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第二章
3
しおりを挟む案内役の神官と、アリシティアに横蹴りを食らったドーリア侯爵家の次男、エルネスト・シェヴァリは、まだ腰を抜かしたままだった。
「ヴェル様、ここはお願いしていいですか? 私今日はお休みなんで、さっさと終わらせてお祭りに行きたいんです」
なんだか普段は影として真っ当に働いているかのような口ぶりだ。だが、影達から魔王と呼ばれる王弟が自分に甘いのを良い事に、アリシティアは基本的にはやりたい事しかしていない。
王弟がなんの捻りもなく影としてつけた名前で呼ばれたルイスは、回廊の上をちらりと見て、不機嫌そうに「好きにすれば?」と答えた。
こんな事になってしまったからには、どちらにしろルイスが責任者として、この場の収拾をつける必要があった。
何よりも、影として動いたアリシティアをこれ以上は人目につかせる訳にはいかないと判断する。
レオナルドはエヴァンジェリンのお守りがある為、もうすぐリカルドが外の護衛を連れてくるだろう。中庭に襲撃者の侵入を許した神殿の警備体制も確認する必要がある。
ルイスが今後の予定を頭の中で組み立てていると、アリシティアは自分が蹴り飛ばしたエルネスト・シェヴァリの方へ歩いて行く。そして、未だ地面に座ったままの彼の目の前に座り込んだ。
「シェヴァリ様、処刑されたくなければ、私に話を合わせて下さいませ」
アリシティアは膝の上に両肘を乗せて、頬杖をつき、小さな声で話しかける。
「君は?」
未だアリシティアに蹴られた腹が痛むシェヴァリは、アリシティアに訝しげな目を向けた。
「ドールと申します。以後お見知り置きを」
座り込んだ膝の上で頬杖をついたまま、アリシティアはにっこりと笑った。
今朝、ベネディグティオ デア祭に出かけるために、浮かれながら変装していたアリシティアは、出し抜けに小説に書かれていた事件について思い出してしまった。
小説内では今日のベネディグティオ デア祭で、王太子暗殺未遂事件が起きるのだ。
護衛が一人死に、王太子派の貴族の子息が首謀者として処刑される。だがそれは冤罪で、王太子派はこれにより力を失っていくきっかけとなる。
とはいえ、アリシティアは祭典の名称も女神の名前も、エルネスト・シェヴァリの名前も、何一つ覚えてはいなかった。
ただ、『愛と美』に『誘惑と支配』という、悪女の為に存在するようなパワーワードの祭典だなと考えた時、不意に、その二つの加護を持つ女神の祭典に、王太子暗殺未遂事件が起こる事を思い出してしまったのだ。
部屋の中で頭を抱えて唸ってはみたものの、思い出した限りは放置もできない。
アリシティアは泣く泣く祭りのスイーツ巡りを諦めて、ガーフィールド公爵家のメイド服を着て、子供の頃からお気に入りのうさぎのぬいぐるみと共に鞭やロープ、ナイフにいくつかの暗器、クロスボウなどを籐の籠に詰め込んで、部屋を出たのだ。
小説の中では、現実と同じくさわぎを聞きつけた『歩くトラブルメーカー』エヴァンジェリンが、役にも立たないくせに乱入してきて、その事に気を取られた新人の護衛が死亡するのだ。
そして、襲撃時に偶然、王太子に詰め寄って、足止めするような形になってしまった貴族の子息が、エルネスト・シェヴァリだった。
小説に出てきていた筈の名前はさっぱり思い出せない。だが、シェヴァリが現れた限りは、小説の中の処刑された青年は彼なのだろう。
彼の家が王太子派という事も一致している。
シェヴァリは暗殺未遂事件の時に、王太子を中庭に面した回廊に足止めし、襲撃犯を手引きしたとして、事件の主犯だと断定された。
理由は個人的な怨恨。
シェヴァリの罪は全ては冤罪であったが、彼は王太子アルフレードの罪を暴こうとした為に、逆に王太子の策略にはまったと勘違いした。だからこそ、何も言わず処刑された。
そして、小説内のシェヴァリは自分が処刑される事で、自らの実家とその派閥を、王太子から離反させ、王太子の力を削ぐことに成功する。
全てが仕組まれた事とも知らないままに…。
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