上 下
43 / 44
第四章 対 決

月明かりの求婚

しおりを挟む
 *

「さち! 無事で良かった!!」

 ぬらりひょんの屋敷に着いたとたん、真っ先に出迎えたのらろくろ首のおりんだった。豊かな胸元にさちを抱きしめ、愛しそうにすりすりとする。

「さち姐さん! おいら、心配で心配で、メシも喉を通らなくて……」

 さちの体に抱きついてきたのは、さちを姐さんと呼ぶ、一つ目小僧だった。

「そのわりに雑穀の粥を、わしわし食ってた気がするがなぁ?」

 さらりと嫌味を言ったのは、油すましだ。

「そ、そりゃあ腹は減るっす。ただいつもより腹七、八分ぐらいしか食べられなかったでやんす」
「それだけ食べれりゃ十分だ」

 食いしん坊で少しお調子者な一つ目小僧の変わらぬ姿に、さちはつい笑ってしまった。

「皆さん、お元気そうで……」
「元気なもんかい。さちが心配でたまらなかったんだから。九桜院家に襲撃に行こう! って一つ目小僧と相談してたんだよ」
「そうでやんす。おいらが悪党をこれでもかと殴り倒してやろうかと」
「おチビなあんたにそれができんのかい? 吹き飛ばされて終わりだろ?」
「おりんさん、それはないでやんす~! 実力はともかく、思いだけは強かったでやんす」

 子供のような姿の一つ目小僧が、蓉子を殴り倒せるとは思えなかったが、さちのことを思ってくれていたのはよくわかった。その思いが何より嬉しい。

「でもさ、さち。こうしてここに帰ってきてくれて、本当に良かったよ」
「そうでやんす。おいら、安心したら腹が減ってきやした!」

 早速お腹を鳴らし始める一つ目小僧に、一同は一斉に笑った。

(私、心から笑ってる。なんて幸せなことでしょう)

「おい、一つ目小僧。しばらくはふたりきりにしてやれ。ぬらりひょんとさちは正式に夫婦になるそうだからな」
「んまぁ! じゃあいずれお祝いしないとね! んじゃ、今日のところはこれで。お邪魔虫は、さっさと退散しないとね。さ、行くよ。一つ目小僧」
「さち姐さん~またハイカラ料理を作ってくれでやんすぅ~」
「このおりん様がパンケーク作ってやるからさ」
「おりんさんのパンケークはところどころ焦げてるでやんす」
「おだまり!」
「うわーん、おりんさんがぶったぁ」

 おりんにずるずると引きずられていく一つ目小僧を見送ると、さちは笑いながらも、目に涙がたまっているのを感じていた。

「皆様がお元気で良かった。ようやく帰ってこれた気がします」

 涙がこぼれ落ちる前に、さちは袂でそっとふき取った。

「あやつら、さちのことを心から心配しとった。またうまい食事でも作って、もてなしてやってくれ」
「はい。そうさせていただきます」
「さち、早速ですまんが、ほうじ茶を淹れてくれ。おぬしと一緒にわしの部屋で茶が飲みたい。さちに話したいことがあるからのぅ」
「はい、すぐにお茶をおもちしますね」

 はりきって、さちはお茶の準備をする。小さなことだが、さちには嬉しくてたまらないのだ。

「化け火さん、私、帰ってきました。かまどに火をお願いできますか?」

 さちがかまどをのぞきこむと、化け火はすぐに飛び出してきた。楽しそうにぱちぱちと、火花を散らす。化け火もさちの帰りを待ち望んでいたのだ。

「ありがとう、化け火さん。これからもよろしくね」

 化け火は、ぱちん! と大きめの火花をたてた。

 ほうじ茶を丁寧に淹れると、さちはぬらりひょんの部屋へと運んだ。
 
「ぬらりひょん様、お茶をおもちしました」
「入ってくれ、さち」
「はい」

 襖を開けると、ぬらりひょんが月明かりを背にあぐらをかいていた。
 ぬらりひょんの顔はいつになく真剣だった。

「話したいことがあるのだ」
「はい。どのようなお話しでしょう?」

 ぬらりひょんは穏やかに微笑み、さちの名を呼んだ。

「さち、ここへおいで」

 ぬらりひょんは、自らの膝あたりをぽんぽんと軽くたたくと、両の手を左右に開いた。

「さぁ、おいで」

 最初は意味がわからなかった。まるで愛猫を呼ぶように、さちを気軽に呼ぶのだから。

(おいで……って、私を呼ばれてる。そ、それって……)

 ようやく意味を理解したさちは、顔がみるみる熱くなっていく。

「嫌か? 少しばかり、おぬしの温もりを感じたいのだが」
「いや、ではございません……」

 さちはぬらりひょんの求めに逆らえそうになかった。恋しい人に求められて、拒絶できるはずがないのだから。

(以前おりんさんが言ってたものね。女は度胸って。女はどきょう、おんなは度胸……!)

 さちは呪文を唱えるがごとく心の中で、『女は度胸』を唱えながら、ぬらりひょんの近くまで歩み寄る。

「し、失礼致します、ぬらりひょん様」

 覚悟を決めて、ぬらりひょんの太ももあたりにちょこんと腰を下ろした。これが今のさちの精一杯だった。

「さち、もっと体を寄せよ。わしはおぬしの体温を感じたいのだ」

 ぬらりひょんは開いた両の手で、さちを背後から抱きしめた。その温もりを確かめるように、しっかりと抱え込む。

「さちの体は温かいのぅ……」

 ぬらりひょんはさちの温もりを堪能していたが、さちにはその余裕は全くなかった。

(ぬらりひょん様に抱きしめらてる。どうしよう、どうしょう……)

 みるみる熱くなっていくのを感じていると、ぬらりひょんはさちの耳元にささやいた。

「そう緊張せずともよい。おぬしの無事を今一度確認したいだけなのだ。さちがわしの元に帰ってきてくれて、本当に良かった……」

 さちの温もりを感じながら、ぬらりひょんは安堵の吐息をもらす。

「ぬらりひょん様、私もです。こちらへ戻ってこれて嬉しいです……」

 蓉子の術中にはまってしまったのに、よくここへ帰ってこれたとさちも思う。

「さち、わしの話を聞いてくれるか?」
「はい」

 ぬらりひょんはゆっくりと話し始めた。

「さち、我らあやかしは、いずれ幽世へ戻らねばならん。この日本という国は、今後もますます西洋化し、めまぐるしく変わっていくからだ。我らあやかしはその変化についていけぬ。だから幽世へ帰るのだ。ゆえに九桜院家との契約も終わらせるべきだと考えた。しかしそれが蓉子につけ入る隙を与えてしまった。今さら悔いても仕方のないことだが、もう少し用心すべきだった」
「でもそれはぬらりひょん様のせいでは」
「さちはそのように言ってくれるが、わしに責任が一切ないとも思えんのだ。一度人間の一族と契約を交わしたのなら、徐々に解消していくべきだった。しかしもう、事は起きてしまった。となれば、わしにできることは蓉子にこれ以上のことをさせぬようにしなくてはならん」

 ぬらりひょんは今後について、さちに話してくれているのだ。

「蓉子も今回のことで痛手を被ったから、しばらくは問題を起こさないだろう。だが未来はわからん。九桜院家を根城に、人間の世界に悪さをするやもしれぬ。わしはそれを阻止したいと思っている。そうなれば蓉子とて黙ってはいないだろう。場合によっては大きな戦乱になる可能性もある。わしはすでに覚悟を決めているが、問題はさち、おぬしのことだ」
「私のことですか?」

 ここで自分の名前が出てくるとは思わず、さちはつい聞いてしまった。

「さちの身の安全を思えば、おぬしをあわいの鬼の里か、幽世かくりよへ預けておくのが一番良いと思っているのだが……」
「そんな、嫌です! 私はぬらりひょん様と離れたくありません」

 ようやくここへ帰ってこれたのに、別の場所へなど行きたくない。さちは必死に懇願した。
 さちの頭を撫でながら、ぬらりひょんは小さく笑った。

「そうだな、困ったことにわしも同じなのだ」
「え……?」
「さちの安全を考えるのであれば、わしの屋敷から離れてもらったほうが良い。だがわしはもう、おぬしを手放したくない。さちが蓉子によってかどわかされたときに思い知ったよ。さちを誰より必要としているのはわしなのだと。改めて、おぬしに伝えたい」

 ぬらりひょんはさちを目の前におろすと、そのまま体の向きを変えさせる。さちはぬらりひょんと向かい合わせに座る形となった。
 ぬらりひょんの整った容姿が、さちの目の前にあった。
 驚くさちの目の前で、ぬらりひょんはさちの手を降り、微笑みながら告げた。

「さち、わしの結婚してほしい。この先にどんな困難があろうと、わしと共に生きてくれるか?」

 驚いたのはさちだった。
 それはぬらりひょんからの初めての求婚だったからだ。さちに結婚を申し込むために、ぬらりひょんの部屋へと呼び寄せたのだ。
 うれしくて、また泣きなくなってしまう。

「問うまでもありません。さちはとっくに、ぬらりひょん様の妻です」

 小さく叫んださちは、ぬらりひょんにしがみついた。
 さちの頬に涙があふれていく。涙を手で拭い取ってやりながら、さちのくちびるに、ぬらりひょんはそっとくちづけをした。受け入れたさちもまた、ぬらりひょんの整った顔に自らの顔を寄せる。
 さちとぬらりひょんは互いを求め合うままに、心と体を寄せ合った。

 雲に遮られた月の光は、さちとぬらりひょんの思いも覚悟も、そっと闇の中につつみこんでいく。切なく甘い夜は、静かに更けていった。
 その夜、さちはぬらりひょんの部屋から出てくることはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...