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政略結婚のススメ

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 ルイス様が困ったように微笑んで口を開きかけた時、庭園に怒りを含んだ声がひびいた。


「またそんな事を言っているのか。そもそも王族であるお前が、あからさまに政略結婚を否定するなどと、教育をし直すべきだな」

「エリアスお兄様…」

 王女が小さく震え、助けを求めるようにルイス様の腕にすがりつく。
 声の方を見ると第二王子であるエリアス殿下が、騎士服を着て不機嫌そうに立っていた。

「ルイスとの距離が近すぎだと、何度も兄上から注意されているだろう。ルイス、お前も不用意にエヴァンジェリンを近寄らせるな」

「エスコートしてもらってるんだもの。これくらいの距離感は問題ないはずよ」

 王女がふるふると震えながらも、果敢に反論する。こういう健気な風に見える所もまた、彼女の人気の理由なのだろう。

「お前のエスコートは、腕に縋り付く事を言うのか。ルイス!!」

「はいはい。エヴァンジェリン、いくらエリアスが怖くても僕に縋りついちゃダメだよ。君は王女として、常に毅然としてみせないと。レティシアさまみたいにね」

「ルイス…」

 全方位にむけて、媚薬を散布する男の被害者とも言える王女は、ルイス様に微笑まれて、恋する瞳で見つめている。相手には婚約者がいるというのに、自分の気持ちはいつか受け入れられると信じられる前向きさが、ある意味羨ましい。

「エヴァンジェリン、何度も言うがルイスには婚約者がいる。距離を間違えるな」

 エリアス殿下の言葉に、エヴァンジェリン殿下は傷ついた顔をする。だが、それでも大人しく引き下がらないのが、この王女様だ。

「王族だから、貴族だからって、自分の気持ちに素直になってはいけないなんて、そんなのおかしいわ。愛の無い結婚なんて不幸になるだけよ。ねえ、レティシア様もそう思うでしょう?」

 その話題をこちらにふるなと言いたい。だが、笑って誤魔化すなどという事は、この王女には通じない。そんな事をすれば、王女の意見に同意したとみなされてしまう。だから時として、彼女には自分の意見をはっきりと言う必要がある。

「わたくしは、貴族の結婚に愛は必要ないと思います。特に、政略結婚でありながら、片方だけに愛がある場合など、同じ思いを返されない事で、虚しく辛い思いをしますし、プライドだって傷付きます。その方が悲劇を生むでしょう」

「えっ…だって」

 王女が驚いたように私を見た。なぜ同意が得られると思うのか。

「わたくしは公爵家の娘ですもの。わたくしの為に、どれほどの財と労力が使われているか理解しております。ならば、それに相応しい方と婚姻を結び、国と領民と家に貢献するのは当たり前のことかと。もちろん、わたくしも女ですから、愛して愛される関係は理想ではあります。ですがそのような関係になれた相手が、領民と我が公爵家に利益をもたらすかはまた別の話」

「だったら、利益がある相手なら恋愛結婚でも問題ないと思わない?」

 そんな夢のようなお話は、現実には殆ど転がってはいないのよ王女様。

「政治的なバランスに問題無ければ…。確かに」

 まあ、既に婚約者がいる相手を略奪する気満々で、罪悪感すら抱かないのは問題外だがな。などと考えはするものの、もちろん口にはしない。

「ねえルイス、貴方はどう思うの?」

 王女にすがるような目を向けられ、ルイス様は自嘲するかのように笑った。

「政略結婚の重要性はわかってはいるよ。それでも、僕自身は愛している人と結婚したいと願ってしまう。僕は自分勝手だから。それがたとえ、レティシア様の言うような一方通行でも。身分のせいでそれすら叶わないというなら、爵位を譲る事も考えるだろうし、逆に今以上の位を望むかもしれない。とはいえ、僕には国に対して背負うべき義務があるから、僕の一存では自由にはできない」

 難しい問題だねとルイス様はほんの少し寂しそうに笑った。その表情が持つ意味が少し気になったが、ルイス様の心情など心底どうでも良いので、聞き流すことにした。

 だが、エリアス殿下は聞き流せなかったのか、「口ではなんとでも言える」と、わざとらしく鼻で嗤い、ルイス様に冷たい視線を向けた。あからさまなその態度を不快に思ったのか、ルイス様は睨むようにエリアス殿下を見返した。

 ああ、面倒だ…。なぜ私はこんな濃い面子に囲まれているんだろう。せっかく、普段はやられっぱなしのアルフレード殿下を笑い飛ばして気分爽快だったのに。

 周囲に目をやると、エヴァンジェリン殿下の護衛の二人と目があった。二人とも即座に私から視線を逸らす。「頼むから、こっちに話を振るな」といわんばかりの、あからさまな態度だ。

 仕方がない。




「それよりも、エヴァンジェリン殿下の侍女が迎えにいらしたようですわよ。この後ガゼボでお茶をなさるのでは?」

「早よ、どっか行け」の意味を込め、侍女がやってきた方へと視線を向けると、王女はほっとしたように、ルイス様の腕に手を添えた。

「そうね。行きましょうルイス」

「ああ、ではまたね。レティシア様、エリアス」

「ごきげんよう」

 エヴァンジェリン殿下は早く逃げたかったのか、挨拶もなくルイス様を連れて去っていった。





 去っていく王女達の後姿を見て、エリアス殿下が「はーーっ」と深くため息を吐き、短かめのアッシュグレイの髪の毛をガシガシとかく。その姿が可愛く見えてしまい、思わず笑みが零れた。

「そんなあからさまな態度をとるなど、王女殿下のマナーをどうこう言えませんわよ、エリアス殿下」

「まあ、ここには俺と君しかいないから良いだろ」

「確かにわたくしは、今更殿下がどのような態度でも気にはしませんが…。殿下は先程のルイス様に何か思うところでも?」

 王女というよりは、エリアス殿下はルイス様に不満があるように見えた。

「いや、あいつ…。あんな風に言ってはいたが、自分が婚約者と婚約する時は、父上に泣きついたんだぞ? あいつの婚約者は伯爵令嬢なんだが、俺や兄上が彼女と婚約するには身分が違いすぎるし、彼女に後ろ盾が無い為に王妃には向かないから、自分が婚約するってな」


 へぇ、初耳だ。

 ルイス様のご婚約者は、王族ではないのに、唯一この庭に自由に立ち入る事を許された、アリヴェイル伯爵令嬢のアリシティア様だ。アリシティア様は王子二人の婚約者候補でもあったのか。

 確かに、彼女はリネスの女神の血を引くと言われる夜明け色の瞳を持っている。王妃として王子の隣に立てば民からの熱狂は如何程のものか。

「まあ…」

 私はわざとらしく驚いてみせた。実際驚いてはいるのだが、面白い話を聞いた。ルイス様、国王陛下に泣きついたのか。




「こういってはなんですが、ルイス様は子供の頃から王女殿下の勉強相手という名の婚約者候補でしたし、王女殿下と仲がよろしいでしょう? ですから、ルイス様のご婚約は、彼が王女殿下と出会う前に、彼の意思とは関係なく結ばれた政略結婚なのだと思っておりました」


 ルイス様が望んだ婚約なのに、何故彼はアリシティア様を存在しない者のように扱うのか。



 私はアリシティア様がエリアス殿下と一緒にいて、彼女の夜明け色の瞳に、エリアス殿下が微笑みかけるのを何度もみた。


 だが、彼女とルイス様が一緒にいらっしゃるところは、アリシティア様のデビュタントでしかみた事がない。
 あの夜、ルイス様はアリシティア様を溺愛するかのような態度をとってみせた。だが、あの男の事だから、彼が王太子ではなく、正妃の一人娘であるエヴァンジェリン殿下側につくという噂を消す為だけの、政治的なアピールだとしか思えなかった。





 ルイス様が何を考えているかはともかく、彼女のデビュタントの時の態度から、やはり彼はエヴァンジェリン殿下ではなく、このままアリシティア様と婚姻を結ぶ事を選んだのだ。





 アルフレード王太子殿下ではないけれど、私はずっと、エリアス殿下こそがアリシティア様の婚約が破棄されるのを待っているのだと思っていた。

 けれど、エリアス殿下が彼女を手に入れられる望みは、もうなくなってしまった。
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