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第二章
3
しおりを挟む今にもソファーの上に押し倒されそうだったリカルドと、押し倒す気満々だったアリシティアが声の方に視線を向ける。
リヴィアの姿を認識した瞬間、リカルドはアリシティアを突き飛ばした。
「これは、リヴィア嬢。お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
救いの神とばかりにリカルドはアリシティアから離れて、ソファーから立ち上がった。
「リー様、少しミレディとお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
優雅に微笑むリヴィアのその立ち姿は、とても洗練されていて、際立って胸元の空いた扇情的なデザインのドレスでなければ、どこかの高位貴族の御令嬢だと思われるような所作だった。
「もちろんです。よろしければお掛けくださいリヴィア嬢」
アリシティアから離れたリカルドはリヴィアのそばまでいき、エスコートの手を差し出した。
「まあ、ありがとうございます、リー様」
「いえ。これくらいの事は礼を言われるような事ではありません」
リカルドが心底嬉しそうに、リヴィアに重ねられた手をひいて歩いてくる。
まさに『鼻の下が伸びている』という表現に相応しい顔をしているだろう事は、仮面越しであっても容易に想像がついた。
そんなリカルドを見て、アリシティアは『天然物の巨乳(前世で言うならHカップ)に弱すぎだろ?!』と、文句を言いたくなった。が、アリシティア自身もリヴィアの胸の谷間には顔を埋めたくなるので、口に出すのはやめた。
「ねえ、ミレディ。伯爵様が貴方とのダンスをご所望なのだけど……」
アリシティアの隣に浅く腰をかけたリヴィアが、少し戸惑いがちに用件を切り出した。
──── よし来た!!
心配そうに用件を告げるリヴィアをよそに、アリシティアは内心ガッツポーズをしていた。
「もちろんですわお姉様。わたくし今、リー様に振られたばかりでフリーですの」
「おおい! 勝手に振られるな。こんなところでおまえを自由になんてさせてみろ、間違いなく俺の出世街道は閉ざされるだろうが」
アリシティアの言葉に思わずリカルドが、声をあげる。
「もう、リー様うるさい。誰も私の事なんて気に留めてはいないし、ルイス様は私に興味などないから、そんなに心配しなくても大丈夫だってば」
アリシティアの言葉に、リヴィアが少しだけ目を見張る。
「まあ、リー様は…ルイス様の事をご存知なのですか?」
「私の婚約者と言うことだけね。リー様は王女殿下の護衛なの」
「おおーい、勝手にばらすな」
「まあ、申し訳ございませんリー様。ミレディに代わってわたくしがお詫びいたします」
立ち上がって頭を下げようとするリヴィアを、リカルドは急いで押し留めた。
「いえ、貴方に詫びていただくようなことは何一つありません。どうかそのまま。こう見えても俺とこの女王様は友人でして、今日もこいつがどうしても仮面舞踏会に来たいと我儘を言うから連れてきただけなんです。しかもこいつこの舞踏会の主催者の伯爵とお近づきになりたいとか言い出して、本当に困っていたところなんです」
リカルドは、油をさしたようによく滑る口で、ペラペラと事情を話す。アリシティアがお姉様と呼んだ事で、リヴィアを王国の影の一員だと判断したのだ。それは間違いでは無い。だが、アリシティアは「やっぱり脳筋はダメだ」と、自分の事は棚上げして、内心で悪態をついていた。
「あの、お姉様。ル…主様にこの事を黙っていて欲しいとお願いするのは…」
「主様に内緒にはできないわ。ごめんなさいね。わたくしには何よりも主様からの信頼が大事だから…」
「ですよね」
アリシティアはがっくりと頭を落とした。
「それにしても、あなた伯爵様とお近づきになりたかったのね。道理で驚く位タイミングが良いと思ったわ」
「実は、お姉様たちが伯爵様に挨拶をしに行くのではと、様子を伺っていたのです」
頷くアリシティアを見下ろして、リカルドは驚いたような表情を浮かべた。
「偶然じゃなかったのか?」
「お姉様がここにくる事は想定していたし、お姉様の旦那様が伯爵様とお知り合いだと言うことも知ってはいたの。だから、上手くいけば伯爵様にお近づきになれるチャンスはあるかもと思って、タイミングを見計らっていたの。あとは伯爵様が私の美貌に骨抜きになってくれれば、すべて私の計画通りよ」
「どんな計画だよ」
胸を張って自慢げに宣言するアリシティアを見て、リカルドはがっくりと肩を落として深いため息を吐いた。
そして、自分の出世街道の為にも、ここでアリシティアを自由にさせてはいけないと改めて認識した。
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