〖完結〗強欲令嬢ですが、誘拐事件に巻き込まれたら黒幕な王子様に捕まりました。

つゆり 花燈

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生とはいったいなんだろう

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 ………なぜ私はふらふらと出歩き、こうもあっさりと攫われてしまったのかしら?

 馬鹿なのかしら。うん、馬鹿なのね。真昼間だし、治安の良い城下の孤児院に慰問に行くだけだから、護衛すら連れて来なかった。



 連れ込まれた部屋の寝台の上で恐怖と戦いながら考える。

 多分、ここは空き家か何かだろう。
 私をこの部屋に連れ込んだ男は、仲間が来たのか部屋の外が騒がしくなり、すぐに部屋から出て行った。




 壊れた馬車が道を塞いでいて、侍女が様子を見に行った合間に攫われるなどという、誘拐の定番に引っかかるなんて。



 侍女や御者が無事だといいのだけれど…。

 こうなれば、とにかく大人しくしよう。まあ、動こう 思っても動けないけれど。とにかく、大人しくして、黒幕の顔さえ見なければいい。
 そうすれば何もなかったかのように、返してもらえるはず。


 ……そんな風に、プライドだけで恐怖を押し殺して必死に耐えていたのに。



 ──────どうしてこんな事に









 私の胸にエリアス殿下が顔を埋め、胸の膨らみにちくりと何度も痛みが走る。

 何をされているのか見当もつかない。

 飲まされた薬のせいか、恐怖は鳴りを潜め、快楽に蝕まれていく。
 それがあまりにも虚しくて、また涙が溢れた。


 エリアス殿下にとっては、私は綺麗に殺す価値すらない女だったのかと…。



「……泣くなよ、既成事実歓迎なんだろ?」


 ふと顔をあげたエリアス殿下が、私の泣き濡れた顔を見て、一瞬戸惑ったような声をだした。私は今、きっと無残な顔をしている。



「既成…」

 思わず記憶を探る。ああ、確かに言った。でもあれは、アルフレード殿下にだ。

 なんにしろ、結局は私を殺すなら、既成事実などなんの意味もない。それとも、私が慰み者にされて殺されたという事実が、王太子派のマクレガー公爵家を貶めるということだろうか。

 確かに、跡取り娘が誘拐されて犯されて殺されるなど、公爵家にとっては物凄い醜聞だ。きっとありもしない背びれ尾びれが盛大についた噂に、繊細なお母様など、社交界に顔を出せなくなるどころか、伏せってしまわれるだろう。お父様だって、謂れのない誹りを受けるに違いない。




 快楽に覆い尽くされそうになる思考の欠片を手放さないように、私は必死に考えた。



 殿下の手が私のスカートにかかる。パニエも何も身につけてはいないから、彼の手の動きを阻むものはない。

 ふくらはぎから太ももを撫で上げて、下着の上を大きな手が撫で上げた。

「ふっ…んん」

 小さな嬌声に泣き声が混ざる。
 そんな私の姿を見下ろして、殿下の肩がピクリと揺れて、手が止まった。


 瞬間、大きな音と共に扉が開く。








「はぁ? 何これ、何してるの?!」

「いや、これは…」

 私の身体の上から跳ね起きた殿下が口を開きかけた時。



「この、腐れ外道!!」

 鈴を転がすような可愛い罵声が響いたと同時に、ヒュッと空気を切る音がして、黒い蛇のような物が鋭い打撃音と共に、まさに今、私の体を暴こうとしている男の背に叩きつけられた。


 エリアス殿下の喉から、「ぐっ」と、苦しげな声が零れる。彼が反射的に背をそらせた時、今度は黒い影が彼の体に巻きつき、その身体を寝台から引きずり落とした。


「私の目が黒いうちは、生悪役令嬢レティシアさまに乱暴なんてさせないからね、この強姦魔が!!」



 乱入者の存在に、目を見開いた私は必死に体に力を入れて、何とか首を横向きにする。

 殿下の身体には黒い革紐が巻きつき、その黒い革紐を視線で辿ると、馬の調教用の長い鞭を手に持った、ブルーグレイの瞳にピンクブロンドの少女が立っていた。

 だが、出来の良い人形のような完璧なその姿は、どこか見覚えがある。


 少女はずかずかとエリアス殿下に歩み寄ったかと思うと、おもむろにその足先を殿下に向けて振り上げ、次の瞬間、容赦なく座り込んだ彼の背に叩き込んだ。

 エリアス殿下の口から、潰れたカエルのような呻き声が漏れる。



「……お前の、目は、黒じゃないだろ…」

 殿下は痛みに呻き、床の上に転がりながらも、なんとか声を出す。


 ……今そのセリフ必要?


 いや、それよりも、なんだか聞き捨てならない呼び方をされた気がするわ。

 生悪役令嬢ってなに? 悪女の事?
 何故『生』がつくの?! などと思っているうちに、少女は私の側にやってきて、太ももまで捲れ上がったドレスを直してくれた。
 そして、私の胸元を整えようとして、その動きが止まる。

 少女の視線は、胸に注がれていた。
 数秒沈黙した後、胸元の生地を直して、少女は痛々しげに私の泣き濡れた顔を見た。

「来るのが遅くなり申し訳ございません。怖かったでしょう? でももう大丈夫ですので、ご安心くださいませ、マクレガー公爵令嬢。悪い奴は全て捕らえました」

 少女は震える私に微笑みかけた。誰をも魅了するような笑顔を向けられて、私の鼓動が一際大きくなった。
 私から視線を外し、少女は再びエリアス殿下に視線を移す。

「このクズ!!」

 少女がまたも足を振り上げる。だが次の瞬間、少女の体は後ろから現れた新たな人物に拘束され、ふわりと宙に浮いた。

「え?」

 あまりにも訳が分からない展開に、思わず間の抜けた声が出た。


「どうどう。落ち着いて、ドール」


 暴れ馬を宥めるように、少女をドールと呼びながら、彼女を拘束…いや、抱きしめている青年の姿に、思わず「えっ?」と声が零れた。



 そこには、こんな所にいる筈もない人物がいた。影で私が『声で女を妊娠させる男』とか、『歩く腹黒媚薬散布機』とか密かに呼んでいる、社交界の花、ルイス・エル・ラ=ローヴェル。彼はまるで小説に出てくる暗殺者のように、体にそったシンプルな黒い服にマントを纏い、腰に剣を帯き、怒れる少女を後ろから抱きしめている。


 なんというか、普段の貴族然とした服装よりも、さらに色気増し増しで、鼻血が出るかと思うほどに、殺人級に艶かしい。


「ごめんね、レティシア様。僕の婚約者と従兄弟が騒がしくて。気分はどう?」

「最…悪です」

 思わずと漏れた本音に、ルイス様の腕の中のドールと呼ばれた少女が大きく反応した。

「ご安心くださいませ、マクレガー公爵令嬢。このような事が二度と出来ない用に、この私が責任を持ってこの強姦魔を宮刑に処します」

「…宮刑って?」


「ああ、女性に無体を働けないように、この男の股間にある汚らしい猥褻物・・・を切り落とす刑罰ですわ。陛下の後宮で宦官として使って頂きましょう」


 我が国に宦官はいない…。


 ……いや、そんな事はどうでも良い。今このお人形さんから、とんでもなく下品な台詞が聞こえたような……。

 そして、お人形さんが手に持って、くるくる回している切れ味の鋭そうなダガーナイフは一体どこから??



「ダメだよ、ちゃんと止血処置ができるところじゃないと、エリアスが死んじゃうから。ね?」

 そういってルイス様は、お人形さんを後ろから抱きしめて、嬉しそうに髪にこめかみにとキスしている。

 いや、そうじゃないだろう。あれ?そうなのか? 恐怖も緊張も何もかもぶっ飛んで、なんだか訳がわからなくなってきた。

 なんだこの、緊張感のかけらもない、馬鹿みたいなデロ甘空間は。私は今、誘拐されていて、凌辱され殺されかけていたのだけれど…。



「それに、私刑は禁止されてるから。ね?」


 ルイス様はお人形さんを、どろっどろに蕩けた瞳で、これでもかと言うくらい愛しげに見つめているが、肝心のお人形さんは、そんな彼の様子など全く気にも止めず、エリアス殿下しか見てはいない。

 しかも、切り落とすのに邪魔だから、自分でパンツを脱げ等と、恐ろしすぎる言葉を殿下に向けて吐き捨てている。



 あれ?いや、でも…。今『僕の婚約者』って言った?

 鞭でエリアス殿下を拘束した、この怒れるお人形さんは…。



「アリシティア様…?」


 私に名前を呼ばれて、アリシティア様は目を見開いて私を見た。

「生悪役令嬢のレティシア様が、モブ中のモブな私の名前をご存知だなんて」 




 …また生って言った。生って何?

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