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みずいろの章 水樹

祝い事

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 結婚記念の写真は、リビングダイニングと桃子が主張する、小さな居間に飾られた。粗末な三段ボックスの上ではあったが、俺と桃子の晴れ姿は我が家の家宝のように鎮座している。その写真を見るたび、喜びと生きていく力が湧く。写真ってやっぱりすごい。

「へこたれそうになったら、ふたりでこの写真を見ようね。きっと元気がでるもの」
「そうだな。うん、俺もそう思う」
「おや、水樹くんにしてはやけに素直ですな?」
「茶化すなよ、先生が撮ってくれた写真だぞ。大事にするに決まってるだろ」
「あーはい、はい。そういう意味ですか」
「ついでに言うと、桃子も可愛いけどな」
「ついでなわけ?」
「嘘だよ。桃子は世界一可愛い」

 照れくさそうに笑う桃子を抱きしめながら、そっとキスをした。

「桃子と結婚できて、死ぬほど嬉しい」
「私も……」
「最高に幸せだって、世界中に叫んでやりたいぐらいだ」
「やぁね、水樹ってば」
「これからもずっと一緒だ、桃子。俺の傍を離れるなよ」
「ええ。共にいるわ。永遠に」

 共に生きていくことを改めて誓い、とろけそうなほど幸せな夜を過ごした。


 修行と仕事、アルバイトに励む日々が続いた。へとへとになって帰ってきても、桃子の花嫁姿の写真を見るだけで元気が出てくるのだ。
「おかえり!」と明るく迎えてくれる、桃子の笑顔も大きな支えだった。

 ほどなくして、桃子から「話したいことがある」と言われた。仕事とアルバイトを終えて、疲れきった体のまま夕食を食べていた時のことだ。

「あのね、あのね……」

 頬を赤く染めながら、桃子がもごもごと口を動かしている。物事をはっきり言う彼女にしては珍しい。

「なに? 何かあったの?」

 晩御飯のオムライスを頬張りながら、桃子の次の言葉を待つ。しかし、どれだけ待っても彼女の話が聞こえてこない。

「あれ? オムライスの中に何か入ってる……?」

 俺のために作ってくれた大きめのオムライスの中央にあったのは、白くてころんとした固まり。ケチャップ味の衣をまといながらも、初々しい清らかさを感じる。

「これって、うずら卵……?」

 桃子の顔がますます赤くなるが、その理由がわからない。
 うずら卵のフライは好物だけど、オムライスの中に、さらに小さな卵を仕込むって聞いたことがないぞ?

「それ見て、わかんない? 私が何を伝えたいか……」

 真っ赤になった桃子のなぞなぞタイムが始まった。
 桃子はあえてはっきりとは言わず、俺に何かを気づかせたいようだ。それはわかるが、オムライスにどんな秘密があるのか、疲れた俺の頭には解明できそうにない。

「えっと、卵の中に、さらにたまご。ということは……」
「ということは?」

 桃子が嬉しそうに、体を寄せてくる。

「ダメだ、さっぱりわかんねぇ」 
「なんで、わかんないのぉ!?」

 口をとがらせた桃子は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。わかりやすく怒る桃子が可愛かった。

「桃子様、桃子様、愚かな夫に答えを教えてくださいませ~」

 丁重にお願いしてみたら、桃子の視線がちらりとこちらを見る。軽く咳払いをした後に答えてくれた。

「しょうがないなぁ。いい? よく聞いてよ。卵をたっぷり使ったオムライスは、私が作りました。言わば私の分身みたいなもの。その中に小さなうずら卵を抱えているということは……?」
「ふむ。桃子の分身ともいえるオムライスの中に、別の小さなたまご。ってことは……?」

 ようやく謎かけの意味が、理解できた気がした。

「桃子、ひょっとしてお腹の中に、たまご、じゃねぇ、赤ん坊が……?」

 桃子の顔が再び、みるみる赤くになっていく。

「今日病院に行ってきた。『おめでとうございます』って言われちゃった。水樹に気付いてほしくてなぞなぞにしたのに、全く気付いてくれないんだもん」

 桃子は恥ずかしそうに呟いた。そこまで聞ければ、もう十分だった。

「やったぁぁぁぁ~!!! 桃子、すげぇぇ!」
「み、水樹。声のボリューム下げて。近所迷惑だよ?」
「だって、うれしくて!!」

 声を抑える代わりに桃子をそっと抱きしめた。お腹の子を驚かせてしまわないように、そっと優しく、つつみこむように。

「俺たちに、子どもができたんだな。俺と桃子が、父ちゃんと母ちゃんになるんだ」
「そうよ、水樹。私たち本当の家族になるの」

 まだまだ未熟な人間だとは思うけれど、それでも父と母になる。なんだか少しはずかしかったけれど、たまらなく嬉しかった。

「経済的には厳しいくなるけど、せっかく授かった命だもの。私、産んでいい?」
「もちろん!! 俺、がんばる。これからもっと、もっと頑張る!」
「頼みますよ、水樹パパ」
「パパ……うわぁぁ、俺がパパ!」
「水樹ってば、少し落ち着いて」

 くすくすと笑う桃子を優しく抱きしめながら、より一層頑張ることを、妻とお腹の子に誓ったのだった。


 桃子が妊娠したことを、青葉や高階先生にも報告した。どちらもとても喜んでくれたことが救いだ。
 青葉は一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を見せてくれた。

「おめでとう。桃子が望んだ本当の家族になれるわけだ。頑張れ、水樹」
「ありがとう、青葉」

 青葉の祝福の言葉が、何より嬉しかった。桃子を必ず幸せにすると、心の中で誓った。

 生まれてくる子供のため、俺はカメラの修行やアルバイトにさらに励んだ。生まれてくる赤ん坊のため、稼げるだけ稼いでおきたかったからだ。桃子も思いは同じで、お腹の子を守りながら働いた。

「俺が頑張って働くから、桃子は無理するな。お腹の子に何かあったら、どうするんだよ?」
「大丈夫、大丈夫。私も赤ちゃんもそんなに弱くないから」

 桃子は笑って答えていた。
 悪阻つわりはあるものの、普段と変わらない様子の桃子に、俺は安心していたのだと思う。
 毎日家事と仕事をこなし、アルバイトで遅い俺の帰りを寝ずに待ってくれていた。

「桃子、俺を待たずに先に寝ていいぞ? 自分のことは自分でできるから」
「だって水樹を待っていたいんだもの。ひとりで寝るのもさびしいしね」
「桃子……」

 妊娠がわかってからの桃子は、なぜだかさびしがり屋になってしまった。俺を確かめるように触れてきたり、意味もなく体をぴったりと寄せてきたりするのだ。それはまるで幼い少女のようで、妊娠による情緒不安定というものなのだろうか。とにかく、できるだけ桃子の気持ちに寄り添えるよう、配慮していくしかなかった。

「お腹に子どもがいて、大好きな旦那様がいて。すごく幸せなのに、ときどき不安になるの。なんでかな……」
「大丈夫だ。ずっと側にいて、一生守るから。心配するな」
「ん……」

 精一杯笑顔を浮かべる桃子が、切なく愛しかった。そっと抱きしめると、安心したように眠ってしまうこともあった。
 仕事を休んで、家で休息するように勧めたが、桃子は同意しなかった。

「子供のためにも稼がなきゃ。それに、家でひとりでいるのも、かえって不安になるもの」

 心配しつつも、桃子の気持ちを尊重することしかできなかった。

 桃子の仕事先から連絡を受けたのは、それからしばらく後のことだった。
 桃子が仕事先で倒れ、救急車で病院に運ばれたというのだ。
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