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第二章
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しおりを挟むアリシティアの言葉の意味が理解できず、ルイスはほんの少し首を傾げた。けれど、その表情にアリシティアはあざとさを感じる。
「…ん?何を?」
ルイスの問いに、アリシティアは不快感を露わにした。
「何って、あなたが仮面舞踏会の会場に私を迎えに来た理由を知りたければ、一緒にシャワーを浴びてって言ったでしょ? だったら質問は取り下げます。教えてくださらなくて結構です、以上。問題解決です」
「…言ったっけ?」
「言いました。おしまい!」
自分の言葉を思いだすように、ルイスは視線を左下に彷徨わせながら眉根を寄せた。
「…言ったかもしれない」
「でしょう?はい、需要と供給は不一致です。交渉は不成立となりました。なので、今すぐ出てってください」
アリシティアは脱がされたドレスを左手で掻き抱いて、右手でビシッと扉を指さす。そんなアリシティアの姿を前に、数度瞬きしたルイスは、その過分に綺麗過ぎる顔でにっこりと笑った。
「わかった」
あっさりとアリシティアの言葉を受け入れたルイスに、アリシティアの体から力が抜けた。ほっとため息を吐く。
けれど、その時ルイスの手が伸びてきて、彼女の抱えるドレスをあっさりと奪い取る。ドレスはそのままアリシティアの手の届かないところに投げ捨てられた。
「ちょっと!!なにするの?!今わかったって言ったじゃないですか?!」
「うん、わかった。だから教えない。でもさ、君は僕に隠れてあんなところに行った上に、とてつもなく不愉快な匂いを付けて来たんだ。君の婚約者である僕には、納得いくまで君の全身を隈無く洗って、その匂いを消す権利があるよね? はい、おいで?」
手を伸ばしたルイスは、あっさりと裸に剥いたアリシティアを片手で抱き上げ、浴室のドアを開けた。
「そんな権利なんて、婚約者にはありません!! 理由を教えてもらえない上に、シャワーは一緒に浴びなきゃいけないとか、なんの拷問ですか!?」
抱かれたまま浴室に連れ込まれたアリシティアがルイスに文句を言った時、壁面のシャワーから勢いよく水が吹き出した。
「ちょっと!!」
「…冷たい」
アリシティアと一緒にシャワーを頭から浴びたルイスは、不機嫌に呟く。
「それはこっちの台詞よ、お湯にしてよ。っていうか、そもそもなんであなたは服を着たままなのよ」
「だって君が暴れて、僕が服を脱ぐ時間がつくれなかったからだろ? お願いだからいい子にしてよ。僕はその不愉快な移り香を一刻も早く消したいだけなんだから。ね?」
ずぶ濡れの服を身につけたまま、ルイスは小さな子供を説得するように話す。そんなルイスを睨みつけた瞬間、アリシティアは息を飲んだ。
水滴がしたたる前髪を無造作にかきあげる目前の男は、爪の先まで過剰過ぎる色気を纏っている。
その色香に呑まれそうになるのをなんとか耐え、アリシティアは長い髪で体を隠しながら、嫌味を吐き出してみせた。
「この変態…」
「うん、ごめんね」
不機嫌に上目遣いで睨みつけてくるアリシティアを宥めるように、ルイスは彼女の顔に張り付く髪を耳にかける。そして、頭上にキスを落としながら、ルイスは口だけの謝罪をする。
「謝るくらいなら出て行ってください」
「それは嫌。だってアリスが悪い」
嫌も何も、そもそも人が嫌がる事をするなと言いたかったが、ルイスは言うことを聞いてくれそうにはなかった。
「なんで?!」
「ドレスの上半身に香りがついてた。身体を密着させないと、そこまで広範囲に匂いはつかない。それこそ、ダンスで身体を寄せるようなレベルじゃないよね。君から相手の体を押し倒す位はしないと」
話しながらルイスは訝しむような視線をアリシティアに向けてくる。咄嗟にアリシティアは押し黙った。
見ていたかのように的確に、彼女の行動はルイスに言い当てられてしまう。
『押し倒される』ではなく、『押し倒す』と言うあたり、想定外にルイスはアリシティアの行動を把握している。けれど…。
「そんなのは、あなたの勝手な想像でしょ?!私は無実よ」
何の罪悪感もなく、アリシティアは平然と嘘を吐く。だが、そんな彼女をルイスは相手にしなかった。
「そう?どっちでもいいよ。結果は変わらないから」
「なんで…」
そこまで言いかけて、アリシティアは口を閉じた。
とてつもなく妖艶な淫魔モードの婚約者に唇を塞がれて、彼女の言葉は続かなかった。
浴室の中、淫魔な婚約者が服を着たままずぶ濡れになっている。決して普段では目にすることの出来ないレアな光景を前に、アリシティアは全てを諦めるしかないと思い知る。
ぎゅっと抱きしめられて、顔中に何度もキスをおとされながら、彼女はただ嘆きの溜息を零した。
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