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甘い凌辱

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──────  私、殺されるのね



 たしかに、事件の黒幕の顔を見た脇役が殺されるのは、物語のセオリーだ。

 彼の姿を目にした私は、まるで人ごとのように、そんな事を漠然と考えていた。



 薬のせいなのか、思考は鮮明なのに体はとてつもなく重く感じ、自らの意思では、容易に動かす事が出来ない。大きな声でなければ話せるし、少しくらいなら体を動かせるかもしれない。だがそれだけだった。




 簡素な扉を背にした彼は、表情のない顔で、ただ私を見つめていた。彼がここにいる事に、恐怖よりも言いようのない胸の痛みを感じる。

 特別でもなければ美しくも無い、私の平凡でありふれたブラウンの目に涙が浮かんで零れた。



「……何故、貴方がここにいらっしゃるの?」

 わかりきった事なのかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。

「…俺は君に忠告したはずだが? 」

「忠告?」

「王太子派の家の令嬢が誘拐されているようだと。そして今後、兄上の後ろ盾になり得る程の権力を持つ婚約者候補の令嬢が、誘拐される可能性が高い。だから、十分に気をつけろと…」


 彼がゆっくりと、近寄ってくる。戦神の彫刻のように、しなやかで美しい長身のその男は、エリアス・オズヴァルド・ディ=クレッシェンティウス。我がリトリアン王国の王位継承権第二位の、第二王子。


 ずっと前に私が諦めた恋の相手。




「貴方が……一連の令嬢誘拐事件の犯人でしたの?」


 私の言葉に、エリアス殿下はほんの一瞬立ち止まり、少し間を置いて、皮肉げな笑みを浮かべた。だがその視線には、刺すような冷たさがあった。

「………そうだと言ったら?」


 彼は私が寝かされた寝台の上に乗り上がり、私の体に覆い被さる。鼻先が擦れそうになる程顔が近づいた。
 短めのアッシュグレイの髪が揺れる。

 日に焼けた肌に、ほんの少しつりあがった切長の目、高い鼻梁。深い海の蒼色の瞳が、私の瞳をじっと見つめる。

「……なぜこんな事を? 王太子派の令嬢を誘拐して一体貴方に何の利益があるというのです?」

「さあ、どう思う?」

「……王太子派を混乱させる為。もしくは王位を狙っている…」

「かもな」

「…貴方は、権力になんて、興味が無いと思っていましたのに」

 ゆっくりと呼吸し、もつれそうになる舌で言葉を繋ぐ。

「権力になんて興味はない。だけど、なんの後ろ盾もない身分の低い側妃の産んだ、兄上のスペアにしかなれない王子でも、欲しいもの位はある」

「欲しいもの…」

 エリアス殿下のその言葉に、いつも殿下の視線の先にいる、青紫がかった銀の髪に朝焼け色の瞳をした少女の姿が、ふっと脳裏に浮かんだ。

 伝説の人形師であるリーベンデイルが作った人形のように、繊細で儚げな、ただそこに存在するだけで人を魅了する美しい少女。

 だけど彼女は殿下ではない人の婚約者だ。



「……私を、殺すのですか?」

「一連の誘拐された令嬢の末路を知っているか?」

「…身代金を払えば、何も無かったように解放される。でも…」

「でも?」

「黒幕の顔を見てしまった者は、殺される……」

 私の答えのなにが面白かったのか、エリアス殿下は喉を鳴らして皮肉げに嗤った。

「世間知らずな公女様。誘拐の被害者が美しい女性や少年ならば、殺される前に陵辱される事が多い事も知っているか?」


 彼の言葉に体が震えた。同時に、エリアス殿下に胸を鷲掴みにされる。

「痛っ…」

 皮膚に彼の指が食い込み、彼の手の動きに合わせて、胸の形が歪に変わる。

「可哀想にな。あんたはここで、肩書きだけの凡人だの、優秀な王太子の搾りかすなどと見下していた奴に、犯されるんだ」

「見下した事など…」

 私の言葉はそこで途切れた。
 エリアス殿下が、息ごと奪い尽くすみたいなキスをしたから…。

 頬を手で掴まれて、口を開けさせられる。舌が口内を蹂躙し、呼吸すらも吸い取られ、歯列をなぞり、頬の内側から口蓋までこすりあげられて口内を犯される。

 もしかするとこのまま、窒息死するのだろうか…。そんな考えが頭をよぎったとき、不意に唇が解放された。唾液が銀の糸のように繋がって、プツリと途切れた

 反射的に大きく息を吸い込む。
 私を見下ろした殿下の青い瞳が僅かに弧を描いた。

「鼻で息をするんだ、公女様」

「窒息死させるつもりかと…」

「ああ、マニアックなことを知ってるな。首を絞められながらする行為は、死と隣合わせの中で、最高の快楽を生むそうだ」

「まさか…」

「確かめてみるか?」

 再び顔が近づいた。彼の吐息がかかるほど近く、心臓が早鐘を打つ。
 恐怖からか、緊張からか。

 彼の手が私の頬にそっと触れる。口内はあんなに熱かったのに、手は驚くほどに冷たい。
 青い澄んだ瞳は宝石のようで、間近に見える彼の顔はとても美しい。こんな時だというのに、私は息を呑んだ。


「泣いてる顔もそそるな」

 殿下は一度体を起こして、ポケットから小さな瓶を出した。中にはピンク色の液体が入っている。

「こぼさずに飲み干せよ」

「それは何…?」

「気持ちが良くなり、楽になる薬だ」

 口を開かせるように顎が固定され、片方の手で持った瓶を口に当てられ、液体を流し込まれた。

 ひんやりした液体は、僅かに甘くて、私は言われるがままに飲み下す。だがあまり体の自由が効かないせいか、口の横から飲み込みきれなかった液体が溢れた。

 それを殿下が自らの舌とくちびるで舐め取り、私の口の中に唾液とともに流し込む。
 先程と違い、ついばむように唇を合わせられ、しばらくすると、再び貪るように口付けが深くなる。熱いものが侵入して、私の舌を絡めとり、擦り付ける。脳がやけつく。

 静かな室内にお互いの唇から溢れた水音が響いた。口内が性感帯になったようだ。全身が熱く、彼からもたらされる快楽に、溺れそうになる。

 再び私が息苦しさにもがきそうになった時に、唇が離れ、彼の唇が頬から耳へと移動する。
 彼は私の耳に舌を這わせた。耳の周りを舐め上げられて、耳の中に舌を突っ込まれる。ぴちゃぴちゃと水音が鼓膜に直接響き、私は下腹部が甘く疼くのを自覚した。

「はっ…。思っていた以上だレティシア。口だけじゃなく、耳まで甘い」

 思わぬ言葉に、訳がわからなくなる。これから殺そうという女に、一時の甘い夢を見せてやろうとでもいうのか。

 ああ、でも…。私は絶望の中で自嘲した。そうだ、私はこんな風にこの男がずっと欲しかったんだ。
 望んでいたそれが、こんな形で手に入るなんて、皮肉すぎた。

「あっ…」

 いつも間にか、剥き出しにされ露出した胸の膨らみを、彼の手が下から持ち上げた。

「……ゃあっ!」

 唇が大きいとは言えない胸に降りていき、左胸の先端部分を甘噛みされる。熱い吐息がかかった。
 ちゅうっと薄紅色の突起を吸いあげられて、反射的に身体が小さく跳ねた。

「んっ、やあっ……」

 力の入らない手でなんとか振り払おうとするが、身体は自分の意思では動かせなかった。そんな私のことなどお構いなしに、彼は乳輪に舌を這わせ、こね、時折吸い付く。

 ちゅっ……と吸われていた胸から唇が離れると、唾液に濡れた胸の突起が硬さを持ち立ち上がっているのが自分でもわかった。

「硬くなったな。感じているのか?」

「そんな訳…」

「そうか、吸いやすくなった」

 笑うような甘い声が下から聞こえたあと、再び唇を塞がれた。





 これが、凌辱といわれる行為だとわかってはいるのに、彼の舌の動きに応えそうになるほど気持ちがいい。先程の液体は、きっと媚薬か何かだったのだろう。頭がぼんやりとする。恐怖が薄らぐ。
 欲望に忠実な私のあさましい体は、こんな事態であっても、この男を喜んで受け入れようとしている。あまりにも愚かな自分が滑稽で哀れで、再び涙が頬を伝って溢れ落ちた。





 ──────どうしてこんな事に





 ああ、でも……。

 多分きっかけはあの日の会話だったのかもしれない。
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