上 下
35 / 191
第二章

2

しおりを挟む
 ルイスとアリシティアの意識が削がれた時。背後でアリシティアにクロスボウで撃ち抜かれた襲撃犯が、逃げ出そうとする気配がした。

 アリシティアは無表情のまま、クロスボウを持った右手を中庭にむける。
勢いよく矢を連射し、野太い悲鳴が上がった。


「もう!!動かないで頂けます?!死にたい人以外は大人しくしててくださいね?私は王太子殿下に危害を加えようとした貴方達なんか、死んでしまってもいいと思う位には、怒ってるんですからね。逃げるなら殺しちゃいますよ?!」

 アリシティアがプンプンと可愛く怒りながら声を上げる。だが、その発言はやはり物騒だった。

 アリシティアの声が襲撃犯に聞こえたかどうかはわからなかった。けれど、彼らは動かなくなったので、彼女は良しとした。




「はい、どうぞ?」

 アリシティアは左手にかけた籠からロープを取り出し、ルイスに差し出した。

「ねぇ、それは一体何が入ってるの?」

 ルイスはロープを受け取りながら、胡乱な目でアリシティアの左腕の籠を見る。

「もちろん、悪女の必須アイテムですよ?見ますか?」

「いや、いい」

 端的に答えて、ルイスはアリシティアから視線を逸らせた。悪女の必須アイテムにうさぎのぬいぐるみが入っている理由が知りたかった。だがそれを聞いたら、何かに負ける気がした。




「お疲れ様、ルイス、ドール。助かったよ、ありがとう」

 気づくと、アルフレードが後ろに立っていた。

 アルフレードの護衛2人は、アルフレードから離れて、アリシティアが仕留めた射手を中庭から引きずり出している。木から落ちた者はともかく、元々低木の後ろに隠れていた者も、数本の矢が容赦なく体内に食い込み、動けなくなっているようだった。




「アルフレード殿下。ご無事ですか?」

 ルイスの問いに、アルフレードはにっこりと笑った。

「私は何もしてないからね。それよりも、ドール。君は今日襲撃がある事を知ってたの? 報告は上がってないようだけど」

「いいえ、知ってたら二度寝なんてしませんよ」

「そう?」

「そうです」

 平然とうなずくアリシティアを前にして、アルフレードは後ろを振り返りアリシティアが飛び降りてきた回廊の2階を見上げた。

 回廊の上はバルコニーになっている。
そこには貴族のお忍びといった服装の、長身男性が立っていた。

 長い黒髪を鎖骨下で緩く結び左側に流した男性は、手すりに左腕をつき頬杖をついている。彼の手には、小型の連射式クロスボウが握られていた。


 アリシティアが矢を放っている最中、回廊の上からも矢が飛んだのを、アルフレードは見逃さなかった。

「じゃあ、あれは?」

 アルフレードは回廊の上を、視線で指し示す。
 アリシティアがアルフレードの視線の先を見上げると、ベアトリーチェがアメジストのように美しい紫の目を細め、ひらひらと手を振った。

「あれ? あれは、ただの通りすがりのオニイさんじゃないかしら?」

「手に君と同じ、自動の小型弓を持っているようだけど?」

「まあ、すっごく奇遇ですねぇ」

 あまりにも白々しくアリシティアが答えた時、不意にベアトリーチェが弓の先をアルフレードに向けた。

 その刹那。ヒュッと空気を割く音が二度して、矢がアルフレードの横を通り過ぎた。

「ぐぁっ!!」

アルフレードの背後で、新人の護衛に低木の背後から引き摺り出された男が短く呻いた。
男の両足の太ももには、それぞれ矢が一本ずつ突き刺さっている。




 新人の護衛がロープを手に取ろうと一瞬目を離した隙に、その男は逃げ出そうとしたようだった。

「ねぇ、ドール。今のは?」

 アルフレードの問いに、アリシティアはにっこりと微笑んだ。

「きっと、通りすがりの親切なオニイさんが、襲撃犯が暴れないように、助けて下さったのですね」

「その通りすがりの親切なオニイさんは、私には錬金術師の塔に軟禁されてる筈の魔女のオネエさんにみえるんだけどね?」

「まあ、そんなの気のせいに決まってます。だってほら、男性の服を着てますもの。ねっ?」

 アリシティアはこてんと首を傾げた。

ピンクブロンドの髪が揺れる。
ブルーグレイのアーモンドアイに、けぶるようなまつ毛、ぷっくりと艶のあるチェリーのようなくちびる。

 変装すると可愛いさとあざとさが倍増する自称悪女の妹は、アルフレードに本当のことを話すつもりなど、さらさらないらしい。




─── まあいいか。後で叔父上に聞こう。


 アルフレードはなんとなく馬鹿らしくなって、追求するのをやめた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。