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第二章
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しおりを挟む何にしろ『どうせならもっと早く連れてきてくれれば良かったのに』と、レオナルドとリカルドは、影の救世主であるルイスに対して、内心で悪態をついていた。
「エヴァンジェリンも行きなさい」
「はい。あ、お兄様。お兄様の庭園を散歩してもよろしいですか」
「いいよ。レオナルドとリカルドも連れて行くといい」
「そうします。ありがとうございます、お兄様」
エヴァンジェリンは自分の要求を王太子が受け入れてくれたことに、花が咲いたような微笑みを浮かべた。
「行きましょうルイス。散歩に付き合ってくれる約束でしょう?エスコートしてちょうだい」
何の悪意もなく、エヴァンジェリンがルイスの腕をとる。
それに答えるようにルイスは微笑み、王太子に一礼する。婚約者であるはずのアリシティアに視線を向けることもなく、ルイスはエヴァンジェリンと共に執務室を出ていった。
今のアリシティアはメイドの姿をしているのだから、ルイスの行動は当たり前ではある。何も考えず、重要な事を他人に話してしまうエヴァンジェリンに、アリシティアのもうひとつの顔を知られる訳にはいかない。
けれど、エヴァンジェリン達の後に続いて、レオナルドとリカルドが執務室を出ようとした時。視界をかすめたアリシティアは、自嘲するように微笑んだ。
「女王様…」
リカルドの口から、心配そうな小さなつぶやきが零れる。彼もアリシティアの複雑な笑みを見たのだろう。
疑うことなくルイスはアリシティアを大切にしている。それでも、二人がすれ違っているのは、こういうことの積み重ねなのかもしれない。
レオナルドがほんの少しだけ、アリシティアに同情しながら通路を歩いていると、前を行く二人が足を止めた。
「叔父さま、お久しぶりです!!」
エヴァンジェリンが前からやってきた人物に嬉しそうに声をかけた。
「やあ、エヴァンジェリン。ルイスも。こんなところで二人一緒なんて珍しいね」
「ええ、これからみんなで、お兄様の庭園をお散歩するの」
楽しそうに答えるエヴァンジェリンに、王弟ガーフィールド公爵がわずかに首をかしげた。
「みんな?」
「ええ。私とルイスと、あと、レオナルドとリカルドも。今二人をお兄様から奪い返してきたところなの」
「へえ?」
意味ありげに微笑んだ王弟が、エヴァンジェリンの後ろを歩くレオナルドとリカルドに目を向けた。周囲の空気がぐっと重くなったように感じ、二人の騎士はごくりと息を呑んだ。
「ああ、君たちか。この前さ、アリスが私の所に来てカードで勝負を挑まれたんだけどね。その時私からあの子が奪って行った、ソニア・ベルラルディーニの招待状。今は君たちが持っているんだってね。羨ましいよ。私は春の演奏会も行けなかったのに、秋も行けなくなってしまった」
「「は???」」
二人の声が同時に響いた。
頭を殴られたような強すぎる衝撃に、レオナルドとリカルドは息をするのも忘れ、凍りついたように動きを止めた。
確かアリシティアは、あの招待状をソニア・ベルラルディーニ本人から手に入れたと言っていた。
だが、それは一枚だけで、もう一枚の招待状は、一緒にカードをしたあともう一人から勝ち取った ゛お願いをなんでも叶える券゛を使って、その人が手に入れていた招待状と交換したと言っていた。
間違いなくアリシティアの言った『もう一人』とは、目の前で笑う王宮一の腹黒策士と呼ばれる人物だ。
気付いたと同時に背筋に大量の冷や汗が流れ、心臓が普段の倍速で全身に血を送り出していく。
「それじゃあね」
「ええ、おじさま。今度一緒にお茶してくださいな」
二人の護衛が言葉を失い立ち尽くしている事など気付きもせずに、エヴァンジェリンは楽しげに答え、叔父であるガーフィールド公爵に手をふった。
「楽しみにしているよ。ああ、君たち。ソニアの演奏会楽しんでね。私は行けないのが悲しいけど。せめて私の分だけでも招待状が返ってくればねぇ」
エヴァンジェリンにひらひらと手をふり返して、ガーフィールド公爵は固まったままの二人の隣を通り過ぎて行った。
せっかく王太子から救出した二人の騎士を残して、エヴァンジェリンはルイスの腕に手を回して、さっさとあるき出す。
はるか彼方まで歩いたところで、エヴァンジェリンが振り返って、2人の騎士の名前を呼んだ。
その姿にようやく脳が正常に機能し始めた二人は、短く息を吐いた。
「可愛い顔して、くっそ地雷すぎるだろ、女王様…」
リカルドが吐き捨てるように呟いた。
「ルイスの苦労がなんとなくわかる気がするな。それにしても……」
「ようやく手に入れたのにな、あの招待状…」
エヴァンジェリンの後を追いながら、二人の騎士は盛大に溜息を吐き出した。
アリシティアに対し、二度と同情などするものかと、彼らが心に誓ったのは仕方の無いことだろう。
だが、この時の二人の騎士は、これが終わりではない事に気づいてはいなかった。
****
数日後。王弟ガーフィールド公爵は、手元に戻ってきたソニア・ベルラルディーニの特別演奏会の招待状を眺めながら、秘書官からの報告を受けていた。
それは騎士たちが利用する食堂で起こった゛魔女の惚れ薬事件゛と呼ばれる件についてだった。
「ドールがソニア・ベルラルディーニ様の招待状を利用するよう仕向けたのは閣下なのに、酷いですね。だから影達から魔王などと呼ばれるのですよ?」
報告を終えた秘書官は苦笑した。
「万が一の話だよ? そう仕向けたのが私だとしても、それを実行したのはアリスじゃないか。だから、ソニアの招待状を使って成果を上げたとしても、それはそれ、これはこれ。私からソニアの招待状を奪った者達への仕返しはきっちりするよ 」
「閣下は手紙を一枚書いただけですけどね。こんなくだらない事に巻き込まれて、王太子殿下がお気の毒です」
「ふふっ、だって自分で動くのは面倒じゃないか」
魔女の惚れ薬事件の顛末を聞いた公爵の口元には、とても子供っぽい愉悦が浮かんでいた。
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