえ一身に受けているのに、自分の置かれた幸福に気づくことすらない。
常に世界から一歩身を引いたところにいる、二つの月を見て泣く少女。
だからこそ余計に、憎しみが募っていく。そしてそれと同時に…。
一際風が強く吹き抜け、ベアトリーチェの黒髪を束ねた紫色のリボンが解けた。ここに来る前に、アリシティアに長い髪を束ねるようにと渡された物だ。
「そうか…。それなら、塔の5階から突き落としても死なないのか……」
紫色のリボンは風に抱かれて、ベアトリーチェのはるか視界の先へと消えて行った。
雨が叩きつける石畳の上で、地に落ちた紫のリボンがどす黒く色を変えていく。
雨用の外套を頭から被ったルイスは、顔に張り付いた髪の毛を払い、黒く染まったリボンを靴先で踏みつけた。
雨により悪くなったルイスの視界の先には、バルコニーに佇む黒髪の青年がいる。
その姿を睨みつけていると、不意に黒髪の青年ウィルキウス・ルフスが、ルイスを見下ろして嗤った気がした。
「あなたの秘密の名前を知っちゃったから、私の秘密も1つ教えてあげるわね。女神様が私に下さった転生特典チートは、ブラなしでも垂れない巨乳に、ダイエットが要らない体。ついでにこの悪女に相応しい借り物の美貌。それにあとひとつ」
アリシティアはバルコニーの手すりに手を掛けた。そのままふわりと跳ねて、手すりの上に音もなく立った。
その姿に、ベアトリーチェが声を上げる。
「ちょっと、嘘でしょ。まさかここから飛び移るつもり?ただ一階に飛び降りるのとは訳が違うわよ。いくらあんたでも危なすぎる」
思わずといった風に狼狽したベアトリーチェの言葉に、アリシティアは声のない笑いをこぼし、手すり上で振り返った。
「大丈夫。安心して。だってわたしは、女神さまから重力を操る力を与えられているから」
それ以上に説明するには、今は時間が惜しい。アリシティアは手すりの上からトンっとはねた。
ふわりと彼女の体が宙を舞う。
たかだか2メートル。アリシティアにとっては、隣の部屋のバルコニーに飛び移る事など、造作無い事だった。隣の部屋のバルコニーに飛び移り、そのままさらに隣へと移って行く。
風を巻き上げ、重力を操る。
それこそが、二人の兄とルイスを助ける為に、女神様から与えられた特別な転生チートだと、アリシティアは確信していた。
アリシティアが10歳の時にルイスに拒絶されて、ルイスからも世界からも忘れられた婚約者になったように、この世界には物語の強制力に似た物は確かにあるのかもしれない。
けれど11歳のエヴァンジェリンの勉強相手として、彼女の権力を固める為の婚約者候補が選ばれた時、そこにいる筈の人物がいない事で、アリシティアは確信した。
たとえ強制力のような物があったとしても、この物語の結末は変えられると。
三人目のヒーローであるウィルキウスが、物語の始まりの場にいない。
それが全てだ。
ここは小説と全く同じ世界ではない。
変わらない未来もあるかもしれない。けれど強い信念があればきっと変えられる。
今のベアトリーチェはエヴァンジェリンにも、アルフレードにも関わりがない。そして、ウィルキウスが宰相候補にならなければ、王太子暗殺に巻き込まれることも無い。
だったら全てが終わった後、生き残ったルイスが本当に愛する人と幸せになる結末だって、あってもいいはずだ。
ルイスを助けて、アルフレード暗殺を食い止め、エリアスにかけられる冤罪を防ぐ。その為ならアリシティアはなんだってする。
そして、アリシティアが全ての目的をはたしたら、ベアトリーチェに殺されるのもいいと思った。エヴァンジェリンを王位につける目的以外であるなら。
ベアトリーチェの望みは叶うし、ルイスはなんの問題もなく、本当に愛している人と結ばれる事ができる。
────── なんの役にも立たない、出来損ないの人形……
本来なら誰の1番にもなれなかった筈の、中はがらんどうのただの入れ物。
ただひとり、望まずしてアリシティアが一番になってしまった人になら、殺されるのも良いと思った。アリシティアさえいなければ、アリシティアという存在に囚われる事もない。
アリシティアの後姿を眺めながら、ベアトリーチェは風で乱れた前髪をかきあげた。風の音にかき消される程の小さな声で、呆然と呟く。
「……いくらなんでも、女神様とやらの贔屓が過ぎる。重力を操れるとか、ふざけすぎだろ」
でも……。ああ、だからか……。
彼は心の中で納得していた。
音すらさせず、ニ階からふわりと飛び降り、全く衝撃すら受けてはいないように立つ姿。抱き上げても不要な重さを感じさせない体。細腕で彼の持つ剣を叩き落とす力。
そして、塔の5階まで駆け上って来ても、息を切らすことも無く向けられる、なんの含みも無い純粋な笑顔。
誰からも愛され、神の寵愛さえ一身に受けているのに、自分の置かれた幸福に気づくことすらない。
常に世界から一歩身を引いたところにいる、二つの月を見て泣く少女。
だからこそ余計に、憎しみが募っていく。そしてそれと同時に…。
一際風が強く吹き抜け、ベアトリーチェの黒髪を束ねた紫色のリボンが解けた。ここに来る前に、アリシティアに長い髪を束ねるようにと渡された物だ。
「そうか…。それなら、塔の5階から突き落としても死なないのか……」
紫色のリボンは風に抱かれて、ベアトリーチェのはるか視界の先へと消えて行った。
雨が叩きつける石畳の上で、地に落ちた紫のリボンがどす黒く色を変えていく。
雨用の外套を頭から被ったルイスは、顔に張り付いた髪の毛を払い、黒く染まったリボンを靴先で踏みつけた。
雨により悪くなったルイスの視界の先には、バルコニーに佇む黒髪の青年がいる。
その姿を睨みつけていると、不意に黒髪の青年ウィルキウス・ルフスが、ルイスを見下ろして嗤った気がした。
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