上 下
4 / 15

傍迷惑な天然素材と歩く媚薬

しおりを挟む
 目の前で可愛らしい笑みを浮かべる第一王女であるエヴァンジェリン殿下は、庇護欲をそそる程に華奢で美しい。だが天真爛漫とか、純粋無垢とか言えば聞こえは良いが、全くもって空気を読まない我が道を行く人だ。

 王と王妃の王女教育はどうなっているのだと、机を投げ飛ばしたくなる程に、彼女はどんな時も常に自由だった。

 淑女というには程遠く、羨ましい程に感情を全面に出す。私も仲の良い人との、私的な場所ではかなり自由ではあるが、彼女は公的な場でも、そのスタイルを崩さない。よくそれで社交界の荒波の中で生きていけるなとは思うのだけれど、彼女の周囲には彼女を守る男達と、取り巻きがウヨウヨいるから、まあ大丈夫なのだろう。

 ただ、王族として彼女を外交の場に出すとなると、宰相あたりがハゲ散らかすくらいには、危なっかしい。
 とてもではないが、他国に嫁に出したりはできない。間違いなく戦争になる。

「お久しぶりね。楽にしてちょうだい。マクレガー公爵と公爵夫人はお元気?」

 おや?と思いながら頭を上げ、ああ…と、内心納得した。


 彼女の隣には、婚約者がいるにもかかわらず、王女の恋人候補と言われているルイス様がいた。男性でありながら、彼のその美貌は社交界随一だ。
 王女は王女なりに、好きな人の前では周囲に気を配って、とり繕っているのかもしれない。

「ええ、元気にしております。王女殿下にお気遣い頂けたと知ると、父も母も喜びますわ」

 はっきり言って、さっさとどこかへ行って欲しい。会話を続けるつもりはないという意味を込めて言葉を切る。
 そんな私を見て、ルイス様がクスリと笑った。



「レティシア様は、今日もアルフレード殿下にいつもの用事?」

 ほんの少し垂れた目を細めて、ルイス様は胸焼けしそうな程の微笑に、甘ったるい声で話しかけてくる。

 いやもう、本当にやめて欲しい。耳が妊娠する。

 本人にそのつもりはないのか、あるいは人を惑わす程の顔と声の良さをわかっていてやっているのか。ある意味、王女はこの男の一番の被害者かもしれない。
 傍迷惑にも全方位に向かって色香を振りまくこの歩く媚薬は、王弟殿下の次に得体が知れない。

こんなにも胡散臭いのに、こいつの顔が良いせいで、絶対世間は騙されている。顔が良すぎる男は信用してはならない。これ絶対。


「ええ。お断りのお手紙を頂くまで、全てにおいて、いつも通りですわ」

 ルイス様と会話をかわしながら、チラリと王女の後ろの護衛を盗み見る。筆頭公爵家であるオルシーニ家の三男レオナルド様に、近衞隊のマスコット、アウトーリ伯爵家の次男リカルド様がいた。


 レオナルド様もルイス様と共に、社交界で王女の恋人候補と噂されてはいるものの、王女と特別親しい訳ではない。
 レオナルド様が王女の恋人候補と言われている理由は、彼が隣国の王の姪である現オルシーニ公爵夫人の一人息子だからだ。

 よくまあ王の姪が、筆頭公爵家とはいえ、他国貴族の後妻になど入ったなとは思うが、恋愛結婚だったらしいから、そういう事もあるのだろう。

 とはいえ、そのせいで前妻の息子である二人の兄に蛇蝎の如く嫌われ、何度も殺されそうになったレオナルド様は気の毒としか言いようがない。ただ、常に命の危険に晒されていたせいか、彼の危機察知能力は、恐ろしいくらいずば抜けている。


 現に今も、私がほんの少し視線を向けただけなのに、半歩下がり剣の柄に手を置いたのを私は見逃さなかった。全く失礼な奴である。王太子の妻がダメなら、こいつを婿にしてやろうと、ほんのちょっと考えただけなのに。

 私の考えを読んだかのように、ルイス様が再びクスリと笑った。

「ねぇ、レティシア様。あまり無駄な事は止めておいた方が良いよ。後で全部君自身に返ってくるからね」

「それはどういう意味ですの?」

「そのままの意味だよ。アルフレード殿下は諦めて、君と公爵家に相応しい人と結婚すればって事」

 ピクリとこめかみが動く。ルイス様の言葉に、無意識に一人の男の姿を思い浮かべてしまった。だが、その考えを振り払う。彼だけはお断りだ。政略結婚は大歓迎だが、惨めな結婚は絶対嫌だ。
 思わず睨みそうになり、目を閉じ息を短く吐いた。





「それって政略結婚しろって事?」

 目を開けると、エヴァンジェリン王女が不満げにルイス様を睨んでいた。

「そうだね。そういう一面もあるね」

「そんなのおかしいわ。愛する人と結婚したいと思う事の何がいけないの?レティシア様はアルフレードお兄様を想っていらっしゃるのに、他の方との結婚を勧めるなんて酷いわ。そんな結婚は不幸にしかならないじゃない」

 どうやらこの純粋な王女様には私がアルフレード王太子殿下を愛しているように見えるらしい。

 たしかに、懲りもせずに何度も王太子殿下の元に、自らの手で釣書を持ち込んでいる話を聞けば、この素直な王女がそう思うのは仕方のない事だ。
 だが、話の裏を読まないにも程がある。王族としてどころか、貴族としてもダメだろう。

「そうとも限らないよ。お互いに尊重し合う気持ちがあれば、うまくいくんじゃないかな。それに、国を安定させる為にも、貴族の家同士の結びつきはとても重要だと思うよ」

「だから貴方も、愛してもいない人と結婚するの?」



 思わず息を呑んだ。私は扇子を忘れた事を心底後悔した。
 よりにもよって、私という赤の他人がいる前で何を言い出すのだ、この王女様は。お前達の恋愛事情などどうでも良いが、婚約者がいる男に、人前でそんな事を聞く事がどういう事か、この王女は考えた事があるのだろうか。


 扇子で顔を隠せないのが辛すぎる。下手に笑うと、頬が引き攣りそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら冷徹公爵様と子作りの真っ最中だった。

シェルビビ
恋愛
 明晰夢が趣味の普通の会社員だったのに目を覚ましたらセックスの真っ最中だった。好みのイケメンが目の前にいて、男は自分の事を妻だと言っている。夢だと思い男女の触れ合いを楽しんだ。  いつまで経っても現実に戻る事が出来ず、アルフレッド・ウィンリスタ公爵の妻の妻エルヴィラに転生していたのだ。  監視するための首輪が着けられ、まるでペットのような扱いをされるエルヴィラ。転生前はお金持ちの奥さんになって悠々自適なニートライフを過ごしてたいと思っていたので、理想の生活を手に入れる事に成功する。  元のエルヴィラも喋らない事から黙っていても問題がなく、セックスと贅沢三昧な日々を過ごす。  しかし、エルヴィラの両親と再会し正直に話したところアルフレッドは激高してしまう。 「お前なんか好きにならない」と言われたが、前世から不憫な男キャラが大好きだったため絶対に惚れさせることを決意する。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

酔いどれ悪役令嬢は今日も素面で後悔する【R18】

ひとまる
恋愛
メルティはある日突然前世を思い出し、自分は恋愛ゲームの悪役令嬢であることを自覚する。しかし前世の自分は内気であがり症。その影響か、今までのような傲慢な態度や悪役らしい行動をとることに抵抗が出てしまう。しかし物語を進めるためには自分の悪役は必要不可欠であり、思い悩んだメルティは強めのお酒を一杯煽り、悪役に徹するようになる。「あああ、何てことを言ってしまったのかしら。これで合ってる?大丈夫ですの?言い過ぎではなくて?」素面では悪役令嬢としての言動を大いに後悔しており、攻略対象であるメルティの婚約者キースリンデは、そんなメルティが気になるようになり──!?「この…可愛い生き物は一体何なんだっ!!!!」酔いどれ悪役令嬢×王太子のラブコメディ※ムーンライトノベルズ様でも掲載しています

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

嫉妬は深愛のはじまり〜報復として結婚させられたら皇太子に溺愛されました〜

二階堂まや
恋愛
令嬢ロザーリエは嫉妬深さが災いし、大国の王子ヘンリクから婚約を解消されてしまう。 他方、皇太子ヴラジスラはヘンリクの妹テレサを泣かせたことにより、テレサとの婚約破棄が決まる。 兄妹は腹いせに、ロザーリエとヴラジスラを無理矢理結婚させてしまう。 嫉妬深い女と粗暴な男の結婚。誰もが皆、最悪の組み合わせだと噂した。 しかし意外にも、夫婦生活は幸せなもので……? +ムーンライトノベルズにも掲載しております。 +2/16小話を追加しました。

【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。 ※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。 ※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。

処理中です...