上 下
6 / 15

強欲令嬢の事情

しおりを挟む
「で? 君は今日もまた兄上を追いかけ回して来たのか?」

 エリアス殿下が唐突に話題を変えた。

「追いかけ回してなどいませんわよ。失礼ですわね。釣書をお渡しに来ただけです」

「別に兄上なんて好きでもなんでもないくせに、毎回毎回よくもまあそこまで頑張るな」

「あら、大好きですわよ。王太子殿下の地位も権力も富も、姑がいないところも。殿下は仕事もできて妻にご自分の仕事を押し付けることもないでしょうし、何より気心がしれておりますでしょう? どうせ、愛のない結婚をするなら、せめて気安い関係の方が良いではありませんか」

 私の打算まみれの視点が気に入らなかったのか、エリアス殿下は不愉快そうに顔を歪めた。

「それだと俺でも同じじゃないか? いつも言ってるだろう、いい加減兄上は諦めて俺にしとけ」

「まあ、図々しい。殿下は御自分をアルフレード殿下と同価値だとでも?」

「いや、流石にそれは…」

 大げさに反応してみせると、エリアス殿下はほんの少したじろいだ。そもそも、殿下は毎回似たような事を言う割に、一度も我が家に、彼からの正式な婚約の申し込みがあった事はない。
 まあ、それはそうだろう。彼はずっとある方の婚約が破棄されるのを待っているのだ。いや、待っていたと言うべきか。たとえ王子であろうと、あっちが絶望的だからこっちと言われるほどには、我が家はお安くは無い。

 だいたいどう考えても、アルフレード殿下とエリアス殿下では雲泥の差がある。

 アルフレード殿下の亡きお母様は、隣国の末の王女だ。ついでに言えば、エヴァンジェリン殿下は現在の正妃の娘で、正妃は序列第六位の公爵家の出だ。ルイス様のお母様は王妹で、ご自身もとてつもなく豊かな領地と侯爵位をお持ちで、さらに彼の後見人は王弟殿下だ。

 それに比べて、エリアス殿下のお母様は、子爵令嬢として育ち、側妃に召された後、殿下を生んで数年で儚くなられた。彼女はエリアス殿下に何一つ残してはいないだろう。殿下が王太子のスペアと言う立場でなければ、生き残れたかどうかも怪しい。

「だいたい、お持ちの資産からして、大きな差が出ますでしょ? わたくしはどうせ愛の無い結婚をするなら、夫の権力や富に寄生して甘い汁を吸って生きたいのです。間違っても、夫に私の権力や富に寄生されて、甘い汁を吸われたい訳じゃありませんの」

「あのなあ、俺は一応第二王子なんだが?」

「まあ、腐っても王子という所かしら? ですが殿下の前後には、笑顔で人を殺す我が国最凶の王太子と、天然素材ゆえに民に絶大な人気を誇る第一王女に、兵器レベルの色気を撒き散らして、歩くだけで全方向に致命傷を与えている魅惑の侯爵様がいらっしゃいますでしょ? わたくし、出がらしで絞りカスの平凡王子に寄生されるなど、まっぴらですわ」

「愛し愛される関係が理想なんじゃなかったのかよ」

「は? 一体どこにわたくしに都合の良い愛が転がっていると?」

「だってレティシア、お前俺が好きだろう?」

 エリアス殿下がニヤリと意地悪く笑った。そんな顔もとてつもなくカッコよくて、私はそれが不愉快で、殿下を思いっきり睨みつけた。だからこの男は嫌なのだ。


 私は一方通行の愛などお断りだ。寂しいし虚しい。何よりも自分の愛する男が、自分の夫となってなお、別の人に心を残す姿を見るなどまっぴらだ。ただでさえ強欲令嬢、高慢令嬢などと呼ばれているのに。いや、それは事実だから別に良い。
 だが、嫉妬で日々苦しみ、返されない想いに苛立つなど最悪だ。私は間違いなく救いのないほどに嫌な女になる。私はかれに愛されなくとも嫌われたくはないのだ。



「寝言は寝ておっしゃって。せっかくの爽快な気分が台無しなので、わたくしもう行きますわね」

「爽快って?」

「アルフレード王太子殿下が振られた話をたまたま耳にしましたので、日頃の仕返しに、思いっきり王太子殿下の目の前で高笑いしてきてやりましたの」


「レティシア…、お前よくもそんな命知らずな事を…」

「あら、流石の最凶王太子でも、失恋を笑ったくらいでは、序列第三位の公爵家の跡取り娘を暗殺したりはしませんでしょ。そもそも、アルフレード殿下はかのご令嬢をたしかに気に入ってはいらっしゃったけれど、あくまでも気に入る程度。後は殿下にとっての条件が良かっただけ。愛してなどいらっしゃらなかったでしょう?」

「まあ、俺もそうは思うが、ああ見えても、計算通りにいかなかった事にはショックを受けてるからな。10倍返しは覚悟しとけよ」

「まあ、怖い。せいぜい気をつけますわ」

 私の呑気な返事に、エリアス殿下は苦笑した。

「ああ、気をつけると言えば、王太子派の令嬢が薬を盛られて誘拐されているのを知っているか?」

 庭園の出入り口に向かってあるき始めた私の後ろをエリアス殿下がついてくる。人を連れ歩くのを好まない私は、馬車とめ近くの待合室に侍女をおいてきている。きっとそこまで私を送ってくださるのだろう。なんだかんだ言って、この方は昔から優しいのだ。私の気分はほんの少し向上した。

「あら、あの噂は本当の話でしたの? 被害者の名前が一度も具体的に出ないので、まゆつばかとおもっておりましたわ」

「あれはご令嬢への注意喚起として、被害者の名前を伏せて流した噂だ。あと、こちらが実情をつかんでいるという、犯人側への警告かな。今はまだ被害にあっているのは、裕福な王太子派の伯爵家以下のご令嬢だが、この先兄上の婚約者候補の女性が狙われる可能性が高いと俺たちはみている。レティシアも十分に気をつけろ」

 いつになく真剣なエリアス殿下の声音に、私の胸がわずかに騒いだ。だが、ベンチに座り本を読む、リーベンデイルの人形のように美しい少女の姿を目にして、思わず足を止めた。

 そんな私の視線の先をみて、エリアス殿下がわずかに表情を歪める。その表情の意味するところは私にはわからなかった。
 だが、この先の殿下の行動ならわかる。

「レティシア、俺は用があるから今日はここで。気をつけて帰れよ」

 予想通り、彼はアリシティア様の座るベンチに向かって歩き出した。そして、彼女の側まで行くと、とても不自然な位置で立ち止まった。彼女が座るベンチの隣に座るわけでも、正面にたつわけでもない。彼女からほんの少し離れた中途半端な斜め前の不自然な位置。

 顔を上げたアリシティア様をみて、その不自然な位置に殿下が立った理由に思い至った。先程まで日にあたっていたアリシティア様が日陰にいた。
 エリアス殿下は、彼女が眩しくないように、シミひとつない彼女の美しい白い肌に直接陽の光が当たらないように、彼女が殿下の影に入る位置に立ったのだ。私は彼にそんな扱いをされたことなど一度もない。

 胸がギュッと痛くなるのを感じた。やはり政略結婚には愛など必要ない。どんなに好きな相手でも、身体しか手に入らないなら私はいらない。これほど惨めな思いを死ぬまで抱き続けるなど、絶対に嫌だ。



 そんなことばかり考えて帰路についた私は、エリアス殿下の注意喚起など綺麗さっぱり忘れていた。

 そして注意を怠った馬鹿な私は、その数日後、見事薬を盛られて誘拐されてしまったのだ。だが、そんな私を救ってくれたのは、あまりにも予想外の人物だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら冷徹公爵様と子作りの真っ最中だった。

シェルビビ
恋愛
 明晰夢が趣味の普通の会社員だったのに目を覚ましたらセックスの真っ最中だった。好みのイケメンが目の前にいて、男は自分の事を妻だと言っている。夢だと思い男女の触れ合いを楽しんだ。  いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。  監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。  元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。  しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。 「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

嫉妬は深愛のはじまり〜報復として結婚させられたら皇太子に溺愛されました〜

二階堂まや
恋愛
令嬢ロザーリエは嫉妬深さが災いし、大国の王子ヘンリクから婚約を解消されてしまう。 他方、皇太子ヴラジスラはヘンリクの妹テレサを泣かせたことにより、テレサとの婚約破棄が決まる。 兄妹は腹いせに、ロザーリエとヴラジスラを無理矢理結婚させてしまう。 嫉妬深い女と粗暴な男の結婚。誰もが皆、最悪の組み合わせだと噂した。 しかし意外にも、夫婦生活は幸せなもので……? +ムーンライトノベルズにも掲載しております。 +2/16小話を追加しました。

酔いどれ悪役令嬢は今日も素面で後悔する【R18】

ひとまる
恋愛
メルティはある日突然前世を思い出し、自分は恋愛ゲームの悪役令嬢であることを自覚する。しかし前世の自分は内気であがり症。その影響か、今までのような傲慢な態度や悪役らしい行動をとることに抵抗が出てしまう。しかし物語を進めるためには自分の悪役は必要不可欠であり、思い悩んだメルティは強めのお酒を一杯煽り、悪役に徹するようになる。「あああ、何てことを言ってしまったのかしら。これで合ってる?大丈夫ですの?言い過ぎではなくて?」素面では悪役令嬢としての言動を大いに後悔しており、攻略対象であるメルティの婚約者キースリンデは、そんなメルティが気になるようになり──!?「この…可愛い生き物は一体何なんだっ!!!!」酔いどれ悪役令嬢×王太子のラブコメディ※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています

【完結・R 18】気づいたら異世界でした

カヨワイさつき
恋愛
毎日終電ギリギリまで働いていた、ユリは30歳の誕生日を迎えた日過労で亡くなってしまった。 夢うつつで願った事が、神様の勘違いでとんでもないことに……。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

処理中です...