114 / 204
第二章
3
しおりを挟むベアトリーチェの刺すような視線は無視して、無邪気にアリシティアは話し続ける。
「あのね、私ベッドの上で男の人を押し倒すのが趣味なの。でも、男の人ってそういうのって、あり得ないじゃない? だから抵抗されないように、寝台の上で拘束するの」
「…… 左様でございますか」
ランドルフは優雅な微笑みを一切崩さず、とりあえず相槌をうつ。
この国のシンプルな性事情はともかくとして、場所が場所だけにアリシティアの発言などたいした事ではないのだろう。
「でもね、気がついたら拘束具を外されて、私が押し倒されてるの。しかも無理矢理拘束具を外すから、この人いつも怪我しちゃうし。でも、こんなに芸術的な身体に傷をつけたくなんてないでしょう?だからねぇ。体の力を奪うようなお薬はない?意識はしっかりしてて、怪我をしないように、体だけ動けなくなるようなやつが欲しいの」
ベアトリーチェに体を預けたアリシティアは、気だるげに彼の顔を見上げ、その美しいアメジストの瞳に微笑みかけた。それに応えるように、ベアトリーチェはアリシティアの頬にかかった髪を耳にかける。
しばし考えた後、ランドルフは優し気な口調でアリシティアに問いかけてきた。
「そういったものの類は、動かなくなると同時に、意識が朦朧としてしまうものです。ですがお嬢様は意識もしっかりと保つものをご所望でしょうか?」
「そうよ、だって意識がはっきりしてなきゃ、意地悪なことしても反応して貰えないじゃない? 私がした事を忘れてしまわれるのも嫌。あ、もちろん体の感覚はしっかりあるやつね。そういう感じのお薬って、ある?」
アリシティアは彼女のあざと可愛い婚約者の真似をして、こてんと首を傾げて見せた。
「そんな君の趣味に合わせたような、都合の良い薬がある訳ないだろ?」
苦笑を浮かべながら、ベアトリーチェは煙管を手に持ち火をつける。
すぐそばの窓ガラスには、いつの間にか雨粒が打ちつけていた。
ランドルフは少しだけ思案する様子をみせる。
「……そうですね。本来であれば手には入らないものですが、お嬢様がお望みであれば、提供させて頂く事は可能ではございます」
アリシティアは僅かに目を見開いた。だがすぐに、無邪気な子供のように喜んでみせる。
「うれしい、本当にあるのね!!」
「はい。お嬢様は伯爵様からの招待状をお持ちでしたので、特別に。ですが、くれぐれも口外はなさらないでくださいませ。ご使用もご本人様のみで、決して人に譲ったりなさらないと、お約束下さるのであれば…」
ランドルフはあえて声を低く落として、特別感を演出して見せた。
「約束するわ」
アリシティアはランドルフの言葉にかぶせ気味に返事をする。それに対して、ランドルフは鷹揚に頷いた。
「元々数がとても少ないもので、本日は他のお客様が全てお買い上げになられてしまい、在庫を切らせております。ですが、本日より五日後以降でよろしければ、必ずご用意させて頂きます」
ランドルフはベアトリーチェの方をちらりとみる。決定権はベアトリーチェにあると思っているのだろう。その視線を受けて、ベアトリーチェは思案する様に口を開いた。
「……そうか。それとは別の薬なのだけど、君はちまたで『恋人の本音がわかる薬』と呼ばれている物の存在を知っているか?」
「ええ、もちろん存じております。ですが、あれは出回っている物の殆どが偽物ですね」
ランドルフはあえて困ったような表情で、肩をすくめた。
「ここであれの本物を手に入れる事はできるか? 私は、この私の可愛い子猫の本音が聞きたいのだが」
「え? 酷いわ熊ちゃんったら、私の事信用してないの?」
ベアトリーチェの言葉を遮るように、アリシティアは彼の腕を掴む。そのまま、拗ねたように睨みつけた。
そんなアリシティアを見下ろして、煙管を置いたベアトリーチェは、彼女の頬を優しく撫でた。
「もちろん信用している。だけど、もっと可愛い君を見てみたいだけだ。あの薬を飲んで素直になった寝台の上の君は、きっといつもよりも何倍も可愛い」
ベアトリーチェの口角は上がり、目も細められて弧を描いてはいる。けれど彼のその瞳の奥には、アリシティアだけに向けられた刃のような冷たさがあった。
「大変申し訳ございませんお客様。そちらの薬に関しましては、私共には入荷ルートがございません。私共と致しましても、薬師が気まぐれで卸して行くのを待つしかない状態でございます」
「ですって、熊ちゃん。残念ね」
ランドルフの言葉にアリシティアは興味なさげに、適当な相槌を打ちつつ、思考を巡らせた。
恋人の本音が分かる薬は、入荷ルートがない。
だが、過去にアリシティアが闇オークションで盛られた、体の動きを奪う薬に関しては、5日後には用意できる。
それはつまり、この館には明確な入荷ルートが存在するということ。そして、恋人の本音がわかる薬が手に入らないと正直に言うのであれば、偽物を売ってはいないのだろう。
アリシティアが闇オークションで使われた、体の動きを奪う薬に関しては、令嬢誘拐に使われているという以外にも、一部貴族にレイプドラッグとしても使われている。
薬で強姦された令嬢の多くは、PTSDの症状が出ているため、被害状況を話すこともままならない状態だという。
その悪質さから、体の動きを奪う薬の取り扱いは、どこも厳密に隠している。アリシティアがチューダー伯爵の招待状を持っていたとしても、何故こんなにも簡単に初めて来た客に話すのか。アリシティアにはその理由がわからなかった。
アリシティアはベアトリーチェをちらりと見上げた。
ただ、今のベアトリーチェとランドルフの会話から推測できたことは、ベアトリーチェは間違いなく『恋人の本音がわかる薬』が、ここでは手に入らない事を知っていたということ。
その上で、アリシティアの希望する薬の真偽と、入手ルートの有無を引き出す為に、恋人の本音がわかる薬を引き合いに出したのだろう。
でなければ、ベアトリーチェが意味もなくそんな話題を出すわけはない。
つまりそれは、気まぐれに薬師が下ろしていく『恋人の本音がわかる薬』が、どういったルートで手に入るかを、ベアトリーチェは完全に把握しているという事だ。その意味する所は.…。
──── やっぱり、あんたが薬を作った犯人だったんじゃないのよ!!
アリシティアは誰にも聞こえないように、小さく舌打ちした。
0
お知らせ
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
強欲令嬢が誘拐事件に巻き込まれたら、黒幕?な王子様に溺愛されました【R18】
一年後に死亡予定の嫌われ婚約者が、貴方の幸せのためにできること (モブで悪女な私の最愛で最悪の婚約者は、お姫様に恋している)第二章ラストシーンに伴い、ベアトリーチェがストーリーテラーとなる、大人のマザーグースっぽい作風のお話を掲載しました。
私が愛した彼は、私に愛を囁きながら三度姉を選ぶ(天狗庵の客人の元のお話です)
7000文字の一話完結のショートショートです。
この物語を読んでいただけますと、ラストシーンの言葉の意味がほんの少しわかっていただけるかと思います。ただ、救いも何もない悲惨なバッドエンドですので、DVや復習が苦手な方は避けてください。
第三章のスピンオフ、令嬢誘拐事件の誘拐された令嬢サイドのお話もよろしければお楽しみください。
強欲令嬢が誘拐事件に巻き込まれたら、黒幕?な王子様に溺愛されました【R18】
お気に入りに追加
2,493
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。