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第二章
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ルイスとアリシティアの意識が削がれた時。背後でアリシティアにクロスボウで撃ち抜かれた襲撃犯が、逃げ出そうとする気配がした。
アリシティアは無表情のまま、クロスボウを持った右手を中庭にむける。
勢いよく矢を連射し、野太い悲鳴が上がった。
「もう!!動かないで頂けます?!死にたい人以外は大人しくしててくださいね?私は王太子殿下に危害を加えようとした貴方達なんか、死んでしまってもいいと思う位には、怒ってるんですからね。逃げるなら殺しちゃいますよ?!」
アリシティアがプンプンと可愛く怒りながら声を上げる。だが、その発言はやはり物騒だった。
アリシティアの声が襲撃犯に聞こえたかどうかはわからなかった。けれど、彼らは動かなくなったので、彼女は良しとした。
「はい、どうぞ?」
アリシティアは左手にかけた籠からロープを取り出し、ルイスに差し出した。
「ねぇ、それは一体何が入ってるの?」
ルイスはロープを受け取りながら、胡乱な目でアリシティアの左腕の籠を見る。
「もちろん、悪女の必須アイテムですよ?見ますか?」
「いや、いい」
端的に答えて、ルイスはアリシティアから視線を逸らせた。悪女の必須アイテムにうさぎのぬいぐるみが入っている理由が知りたかった。だがそれを聞いたら、何かに負ける気がした。
「お疲れ様、ルイス、ドール。助かったよ、ありがとう」
気づくと、アルフレードが後ろに立っていた。
アルフレードの護衛2人は、アルフレードから離れて、アリシティアが仕留めた射手を中庭から引きずり出している。木から落ちた者はともかく、元々低木の後ろに隠れていた者も、数本の矢が容赦なく体内に食い込み、動けなくなっているようだった。
「アルフレード殿下。ご無事ですか?」
ルイスの問いに、アルフレードはにっこりと笑った。
「私は何もしてないからね。それよりも、ドール。君は今日襲撃がある事を知ってたの? 報告は上がってないようだけど」
「いいえ、知ってたら二度寝なんてしませんよ」
「そう?」
「そうです」
平然とうなずくアリシティアを前にして、アルフレードは後ろを振り返りアリシティアが飛び降りてきた回廊の2階を見上げた。
回廊の上はバルコニーになっている。
そこには貴族のお忍びといった服装の、長身男性が立っていた。
長い黒髪を鎖骨下で緩く結び左側に流した男性は、手すりに左腕をつき頬杖をついている。彼の手には、小型の連射式クロスボウが握られていた。
アリシティアが矢を放っている最中、回廊の上からも矢が飛んだのを、アルフレードは見逃さなかった。
「じゃあ、あれは?」
アルフレードは回廊の上を、視線で指し示す。
アリシティアがアルフレードの視線の先を見上げると、ベアトリーチェがアメジストのように美しい紫の目を細め、ひらひらと手を振った。
「あれ? あれは、ただの通りすがりのオニイさんじゃないかしら?」
「手に君と同じ、自動の小型弓を持っているようだけど?」
「まあ、すっごく奇遇ですねぇ」
あまりにも白々しくアリシティアが答えた時、不意にベアトリーチェが弓の先をアルフレードに向けた。
その刹那。ヒュッと空気を割く音が二度して、矢がアルフレードの横を通り過ぎた。
「ぐぁっ!!」
アルフレードの背後で、新人の護衛に低木の背後から引き摺り出された男が短く呻いた。
男の両足の太ももには、それぞれ矢が一本ずつ突き刺さっている。
新人の護衛がロープを手に取ろうと一瞬目を離した隙に、その男は逃げ出そうとしたようだった。
「ねぇ、ドール。今のは?」
アルフレードの問いに、アリシティアはにっこりと微笑んだ。
「きっと、通りすがりの親切なオニイさんが、襲撃犯が暴れないように、助けて下さったのですね」
「その通りすがりの親切なオニイさんは、私には錬金術師の塔に軟禁されてる筈の魔女のオネエさんにみえるんだけどね?」
「まあ、そんなの気のせいに決まってます。だってほら、男性の服を着てますもの。ねっ?」
アリシティアはこてんと首を傾げた。
ピンクブロンドの髪が揺れる。
ブルーグレイのアーモンドアイに、けぶるようなまつ毛、ぷっくりと艶のあるチェリーのようなくちびる。
変装すると可愛いさとあざとさが倍増する自称悪女の妹は、アルフレードに本当のことを話すつもりなど、さらさらないらしい。
─── まあいいか。後で叔父上に聞こう。
アルフレードはなんとなく馬鹿らしくなって、追求するのをやめた。
アリシティアは無表情のまま、クロスボウを持った右手を中庭にむける。
勢いよく矢を連射し、野太い悲鳴が上がった。
「もう!!動かないで頂けます?!死にたい人以外は大人しくしててくださいね?私は王太子殿下に危害を加えようとした貴方達なんか、死んでしまってもいいと思う位には、怒ってるんですからね。逃げるなら殺しちゃいますよ?!」
アリシティアがプンプンと可愛く怒りながら声を上げる。だが、その発言はやはり物騒だった。
アリシティアの声が襲撃犯に聞こえたかどうかはわからなかった。けれど、彼らは動かなくなったので、彼女は良しとした。
「はい、どうぞ?」
アリシティアは左手にかけた籠からロープを取り出し、ルイスに差し出した。
「ねぇ、それは一体何が入ってるの?」
ルイスはロープを受け取りながら、胡乱な目でアリシティアの左腕の籠を見る。
「もちろん、悪女の必須アイテムですよ?見ますか?」
「いや、いい」
端的に答えて、ルイスはアリシティアから視線を逸らせた。悪女の必須アイテムにうさぎのぬいぐるみが入っている理由が知りたかった。だがそれを聞いたら、何かに負ける気がした。
「お疲れ様、ルイス、ドール。助かったよ、ありがとう」
気づくと、アルフレードが後ろに立っていた。
アルフレードの護衛2人は、アルフレードから離れて、アリシティアが仕留めた射手を中庭から引きずり出している。木から落ちた者はともかく、元々低木の後ろに隠れていた者も、数本の矢が容赦なく体内に食い込み、動けなくなっているようだった。
「アルフレード殿下。ご無事ですか?」
ルイスの問いに、アルフレードはにっこりと笑った。
「私は何もしてないからね。それよりも、ドール。君は今日襲撃がある事を知ってたの? 報告は上がってないようだけど」
「いいえ、知ってたら二度寝なんてしませんよ」
「そう?」
「そうです」
平然とうなずくアリシティアを前にして、アルフレードは後ろを振り返りアリシティアが飛び降りてきた回廊の2階を見上げた。
回廊の上はバルコニーになっている。
そこには貴族のお忍びといった服装の、長身男性が立っていた。
長い黒髪を鎖骨下で緩く結び左側に流した男性は、手すりに左腕をつき頬杖をついている。彼の手には、小型の連射式クロスボウが握られていた。
アリシティアが矢を放っている最中、回廊の上からも矢が飛んだのを、アルフレードは見逃さなかった。
「じゃあ、あれは?」
アルフレードは回廊の上を、視線で指し示す。
アリシティアがアルフレードの視線の先を見上げると、ベアトリーチェがアメジストのように美しい紫の目を細め、ひらひらと手を振った。
「あれ? あれは、ただの通りすがりのオニイさんじゃないかしら?」
「手に君と同じ、自動の小型弓を持っているようだけど?」
「まあ、すっごく奇遇ですねぇ」
あまりにも白々しくアリシティアが答えた時、不意にベアトリーチェが弓の先をアルフレードに向けた。
その刹那。ヒュッと空気を割く音が二度して、矢がアルフレードの横を通り過ぎた。
「ぐぁっ!!」
アルフレードの背後で、新人の護衛に低木の背後から引き摺り出された男が短く呻いた。
男の両足の太ももには、それぞれ矢が一本ずつ突き刺さっている。
新人の護衛がロープを手に取ろうと一瞬目を離した隙に、その男は逃げ出そうとしたようだった。
「ねぇ、ドール。今のは?」
アルフレードの問いに、アリシティアはにっこりと微笑んだ。
「きっと、通りすがりの親切なオニイさんが、襲撃犯が暴れないように、助けて下さったのですね」
「その通りすがりの親切なオニイさんは、私には錬金術師の塔に軟禁されてる筈の魔女のオネエさんにみえるんだけどね?」
「まあ、そんなの気のせいに決まってます。だってほら、男性の服を着てますもの。ねっ?」
アリシティアはこてんと首を傾げた。
ピンクブロンドの髪が揺れる。
ブルーグレイのアーモンドアイに、けぶるようなまつ毛、ぷっくりと艶のあるチェリーのようなくちびる。
変装すると可愛いさとあざとさが倍増する自称悪女の妹は、アルフレードに本当のことを話すつもりなど、さらさらないらしい。
─── まあいいか。後で叔父上に聞こう。
アルフレードはなんとなく馬鹿らしくなって、追求するのをやめた。
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