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第二章
19.陰謀とアリスの死亡フラグ 1
しおりを挟む「……もし、あなたの言葉が真実ならば、私はミリアムに陥れられたのか?」
シェヴァリはどこかうつろな面持ちでつぶやいた。
この襲撃については、ミリアム・テスタ自身は何も知らない。けれど、彼女が自分の婚約者であるエルネスト・シェヴァリの性格を把握していればこんな事にはならなかった。
襲撃が成功しなくとも、あれ以上王太子を足止めしていればシェヴァリがどうなったかはわからない。何より小説内のシェヴァリは、護身用にナイフを持っていた。多分目の前のシェヴァリも持っているはずだ。
「彼女はただ、あなたが彼女の嘘を信じると思ったのでしょう。そのまま彼女と結婚して、不義の子を自分達の子とし、何一つ失わない事を望んだ。あなたの誠実さや真面目さまで考えられなかった」
アリシティアは何もかも知り尽くしたような顔をしてみせた。
──────まあ、小説の筋書きだと、そのはずなんだけどね。
そもそも、この暗殺未遂事件だって、アリシティアは今朝思い出したばかりなのだ。裏もとれてはいない。
もし違っていたらどうしよう…と、思わないでもないのだが……。
シェヴァリの友人、さらにはシェヴァリの情報を得る為にミリアム・テスタの秘密の恋人になった平民の騎士の後ろには共通の黒幕がいる。
だが、その黒幕がどこの誰だったか、全くもって思い出せない。
前世も今世も、アリシティアには小説のモブやすぐに退場する小悪党の名前を覚えていられる程の記憶力はない。
実の所、ヒロインであるエヴァンジェリンのフルネームだって覚えてはいなかった。王族や高位の貴族は名前が長すぎる。名前がいくつもある上に、苗字が二重苗字だったりもする。
アリシティアは自分の記憶力を考えると、乙女ゲームの世界に転生しているお嬢様方は凄いなと思う。きっとそういった世界に転生したお嬢様方は、ありとあらゆるルートのシナリオに、イベントの日時から場所、さらにはセリフまで頭に入っているはずだ。
正直、彼女らのその記憶力にあやかりたいと、これまでも何度も思った。
アリシティアのいるこの世界は、小説と酷似した世界で、ゲームのように複数のルートもなければ選択肢もない。でも覚えていないのだ。
自分自身の記憶力のなさに虚しくなる。
前世で同じ世界に転生する気だった友人がいれば、もっと色々とわかったかもしれない。けれど彼女はきっと今も、日本で幸せに暮らしているのだろう。
ちなみに天才的な頭脳を持つベアトリーチェは転生特典の知識チートと魔力チートがあるようだが、青い蝶が見る夢というTL小説を知っているかと聞くと、
「このわたしがそんなロマンス小説を読むとでも思うの?!」
と、一刀両断にされてしまった。
──── 天才の癖に役に立たない奴だ。
……などと、己の事を棚に上げて考えていた時に、不意に後ろから抱きしめられた。耳元を柔らかな髪がくすぐり、甘ったるい声が響く。
「ねぇ、何をこそこそと話してるの、ドール」
「……えっと、閣下?」
後ろからアリシティアを抱きしめてきたのは、ルイスだった。
ルイスは影達を受け継ぐ立場だが、他の影と共に駒として動く事もある。
政治に関わりたくないエリアスが、国軍に一兵卒から所属していた事を考えても、きっとこの国では、王族でも現場を体験させられるのだろう。
ルイスが他の影達と共に動く時は、ルイスをヴェル様と読んでいるが、今はシェヴァリがいるから、とりあえずいつもどおりに呼ぶ事にした。
王弟がつけるセンスのない偽名は、本名を知る者に聞かれても何も問題ない呼び方ではあるのだが…。
──── 後処理を押し付けたつもりなのに、何しに来た。
などと思ったが、ついでだからこのままエルネスト・シェヴァリもルイスに押し付けてやれと、瞬時に画策する。
シェヴァリがよほどの馬鹿でなければ、うまくやるだろう。口裏合わせをする時間などないのだから、アリシティアがここを去るのが賢明だと思った。
「矢が飛んできたとはいえ、シェヴァリ様のお体を突き飛ばしてしまいましたので、謝罪と、お怪我の確認をしていました。シェヴァリ様は、王太子殿下にある事の事実確認をしたかっただけであったようですが、内容が内容で出来れば直接殿下に確認させて欲しいと仰いますので、後のことはお任せしていいですか?」
突き飛ばしたのでなく、邪魔だから思いっきり蹴り飛ばしたのだが、誰も異論を口にしない。
「やっぱりいやだ…。僕のメイドとして側にいて」
「はあ?」
──── さっきは「好きにすれば」って言った癖に!!
思わず言い返しそうになったアリシティアの不機嫌な声を無視して、ルイスはアリシティアを抱きしめる腕に力を込めた。
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