余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

37.殺意と死の口付け1※

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 忘却の館と呼ばれる娼館の高級娼婦、リュディヴィアことリヴィア経由でミレディ宛に届けられた封筒は、チューダー伯爵が禁断の場と呼んだ場所への招待状だった。 

 アリシティアが前世で読んだ小説では、エヴァンジェリンとルイスが参加した怪しげな仮面舞踏会の後に、特別に選ばれた客たちが場所を変えて、退廃的な宴に参加するシーンがあった。そこでは狂った享楽に隠れるように、裏社会に精通する貴族たちが集まり、裏取引や情報交換が行われていた。 

 アリシティアは小説に書かれた仮面舞踏会こそが、チューダー伯爵の主催していた夜会だと思い込んでいた。だが伯爵からの招待状を見た限り、彼女の勘は外れていたと知る。 しかしながら、伯爵から招待された場所もまた、貴族と闇社会の人間が取引を行う場所のように見える
  

  

 伯爵からの招待状で示された場所は、没落した旧インフォンティーノ公爵邸の別荘だった。外壁一面にツタが絡みついた館の各所に見られる細工を見る限り、かつては贅を尽くした美しい建物だったのだろう。ここでは十年ほど前、当主が後妻と二人の子供を道連れに一家心中するという痛ましい事件があった。

  
「たったの10年。なのに外側は廃墟に見える。でも、中は綺麗ね」 

 アリシティアの言葉に、ベアトリーチェが同意した。 

「......そうね。かつての惨劇など、まるでなかったかのようね」 

 ベアトリーチェの声にはわずかな憐憫の響きがあった。彼女もこの建物で何があったのかを知っているのだろう。 

「別荘の本館はカジノと紳士クラブって感じなのに、こっちの別館はまるで、高級な阿片窟ね」 

「阿片窟に高級も何もない気はするけどね。そもそもあんた、阿片窟ってどんなところか知ってるわけ?」

「映画でしか知らない」

「だと思ったわ」 

  アリシティアの言葉にベアトリーチェは苦笑した。 



 チューダー伯爵から直接招待されたこともあり、すべてのフロアに出入りを許されたアリシティアは、ベアトリーチェを伴って別荘から少し離れた別館に足を踏み入れていた。 

 こちらの別館のエントランスでは、チューダー伯爵からの招待状の提示が求められ、さらに武器の携帯の有無まで問われた。身体のあちこちに暗器を仕込んでいるアリシティアは、ほんの少しだけ体に力が入った。だが、さすがに身体検査まではされなかった。 

 それでも、武器の持ち込みが判明した場合には退出させると、ドア係の使用人から遠回しに念を押された。 

  

  



 この旧インフォンティーノ公爵邸の別荘に来る前、ルイスは最後まで一緒に建物の中まで入ると言ってきかなかった。彼は自分が王位継承権を持ち、社交界で最も注目を浴びる容姿だと言う事を自覚していないのか、自覚したうえでなお、一緒に行くと言っていたのか。 

 そんなルイスをアリシティアはなんとか説得し、彼は数人の影達と共に送迎の使用人として、外で待機するということで落ち着いた。ただ、本当に大人しく待っていてくれるかはわからなかった。 

 ここへ来るのはあくまでもアリシティアの個人的な探しもの・・・・のためだ。彼女の本音では、ルイスはもとより彼の影たちも巻き込みたくはなかった。

 だが、チューダー伯爵からアリシティアがこの邸に招待された事を知ったルイスを、蚊帳の外に置くのは不可能だった。 

  

  


  

 本館よりも別館ははるかに薄暗い。その中の一番広いフロアの前で、ベアトリーチェの腕に胸を押し付けるように腕を絡ませたアリシティアが立ち止まった。 

 フロアの入口の前では、フロアの支配人らしき人物が二人に向けて恭しく頭を下げる。

 
「ようこそ。私はこのフロアで、お客様を担当させていただく、ランドルフと申します」 

「ああ、よろしく頼む」 

 前に流したまっすぐな長い黒髪を胸元でゆるく結んだ長身のベアトリーチェは、アリシティアを腕に絡ませたまま、使用人に秀麗な笑みを向けた。ベアトリーチェの所作や態度は、お忍びの貴族の青年にしか見えないはずだ。 
 平民のベアトリーチェが貴族にしか見えないのは、やはり前世のベアトリーチェが良いところのお坊ちゃまだったからだろうか。 

「オネェなのにお坊ちゃまとはこれいかに...」 

  アリシティアは小さな声で呟いた。けれどベアトリーチェにはしっかりと聞こえていたらしく、何が気に入らないのか、アリシティアはさりげなく足先を踏まれた。 

 足を踏まれたアリシティアは思わず睨みつけそうになった。だがそれは何とか耐えて、ベアトリーチェを見上げていたずらっぽく微笑んだ。そんな彼女に、ベアトリーチェも微笑み返す。傍から見れば仲の良い恋人同士に見えるだろう。だが現実は違った。 

 
 水面下では火花を散らしている二人に、支配人はにこやかに声をかけてきた。 

「こちらのフロアでは、ゆったりとした気持ちになれるものを中心に、葉巻から水タバコ、特別な・・・薬から、魔女の媚薬まで、お客様のご要望にそった物をご用意致しております。ご用件がありましたら、いつでもお申し付けください。個室もご用意させていただけますが、如何致しましょう?」 

  アリシティアと支配人の目が合い、アリシティアは無邪気に微笑んでみせる。優雅にほほえみ返す支配人を前に、ベアトリーチェはほんの少し悩んだ素振りをした。 

  

  

「…ああ、今はまだ個室は必要ない、ここでしばらく楽しませてもらう。案内も必要ない。…そうだな、もう少ししたら、できるだけ軽い、緩やかな酩酊感を心地よく楽しめるようなものを彼女に用意してくれるかな? 彼女はこういう場に慣れてはいないから」 

 アリシティアを腕に絡ませたベアトリーチェは、アリシティアを見下ろして美しい紫の目を細め、その頬をなでる。アリシティアは彼の美しく整えられた手に、猫のように頬を擦り寄せた。 

  

「かしこまりました。どうぞごゆっくりお楽しみください」 

  丁重に頭を下げる支配人から視線を戻し、二人はフロアへと足を踏み入れた。 

  

  けれどそれと同時に毛足の長い絨毯にアリシティアのヒールがとられる。姿勢を崩したアリシティアをすかさず、ベアトリーチェが支えた。 

「ちょっと、大丈夫?」 

「大丈夫、ありがとう。ねえ、ここの床。すごくあるき辛いんだけど?」 

 不機嫌になったアリシティアは、足元を睨むように文句を口にする。 

「そうねえ、女性客の事を考えてないわね、ここ。多分使用人は気の利かない野郎ばかりなんじゃない?」 

  きっちりとした青年の姿をしていても、やはり女性言葉のままのベアトリーチェは、アリシティアの腰に手を回し、支えるように歩き出した。 

  

  

  

「手前の方は葉巻を吸ってる人が多いわね、でも奥の方、あれ本当にヤッて・・・るわよねえ?」 

 ベアトリーチェは顎でフロアの奥を示す。 奥にランダムに並べられたソファーには、上半身をあらわにした女性の胸に吸い付く男性や、女性を身体の上に乗せて腰をふっている男性までいる。 

 それを見たアリシティアは、心底落胆したようにため息を吐いた。 

  

「はあ。なんだか、がっかりよ。もっと崇高な乱交パーティーがみられると思ったのに。なにこれ?これじゃ、見物人付きのハプバーかピンサロじゃない。伯爵様って思ったよりも低俗ね。実はイケオジかと思ったのに、完全な期待外れよ」 

  

「......ねえ、ただ単に気になるから聞くけど、あんたの言う崇高な乱交って、いったいどんなものよ? 乱交に崇高をつける人間って初めて見たんだけど...」 

「ちょっと。あえて『人間』って言い回しやめてくれない?まるで私が猿か何かみたいじゃない」 

「猿は言葉を話さないわよ」 

「そんな事わかってるわよ。もう、どうでもいいけど、もっと想像力を豊かに働かせてよ。たとえば、映画の……」 

  

 言いかけてアリシティアから言葉が消えた。 ある一点に視線が釘付けになる。 

  

  

  

   二人の男達の姿がアリシティアの視界に入った時、どくり、……とアリシティアの胸が大きく脈打った。


 それはアリシティアが10年もの間探し続けていた、彼女の大切な友人双子を連れ去った男達を見つけた瞬間だった。

  

  

 
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