余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

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「あんたね、この美しい私を、よりにもよってあのむさくるしい熊扱いするなんて何事?!その上、何でこの私があんたにベッドで縛られて、特殊プレイしてるマゾみたいに言われなきゃならないのよ。信じられない」

「ベアトリーチェだって、『私の子猫』って何? この魅惑的な悩殺ボディの美女の一体何処に、キティちゃん的な要素があるの?しかも、寝台の上の君は何倍も可愛いですって?!ふざけないでよ、泊まりに行っても、この私をソファーに寝かせる癖に!!」

「泊めてあげるだけ感謝しなさい。そもそも何で私があんたにベッドを譲らないといけないのよ。だいたいね、キティじゃなくて、あんたなんてチェシャ猫よ。チェシャ猫。不思議の国のアリス繋がりでピッタリじゃない」

 フロアを出て、アリシティアとベアトリーチェは男達の後を追う。
アリシティア達は声を最小限に抑えつつも、あまりにも程度の低すぎる論戦を交わしていた。
 そんな二人の目の前で、男達は二階への階段を登っていく。


「はあ? 私の何処にあんなニヤニヤ笑いの、どでかいキモ猫の要素があるのよ。だいたい、熊ちゃんの何が不満なの。ベアトリーチェのベアで熊ちゃんよ。可愛いじゃない。私の命名になんの文句があるのよ」

「こっちこそ『はあ?』よ!!熊のどこに可愛さがあるのよ。あいつら雑食性の癖に、人間をガツガツ食べるんだからね」

「熊って肉食じゃないの?」

「違うわよ、熊は基本は雑食なの。パンダみたいに笹でも食べてれば良いのに、あいつら人間を食べるのよ!!新渡戸稲造の学生時代の話知らないの?!おぞましすぎるでしょ。あんなバケモノと同じ名前で呼ばないでよ。もっと美しい呼び方にして」

「なにそれ。新渡戸稲造って、昔の五千円札の人?ベアトリーチェって、熊にトラウマでもあるの?」

「うるさいわね、そんな事あんたに関係ないでしょ」

「はいはい。じゃあ、テディでどう?」

「それだって熊繋がりじゃないの。熊から離れなさいよ。そもそも私の名前はセオドアじゃないわよ」

「知ってるわよ、ウィルキウス。ウィル様の方が良かった?」

「あんた……」



 階段を登りながら、ベアトリーチェが息を飲む気配がした。だが、アリシティアは目の前の男の足元から視線を外さなかった。


「知ってるわ。ウィルキウス・ルフス。宰相閣下の親族で、幼少期から稀代の天才と呼ばれている。本来なら宰相の養子として、次期宰相候補になるはずだったのに、何故か惚れ薬なんて作って売りさばいた事で、王弟殿下に捕えられた事になっていて、錬金術師の塔に形だけの軟禁をされている」



 目の前の男二人が視界の先で足を止めた。客室の扉に向き直り、ドアをノックしている。

 アリシティア達がその隣をゆっくりと通り抜けようとした時、扉が開いた。中に背の高い男の影が見えるが、その角度から顔まではわからなかった。

 部屋の前を通り抜けた後、アリシティアは呟いた。

「24号室。残念、隣じゃなかったか」

 アリシティアを見下ろし、ベアトリーチェはため息を吐いた。



「あんたって、普段はお馬鹿の癖に、自称アラフォーなだけに、ごくごく稀に聡い所があるのを忘れてたわ」

「35歳よ。アラフォーって言わないで。なんか損した気がするもの。で? 今の言葉、貶してる?それとも褒められてるのかしら?」

「褒めてるのよ」

「そう、ありがとう。でも、別に私があなたの事を詮索しようとした訳じゃなくて、単にルイスが貴方の名前を口にしたの」

「…あの、お喋り小僧。あんたの男はベッドの上で、口が緩くなるおバカちゃんなのね」

「口が緩くなると言うよりも、どうやら私が貴方の本当の名前を知らないとは思ってなかったみたいね。でもルイスから聞いたのは、あなたの名前だけよ。あっ、聞いたのはベッドの上じゃなくて、ソファーの上よ?」

「あんた達がどこでヤッていようと、どうでも良いわよ」



 吐き捨てるように言うベアトリーチェに、アリシティアは笑いながら27号室の鍵を開ける。室内に入った彼女は、部屋を見渡した。



 客室は思いの外シンプルだが、置いてある家具などは、上質なものでまとめられている。やはりただ薬や性行為を楽しむだけの部屋とは違う。この阿片窟もどきは、予想通り闇社会との裏取引や密談に使われる場所なのだろう。なんとなくではあるが、この場所を王弟ガーフィールド公爵やルイスが放置している理由がわかった気がした。



 チューダー伯爵は人身売買に関わっている可能性があると言う時点で、闇社会を監視するガーフィールド公爵やルイスからは、目をつけられているのだろう。
 けれど、主に表の事件に関わる事が多いエリアスは、貴族派のチューダー伯爵という存在にまでは、思いが至らなかったのかもしれない。

「こういうのも、縦割り社会の弊害って言うのかな」

 アリシティアは呟きながら、寝台横のテーブルの上にあるグラスを手に取った。




「ねぇ、グラスなんて持って、何する気なの?」

「ちょっと、さっきの男達の話を盗み聞きしてくるね」

「はぁ?」

 アリシティアはカーテンを開けてバルコニーへ出る。外は生暖かい風が強く吹きつけてはいるが、風向きから酷い雨に叩きつけられるような事はなかった。


 アリシティアはバルコニーの手すりに手を置き、隣の部屋のバルコニーとの距離を目算する。

「ニメートル位ね」

「ちょっと!!アリス、あんたまさかここから三部屋向こうのバルコニーまで移動する気じゃないでしょうね?」

「もちろんそのつもりよ」

「どうやって? あんたの悪女のお出かけセットはここにはないわよ?」

 悪女のお出かけセットは、四代目因幡くんが入った籐の籠の事だ。中には、鞭にクロスボウ、暗器、短刀、縄や拘束具など、適当に色々と詰め込んでいる。



 混乱したようなベアトリーチェに、アリシティアは艶然と微笑む。 



「あのね、ベアトリーチェ。私にはそんなもの必要ないの」


 アリシティアの髪とスカートを、強い風が棚引かせた。



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お知らせ
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
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