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1巻 あやかしの妹が家族になります
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「少なくとも三日は入ってないってことかな?」
少し苛つきながらも、できるだけ優しく聞いてみた。くり子は顔をあげ、ちらりと私を見る。
「そのまえも、まえもはいってにゃい……」
「ということは……。まさか五日もお風呂に入ってないの⁉」
思わず叫んでしまった。私の声に驚いたのか、くり子はテーブルの下に隠れる。
「おふろ、きやいやもん!」
「きらいだからって限度ってものがあるでしょ。ほら、くり子ちゃん。こっちにおいで。お風呂に連れていってあげるから」
テーブルの下をのぞき込み、くり子に手を伸ばす。
「やっ!」
ぷいっと顔を背け、私と目を合わせようともしない。
「や! じゃないでしょ。くり子ちゃん、こっちにおいで」
「じぇったい、やっ!」
「あのね……いい加減にしないと、おねいちゃんも怒るよ? そもそも昨日会ったばかりの子を、私がお世話する義務もないんだからね!」
慣れない子守りで疲れ始めていたせいか、つい余計なことまで叫んでしまった。妹という実感のない幼女に気を遣いながら、どうにか夜まで面倒をみたのだから。
「おねいちゃんが、おこった……」
「え?」
震えるような、小さな声が聞こえてきた。テーブルの下をうかがうと、くり子の目には涙がたまっている。
しまった……
と思った時にはすでに遅く、幼子の目から涙があふれ出してくる。
「おねいちゃんが、おこったぁ! おねいちゃんが、おねいちゃんがぁ……。うわぁぁ~ん!」
くり子はおいおいと泣き始めてしまった。その泣き声のすさまじいことといったら。疲れた私の頭に泣き声がわんわんと響いて、頭痛がしてきた。
「お、おかーしゃん……。あいたいようぅ。おかーしゃん、ふぇぇ」
「くり子ちゃん……」
くり子はこの家に来てから一度も、「お母さん」と口にしたことがなかった。幼児だし、お母さんが恋しくてたまらないだろうに。この子なりに、私やお父さんに気を遣っていたのかもしれない。私に怒られたから、本当のお母さんに会いたくなってしまったように思えた。
お母さんを求めて泣き続けるくり子の姿が、昔の自分に重なる気がした。この家で、お父さんとふたりだけになってしまった頃のことを。
辛くなってしまった私は、思わず目を閉じ、耳を塞いだ。
目をつむると、お母さんが元気だった頃の姿が浮かぶ。優しくて、いつも笑顔を絶やさなかった私のお母さん。笑顔が消えてしまったのは、病院に入院してからだ。
「杏菜、わたしがいなくなっても、お父さんと仲良くしてね。家族を大切にして。杏菜、あなたをおいていくお母さんを許してね……」
病院のベッドで、お母さんは泣きながら私を抱きしめた。お母さんが泣くところを見たのは、あれが最初で最後だった。
そっと目を開け、泣き続けるくり子を見た。ぼろぼろと涙をこぼし、悲しそうに泣いている。くり子は私と同じなんだ。母は違うけれど、今でも自分の母親を恋しく思っているのだから。くり子はまだ小さいし、母親を求める気持ちは、私よりずっと強いはずだ。
この子を受け入れてあげたい。
くり子が我が家に来て、初めて強く思った。
妹だから、とかじゃなくて、同じような境遇になってしまった子に、寄り添ってあげたかった。
「くり子ちゃん。怒鳴ってごめんね。こっちにおいで。おねいちゃんと一緒に、お風呂に入ろう?」
私はくり子のお母さんにはなれない。でも姉として、お母さんの真似事ぐらいならできると思うし、してあげたいと思う。
くり子のわめき声が、ぴたりと止まった。まだ涙は流れているけれど、大きな灰色の目で私をじっと見ている。
「おねいちゃん、いっしょ? おふろ、いっしょ、にゃの?」
「そうだよ。おねいちゃんが、くり子を優しく洗ってあげる。だからお風呂に入ろう。ね?」
くり子は涙を手で拭うと、もそもそとテーブルの下から這い出てきた。
「おねいちゃんといっしょ。なら、おふろ、はいりゅ」
涙ぐみながらも、くり子は小さく笑った。
あやかしのお母さんがいなくなってしまったとはいえ、いきなり知らない家に連れてこられて、この子も不安だったことだろう。それでもこの子なりに、私になじもうと頑張っていたのかもしれない。戸惑う気持ちは、私よりずっと強かっただろうに。
「うん。おねいちゃんと一緒にお風呂に入ろうね」
微笑んでみせると、くり子もにこっと笑った。
「じゃあ、お風呂に行こうか? くり子」
そっと手を伸ばす。くり子は私の手と顔を交互に見つめていたけれど、やがてしっかりと私の手を握った。小さくて、ぷにっとした可愛い手だった。
「おてて、つないで、おふろ、はいろね。おねいちゃん」
「うん。手を繋いで、お風呂に行こうね」
小さな手を軽く握りながら、お風呂場までゆっくりと歩いた。お風呂の前でまた泣き出すかと思って少し緊張したけれど、くり子はもう泣くことはなかった。
「服は自分で脱げる?」
くり子は得意気に右手をあげた。
「できゆ! でもね、おそでが、すぽんってとれないの……」
「手伝ってあげるから、できるところまでやってごらん」
「うん!」
下のショートパンツは自分で脱ぐことができたけど、Tシャツの袖部分をぬくことができなくて、もたついていた。
「くり子、ばんざいして」
そう言って両腕を上に伸ばさせると、くり子は素直に従った。
「ばんじゃーい」
「はい。お利口さん」
ひっぱり上げてやると、すぽんとTシャツが脱げた。
「すぽん! っていったぁ!」
くり子はうひゃひゃと笑っている。服が脱げただけで楽しいのかな。さっきまで泣いていたのに。ちびっ子って変だけど、ちょっと面白い。
私も手早く服を脱ぎ、くり子と手を繋いで浴室の扉を開けた。浴槽のふたを開けると、温かな湯気で浴室が満たされていく。湯気の温もりに怖気づいたのか、くり子が私の後ろに隠れた。
「もわもわ、こわい……」
湯気を「もわもわ」と言って、怖がっている。温かい湯気が苦手だから、くり子はお風呂が嫌いなのかもしれない。
「そうだ。いいものがある!」
浴室の収納棚から、あるものを取り出すと、くり子に手渡した。
「これ、なぁに?」
手のひらに置かれたキューブ状の塊を、くり子は不思議そうに見つめている。
「それをね、あつあつのお風呂に、ぽいってしてごらん。お風呂が変わるよ」
こくりと頷いたくり子は、浴槽にキューブを、「えいっ!」と投げ入れた。するとキューブがお風呂の中で溶け、しゅわしゅわと泡が出て、お湯の色がみるみる変わっていく。
「わぁ。おふろが、しゅわしゅわ、ゆってるぅ! あっ、いろもかわるうぅ」
くり子が浴槽に投げ入れたのは、キューブ状の入浴剤だ。疲れた時にお父さんが愛用しているもの。大人にとってはただの癒しアイテムでしかないけれど、子どもには変化が楽しいのでは? と思ったのだ。案の定、くり子から怯えが消え、目を輝かせながら浴槽を見つめている。
「くり子、しゅわしゅわが出ている間に体を流して、一緒にお風呂に入ろう」
「うん!」
お湯をそっとかけてやると、くり子はもう楽しくて仕方ないといった様子で、うひゃうひゃと笑いながら体をこすっている。お湯の色が変わっただけなのに、くり子には特別なことのようだ。
「おねいちゃんが洗ってあげるね。ほら、これはくまさんのスポンジだよ」
「くまちゃん!」
くまの形をしたバススポンジに大喜びしたくり子は、きゃーきゃーと奇声をあげながら私に洗われる。さっきまでお風呂嫌い! って叫んでいたのが嘘みたいな笑顔だ。
「頭も洗うから、目をぎゅーっとして」
「ぎゅ~」
目をぎゅっと閉じたくり子の頭にお湯をかけてやる。シャンプーの泡の中に見え隠れする銀色の角に気をつけながら、丁寧に頭を洗った。
「じゃあ、お湯に入ろう。ピンクのお風呂だよぉ」
「わーい、ぴんくぅ!」
くり子を抱き上げてお湯の中に入れてやると、大喜びで体を沈めていく。
「ここもぴんく、あっちもぴんく。くり子の手のなかも、ぴんく。じぇーんぶ、ぴんく!」
入浴剤でピンク色になったお風呂がよほど楽しいのか、くり子は無邪気にお風呂を楽しんでいる。
「くり子、肩までお湯に浸かろう」
「うん!」
くり子を膝に座らせ、ふたりでゆっくりと体を温めた。くり子はピンク色のお湯に手を浸したり、外に出してみたりと楽しそうだ。
それにしても、ちびっ子とお風呂に入る日が来るなんて、考えたこともなかったな。ひとりだとシャワーだけで済ませてしまうこともあるし、お風呂が楽しいって思ったこともない。誰かと入るお風呂は騒々しいけど、時にはこんなバスタイムも悪くないかもしれない。
「お風呂って楽しいね、くり子」
「うん! くり子、おふろ、だいしゅき!」
すっかりお風呂好きになってしまったらしい。お風呂嫌いはどこにいってしまったのやら。幼児ってちょっと目線を変えてあげるだけで、こんなにも機嫌が良くなるんだ。面白い。
「ばちゃ、ばちゃ。うふふ~」
くり子は本当に楽しそうだ。これなら明日からのお風呂入れは楽になるかもね。
しばらくお湯の温かさを堪能していたら、くり子が急に静かになった。
「くり子?」
声をかけると、くり子は私の膝で、こくりこくりと舟をこぎ、居眠りをしていた。
「えっ、さっきまで楽しそうに笑っていたのに、今度は眠たくなっちゃったの? ちょ、待って、待って」
慌ててくり子を抱き上げ、浴室から出た。
「くり子、体を拭くよ。ばんざいして」
「ばんじゃ~い。おねいちゃん、ねむいよぅ……」
「わっ、もうちょっとだけ待って、お願いっ!」
その場でかくんと寝落ちしそうになるくり子の体を拭き、私のお古のパジャマを着せる。ちょっと大きいけど、この際仕方ない。
「さ、できたよ。お布団に行こうか」
もはやくり子は一言も発せず、体もぐらんぐらんと揺れている。慌てて抱き止めると、くり子は私の腕の中で、こてんと寝てしまった。
「わ、もう寝ちゃった。早すぎるよ」
すぅすぅと軽やかな寝息を立て、くり子は気持ち良さそうに寝てしまった。
「どうすんのよ、この状況……」
私に体を預けて寝てしまったくり子に、途方に暮れた。でもこのままにしていたら、この子は風邪を引いてしまうかもしれない。
「早く布団に入れてあげないと。うわっ、重っ!」
寝てしまったくり子の体はずっしりと重い。幼児でも寝てしまうと、こんなにも重く感じられるんだ。
「風呂あがりに、これはキツイ……」
ふぅふぅ言いながら、どうにかくり子を運び、布団に寝かせた。
「つっかれたぁ~」
幼いくり子は可愛いけど、お世話はやっぱり大変だ。
世の中のお母さんやお父さんは、毎日こんなことをやっているんだろうか?
「『お母さん』って、すごい……。あれ、でも明日からうちも毎日こんな感じなの? 私がお母さん役? 勘弁してよぉ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、渇いた喉を潤そうと冷蔵庫へ向かった。コップに冷えたジュースを注ぎ入れると、一気に飲み干す。
「くぅ~効くぅ~」
お酒を飲んだ大人みたいに呟くと、もう一杯おかわりした。一仕事終えたあとの一杯って、すごく美味しいんだ(私のは、ただのジュースだけど)。
「それにしても、お父さん遅いなぁ。早く帰るって言ってたくせに」
父への文句を言いながら、食器の片付けをしていると、玄関の鍵が開く音が響いた。玄関に向かうと、髪の毛をぼさぼさにしたお父さんが入ってくる。
「ただいま~。はぁ、疲れた。杏菜、風呂沸いてるかぁ?」
何事もないような声で、のん気に帰宅した父をにらみつけ、玄関で腕を組んで仁王立ちしてやった。
「お早いお帰りで」
もちろん嫌味だ。これぐらいしてやんなきゃ、気がすまないもの。
「おおうっ、杏菜」
私が怒っていることにようやく気づいたのか、父は気まずそうに頭を掻いている。
「その、すまん。朝はさっさと家を出てしまって。でもおかげでなんとかまとまった有給休暇が取れた。明日から二週間ほど、俺が家でくり子の面倒をみるよ」
「え、本当に休めるの?」
仕事に行く前に父が言ったことは、嘘ではなかったようだ。
「ふぅ。うどん美味しかったよ。ありがとな」
きつねうどんをおかわりした父は、満足したように微笑んだ。
「杏菜、今日はくり子の面倒を押し付けてすまなかった。仕事を無断で休むわけにはいかないし、家庭に事情があるってことを伝えて、どうにか休暇が取れたんだ。責任者が引き継ぎもなく休むわけにはいかないからな」
仕事に対する責任感を垣間見せた父の顔は、私が知っている姿とは少し違っている気がした。こんなにキリッとした顔もするのね、お父さん。
「急に仕事が入ったというのも本当のことだったのね」
「そうだよ。工場のシステムにトラブルが発生して、現場をよく知る人間が必要だったんだ」
今日の朝、慌てて仕事に行ったのは、本当に仕方がないことだったようだ。
「くり子ひとりだったら仕事先に連れていくしかないけど、あの子には角と牙があるだろう? 大騒ぎになるのが目に見えてる。くり子は杏菜に懐いてる感じだったし、今日だけならおまえに任せても大丈夫だと思ったんだ」
「勝手にそう思われても困るよ。くり子はごはんもよく食べて、にこにこしてて、いい子だった。でも夜はぐずって大泣きして、大変だったんだからね」
「それは悪かった。ところで、くり子にお昼寝はさせたか?」
「お昼寝? えっ、ひょっとして小さい子ってお昼寝が必要なの?」
「子どもにもよるけどな。でも幼児が急にぐずり出す時は、眠い場合もあるんだ。杏菜がおチビだった頃も毎日お昼寝させていたぞ。お昼寝しないと、あとでぐずって大変なことになるからな」
「そうだったのね……。私、なんにも知らなくて」
「知らなくて当然だよ。杏菜には妹や弟もいなかったしな。杏菜の小さい頃のことを知ってるから、俺は少しだけ知識があるがな」
幼い子のことなんてなんにも知らなさそうな父が、子守りについて語っている。いい加減で何事も適当に思えるお父さんだけど、ちゃんと子どものことを見ているんだ。
「なんだよ、杏菜。俺の顔をじっと見て。何かついてるか?」
「意外だなぁって。お父さんは自分のことしか考えてないように思えた」
「おいおい。それはないだろ? 俺だって娘たちは可愛いし、何より大事に思ってる……って言いたいところだけど、そう思われても仕方ないよなぁ。最近は杏菜との会話も少なかったし」
確かに父との会話は減っていた。世間一般的な父と女子高生の娘が、どの程度会話しているのか知らないけれど。
「さくらが……杏菜の母さんが旅立ってしまってから、俺は杏菜と何を話していいのか、わからなくなっちまって。とにかく父として娘を笑わせないと! ってナゾの使命感で親父ギャグを連発したりしたけど、どうも空振りだったし。なんとかしなければって思いだけが先走っていたんだと思う」
ちょっと不器用だけど、お父さんはお父さんなりに、私のことを大切に思っていてくれたんだ。
「おまえの悲しみをどうにかしてやりたいのに、何をどうすればいいのかわからなくて。父として情けない、不甲斐ないって落ち込んでた時に出会ったのが、野分さんだった。野分さんは俺の話をいっぱい聞いてくれたあとに言ったんだ。『山彦さん、大切な奥様を亡くされてお辛いでしょう。わたしの店にいる時ぐらいは、心の鎧を外してくださいね』って。それを聞いた瞬間、思わず泣いてしまった。情けないけどな。杏菜のことも心配だけど、自分の悲しみとも向き合うべきだって気づいた。野分さんの前でみっともなく泣いて、ようやく前を向いて生きていこうって思えた」
お母さんが病気で亡くなった時、お父さんは私に涙を見せなかった。お母さんが天国に逝ってお父さんは悲しくないの? って思ったこともあったけれど、父は自分が悲しむ姿を私に見せたくなくて、必死だったのかもしれない。
「野分さんと交際を始めた時に思ったよ。彼女をこの家に迎えて、新しい家族としての生活を始めるのは、きっといいことだって。そうしたら、俺も杏菜も野分さんも、幸せになれるって思い込んでしまった。野分さんには野分さんの事情があったことに気づいてやれなかった。もっと時間をかけて話し合うべきだったって思うよ」
お父さんは少し遠くを見つめ、悲しそうに呟いた。自分のせいで野分さんがいなくなってしまったと責任を感じているのかもしれない。
「くり子がひとり残されてしまったけど、俺はなんとか育ててやりたいって思ってる。半妖であっても、くり子は俺の娘だから。だが杏菜にこれ以上迷惑はかけられない。だからまずは有給休暇でまとまった休みをとって、くり子の世話をしつつ、今後どうすればいいのか考えていきたいと思う」
お父さんはくり子を自分の娘として、この家で育てていきたいと思っているんだ。そしてそれは、簡単な話ではないことも理解している。くり子は半妖の子だから。
でもそうなれば、私も家族として協力していかなくてはいけないと思う。
小さい女の子を家族として引き取って育てていく。それは想像以上に大変なことだと、今日一日でわかった気がする。まだ心も体も未成熟だから、何をするかわからない危険性がある。できるだけ目を離さないようにしないといけないのだ。「いい子にしていて」と伝えて、大人しくできる幼児ばかりではないだろうし。
子育ては、きっと毎日、忙しさが怒涛のように押し寄せてきて、体力もいるし、精神の疲労もすごいと思う。
そんな大変な生活を世の中のお母さんやお父さんがなんとかこなしているのは、自分の子どもを愛しているからなんだろう。だから大変な毎日でも頑張れるんだ。
私はくり子を、やってきたばかりの半妖の妹を、家族として愛していけるのだろうか?
悶々と考え込んでいたら、見かねたようにお父さんが声をかけてきた。
「もしも、杏菜がどうしてもくり子をこの家におきたくないと感じたなら、正直に言ってほしい。くり子の預け先だとかを考えていかないといけないからね。くり子をこの家で育てたいと思うのは、あくまでお父さんの意志だ。杏菜に命令するつもりはないんだ。杏菜の思いも大事にしたいんだよ。俺にとっては、杏菜もくり子も大切な娘たちだ。どちらの思いも無視したくない。くり子をいきなりこの家に連れてきて申し訳ないと思うけれど、お父さんは杏菜も大事だってことをわかってほしい」
父の目はいつになく真剣だった。お父さんはくり子の幸せも、私の幸せも願ってくれているんだ。私もこれからのことを真剣に考えていかないといけない。
「ありがとう、お父さん。もうしばらく考えてみるね」
父は静かに頷いた。
「じっくり考えてくれ」
その目は優しく、力強かった。
少し苛つきながらも、できるだけ優しく聞いてみた。くり子は顔をあげ、ちらりと私を見る。
「そのまえも、まえもはいってにゃい……」
「ということは……。まさか五日もお風呂に入ってないの⁉」
思わず叫んでしまった。私の声に驚いたのか、くり子はテーブルの下に隠れる。
「おふろ、きやいやもん!」
「きらいだからって限度ってものがあるでしょ。ほら、くり子ちゃん。こっちにおいで。お風呂に連れていってあげるから」
テーブルの下をのぞき込み、くり子に手を伸ばす。
「やっ!」
ぷいっと顔を背け、私と目を合わせようともしない。
「や! じゃないでしょ。くり子ちゃん、こっちにおいで」
「じぇったい、やっ!」
「あのね……いい加減にしないと、おねいちゃんも怒るよ? そもそも昨日会ったばかりの子を、私がお世話する義務もないんだからね!」
慣れない子守りで疲れ始めていたせいか、つい余計なことまで叫んでしまった。妹という実感のない幼女に気を遣いながら、どうにか夜まで面倒をみたのだから。
「おねいちゃんが、おこった……」
「え?」
震えるような、小さな声が聞こえてきた。テーブルの下をうかがうと、くり子の目には涙がたまっている。
しまった……
と思った時にはすでに遅く、幼子の目から涙があふれ出してくる。
「おねいちゃんが、おこったぁ! おねいちゃんが、おねいちゃんがぁ……。うわぁぁ~ん!」
くり子はおいおいと泣き始めてしまった。その泣き声のすさまじいことといったら。疲れた私の頭に泣き声がわんわんと響いて、頭痛がしてきた。
「お、おかーしゃん……。あいたいようぅ。おかーしゃん、ふぇぇ」
「くり子ちゃん……」
くり子はこの家に来てから一度も、「お母さん」と口にしたことがなかった。幼児だし、お母さんが恋しくてたまらないだろうに。この子なりに、私やお父さんに気を遣っていたのかもしれない。私に怒られたから、本当のお母さんに会いたくなってしまったように思えた。
お母さんを求めて泣き続けるくり子の姿が、昔の自分に重なる気がした。この家で、お父さんとふたりだけになってしまった頃のことを。
辛くなってしまった私は、思わず目を閉じ、耳を塞いだ。
目をつむると、お母さんが元気だった頃の姿が浮かぶ。優しくて、いつも笑顔を絶やさなかった私のお母さん。笑顔が消えてしまったのは、病院に入院してからだ。
「杏菜、わたしがいなくなっても、お父さんと仲良くしてね。家族を大切にして。杏菜、あなたをおいていくお母さんを許してね……」
病院のベッドで、お母さんは泣きながら私を抱きしめた。お母さんが泣くところを見たのは、あれが最初で最後だった。
そっと目を開け、泣き続けるくり子を見た。ぼろぼろと涙をこぼし、悲しそうに泣いている。くり子は私と同じなんだ。母は違うけれど、今でも自分の母親を恋しく思っているのだから。くり子はまだ小さいし、母親を求める気持ちは、私よりずっと強いはずだ。
この子を受け入れてあげたい。
くり子が我が家に来て、初めて強く思った。
妹だから、とかじゃなくて、同じような境遇になってしまった子に、寄り添ってあげたかった。
「くり子ちゃん。怒鳴ってごめんね。こっちにおいで。おねいちゃんと一緒に、お風呂に入ろう?」
私はくり子のお母さんにはなれない。でも姉として、お母さんの真似事ぐらいならできると思うし、してあげたいと思う。
くり子のわめき声が、ぴたりと止まった。まだ涙は流れているけれど、大きな灰色の目で私をじっと見ている。
「おねいちゃん、いっしょ? おふろ、いっしょ、にゃの?」
「そうだよ。おねいちゃんが、くり子を優しく洗ってあげる。だからお風呂に入ろう。ね?」
くり子は涙を手で拭うと、もそもそとテーブルの下から這い出てきた。
「おねいちゃんといっしょ。なら、おふろ、はいりゅ」
涙ぐみながらも、くり子は小さく笑った。
あやかしのお母さんがいなくなってしまったとはいえ、いきなり知らない家に連れてこられて、この子も不安だったことだろう。それでもこの子なりに、私になじもうと頑張っていたのかもしれない。戸惑う気持ちは、私よりずっと強かっただろうに。
「うん。おねいちゃんと一緒にお風呂に入ろうね」
微笑んでみせると、くり子もにこっと笑った。
「じゃあ、お風呂に行こうか? くり子」
そっと手を伸ばす。くり子は私の手と顔を交互に見つめていたけれど、やがてしっかりと私の手を握った。小さくて、ぷにっとした可愛い手だった。
「おてて、つないで、おふろ、はいろね。おねいちゃん」
「うん。手を繋いで、お風呂に行こうね」
小さな手を軽く握りながら、お風呂場までゆっくりと歩いた。お風呂の前でまた泣き出すかと思って少し緊張したけれど、くり子はもう泣くことはなかった。
「服は自分で脱げる?」
くり子は得意気に右手をあげた。
「できゆ! でもね、おそでが、すぽんってとれないの……」
「手伝ってあげるから、できるところまでやってごらん」
「うん!」
下のショートパンツは自分で脱ぐことができたけど、Tシャツの袖部分をぬくことができなくて、もたついていた。
「くり子、ばんざいして」
そう言って両腕を上に伸ばさせると、くり子は素直に従った。
「ばんじゃーい」
「はい。お利口さん」
ひっぱり上げてやると、すぽんとTシャツが脱げた。
「すぽん! っていったぁ!」
くり子はうひゃひゃと笑っている。服が脱げただけで楽しいのかな。さっきまで泣いていたのに。ちびっ子って変だけど、ちょっと面白い。
私も手早く服を脱ぎ、くり子と手を繋いで浴室の扉を開けた。浴槽のふたを開けると、温かな湯気で浴室が満たされていく。湯気の温もりに怖気づいたのか、くり子が私の後ろに隠れた。
「もわもわ、こわい……」
湯気を「もわもわ」と言って、怖がっている。温かい湯気が苦手だから、くり子はお風呂が嫌いなのかもしれない。
「そうだ。いいものがある!」
浴室の収納棚から、あるものを取り出すと、くり子に手渡した。
「これ、なぁに?」
手のひらに置かれたキューブ状の塊を、くり子は不思議そうに見つめている。
「それをね、あつあつのお風呂に、ぽいってしてごらん。お風呂が変わるよ」
こくりと頷いたくり子は、浴槽にキューブを、「えいっ!」と投げ入れた。するとキューブがお風呂の中で溶け、しゅわしゅわと泡が出て、お湯の色がみるみる変わっていく。
「わぁ。おふろが、しゅわしゅわ、ゆってるぅ! あっ、いろもかわるうぅ」
くり子が浴槽に投げ入れたのは、キューブ状の入浴剤だ。疲れた時にお父さんが愛用しているもの。大人にとってはただの癒しアイテムでしかないけれど、子どもには変化が楽しいのでは? と思ったのだ。案の定、くり子から怯えが消え、目を輝かせながら浴槽を見つめている。
「くり子、しゅわしゅわが出ている間に体を流して、一緒にお風呂に入ろう」
「うん!」
お湯をそっとかけてやると、くり子はもう楽しくて仕方ないといった様子で、うひゃうひゃと笑いながら体をこすっている。お湯の色が変わっただけなのに、くり子には特別なことのようだ。
「おねいちゃんが洗ってあげるね。ほら、これはくまさんのスポンジだよ」
「くまちゃん!」
くまの形をしたバススポンジに大喜びしたくり子は、きゃーきゃーと奇声をあげながら私に洗われる。さっきまでお風呂嫌い! って叫んでいたのが嘘みたいな笑顔だ。
「頭も洗うから、目をぎゅーっとして」
「ぎゅ~」
目をぎゅっと閉じたくり子の頭にお湯をかけてやる。シャンプーの泡の中に見え隠れする銀色の角に気をつけながら、丁寧に頭を洗った。
「じゃあ、お湯に入ろう。ピンクのお風呂だよぉ」
「わーい、ぴんくぅ!」
くり子を抱き上げてお湯の中に入れてやると、大喜びで体を沈めていく。
「ここもぴんく、あっちもぴんく。くり子の手のなかも、ぴんく。じぇーんぶ、ぴんく!」
入浴剤でピンク色になったお風呂がよほど楽しいのか、くり子は無邪気にお風呂を楽しんでいる。
「くり子、肩までお湯に浸かろう」
「うん!」
くり子を膝に座らせ、ふたりでゆっくりと体を温めた。くり子はピンク色のお湯に手を浸したり、外に出してみたりと楽しそうだ。
それにしても、ちびっ子とお風呂に入る日が来るなんて、考えたこともなかったな。ひとりだとシャワーだけで済ませてしまうこともあるし、お風呂が楽しいって思ったこともない。誰かと入るお風呂は騒々しいけど、時にはこんなバスタイムも悪くないかもしれない。
「お風呂って楽しいね、くり子」
「うん! くり子、おふろ、だいしゅき!」
すっかりお風呂好きになってしまったらしい。お風呂嫌いはどこにいってしまったのやら。幼児ってちょっと目線を変えてあげるだけで、こんなにも機嫌が良くなるんだ。面白い。
「ばちゃ、ばちゃ。うふふ~」
くり子は本当に楽しそうだ。これなら明日からのお風呂入れは楽になるかもね。
しばらくお湯の温かさを堪能していたら、くり子が急に静かになった。
「くり子?」
声をかけると、くり子は私の膝で、こくりこくりと舟をこぎ、居眠りをしていた。
「えっ、さっきまで楽しそうに笑っていたのに、今度は眠たくなっちゃったの? ちょ、待って、待って」
慌ててくり子を抱き上げ、浴室から出た。
「くり子、体を拭くよ。ばんざいして」
「ばんじゃ~い。おねいちゃん、ねむいよぅ……」
「わっ、もうちょっとだけ待って、お願いっ!」
その場でかくんと寝落ちしそうになるくり子の体を拭き、私のお古のパジャマを着せる。ちょっと大きいけど、この際仕方ない。
「さ、できたよ。お布団に行こうか」
もはやくり子は一言も発せず、体もぐらんぐらんと揺れている。慌てて抱き止めると、くり子は私の腕の中で、こてんと寝てしまった。
「わ、もう寝ちゃった。早すぎるよ」
すぅすぅと軽やかな寝息を立て、くり子は気持ち良さそうに寝てしまった。
「どうすんのよ、この状況……」
私に体を預けて寝てしまったくり子に、途方に暮れた。でもこのままにしていたら、この子は風邪を引いてしまうかもしれない。
「早く布団に入れてあげないと。うわっ、重っ!」
寝てしまったくり子の体はずっしりと重い。幼児でも寝てしまうと、こんなにも重く感じられるんだ。
「風呂あがりに、これはキツイ……」
ふぅふぅ言いながら、どうにかくり子を運び、布団に寝かせた。
「つっかれたぁ~」
幼いくり子は可愛いけど、お世話はやっぱり大変だ。
世の中のお母さんやお父さんは、毎日こんなことをやっているんだろうか?
「『お母さん』って、すごい……。あれ、でも明日からうちも毎日こんな感じなの? 私がお母さん役? 勘弁してよぉ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、渇いた喉を潤そうと冷蔵庫へ向かった。コップに冷えたジュースを注ぎ入れると、一気に飲み干す。
「くぅ~効くぅ~」
お酒を飲んだ大人みたいに呟くと、もう一杯おかわりした。一仕事終えたあとの一杯って、すごく美味しいんだ(私のは、ただのジュースだけど)。
「それにしても、お父さん遅いなぁ。早く帰るって言ってたくせに」
父への文句を言いながら、食器の片付けをしていると、玄関の鍵が開く音が響いた。玄関に向かうと、髪の毛をぼさぼさにしたお父さんが入ってくる。
「ただいま~。はぁ、疲れた。杏菜、風呂沸いてるかぁ?」
何事もないような声で、のん気に帰宅した父をにらみつけ、玄関で腕を組んで仁王立ちしてやった。
「お早いお帰りで」
もちろん嫌味だ。これぐらいしてやんなきゃ、気がすまないもの。
「おおうっ、杏菜」
私が怒っていることにようやく気づいたのか、父は気まずそうに頭を掻いている。
「その、すまん。朝はさっさと家を出てしまって。でもおかげでなんとかまとまった有給休暇が取れた。明日から二週間ほど、俺が家でくり子の面倒をみるよ」
「え、本当に休めるの?」
仕事に行く前に父が言ったことは、嘘ではなかったようだ。
「ふぅ。うどん美味しかったよ。ありがとな」
きつねうどんをおかわりした父は、満足したように微笑んだ。
「杏菜、今日はくり子の面倒を押し付けてすまなかった。仕事を無断で休むわけにはいかないし、家庭に事情があるってことを伝えて、どうにか休暇が取れたんだ。責任者が引き継ぎもなく休むわけにはいかないからな」
仕事に対する責任感を垣間見せた父の顔は、私が知っている姿とは少し違っている気がした。こんなにキリッとした顔もするのね、お父さん。
「急に仕事が入ったというのも本当のことだったのね」
「そうだよ。工場のシステムにトラブルが発生して、現場をよく知る人間が必要だったんだ」
今日の朝、慌てて仕事に行ったのは、本当に仕方がないことだったようだ。
「くり子ひとりだったら仕事先に連れていくしかないけど、あの子には角と牙があるだろう? 大騒ぎになるのが目に見えてる。くり子は杏菜に懐いてる感じだったし、今日だけならおまえに任せても大丈夫だと思ったんだ」
「勝手にそう思われても困るよ。くり子はごはんもよく食べて、にこにこしてて、いい子だった。でも夜はぐずって大泣きして、大変だったんだからね」
「それは悪かった。ところで、くり子にお昼寝はさせたか?」
「お昼寝? えっ、ひょっとして小さい子ってお昼寝が必要なの?」
「子どもにもよるけどな。でも幼児が急にぐずり出す時は、眠い場合もあるんだ。杏菜がおチビだった頃も毎日お昼寝させていたぞ。お昼寝しないと、あとでぐずって大変なことになるからな」
「そうだったのね……。私、なんにも知らなくて」
「知らなくて当然だよ。杏菜には妹や弟もいなかったしな。杏菜の小さい頃のことを知ってるから、俺は少しだけ知識があるがな」
幼い子のことなんてなんにも知らなさそうな父が、子守りについて語っている。いい加減で何事も適当に思えるお父さんだけど、ちゃんと子どものことを見ているんだ。
「なんだよ、杏菜。俺の顔をじっと見て。何かついてるか?」
「意外だなぁって。お父さんは自分のことしか考えてないように思えた」
「おいおい。それはないだろ? 俺だって娘たちは可愛いし、何より大事に思ってる……って言いたいところだけど、そう思われても仕方ないよなぁ。最近は杏菜との会話も少なかったし」
確かに父との会話は減っていた。世間一般的な父と女子高生の娘が、どの程度会話しているのか知らないけれど。
「さくらが……杏菜の母さんが旅立ってしまってから、俺は杏菜と何を話していいのか、わからなくなっちまって。とにかく父として娘を笑わせないと! ってナゾの使命感で親父ギャグを連発したりしたけど、どうも空振りだったし。なんとかしなければって思いだけが先走っていたんだと思う」
ちょっと不器用だけど、お父さんはお父さんなりに、私のことを大切に思っていてくれたんだ。
「おまえの悲しみをどうにかしてやりたいのに、何をどうすればいいのかわからなくて。父として情けない、不甲斐ないって落ち込んでた時に出会ったのが、野分さんだった。野分さんは俺の話をいっぱい聞いてくれたあとに言ったんだ。『山彦さん、大切な奥様を亡くされてお辛いでしょう。わたしの店にいる時ぐらいは、心の鎧を外してくださいね』って。それを聞いた瞬間、思わず泣いてしまった。情けないけどな。杏菜のことも心配だけど、自分の悲しみとも向き合うべきだって気づいた。野分さんの前でみっともなく泣いて、ようやく前を向いて生きていこうって思えた」
お母さんが病気で亡くなった時、お父さんは私に涙を見せなかった。お母さんが天国に逝ってお父さんは悲しくないの? って思ったこともあったけれど、父は自分が悲しむ姿を私に見せたくなくて、必死だったのかもしれない。
「野分さんと交際を始めた時に思ったよ。彼女をこの家に迎えて、新しい家族としての生活を始めるのは、きっといいことだって。そうしたら、俺も杏菜も野分さんも、幸せになれるって思い込んでしまった。野分さんには野分さんの事情があったことに気づいてやれなかった。もっと時間をかけて話し合うべきだったって思うよ」
お父さんは少し遠くを見つめ、悲しそうに呟いた。自分のせいで野分さんがいなくなってしまったと責任を感じているのかもしれない。
「くり子がひとり残されてしまったけど、俺はなんとか育ててやりたいって思ってる。半妖であっても、くり子は俺の娘だから。だが杏菜にこれ以上迷惑はかけられない。だからまずは有給休暇でまとまった休みをとって、くり子の世話をしつつ、今後どうすればいいのか考えていきたいと思う」
お父さんはくり子を自分の娘として、この家で育てていきたいと思っているんだ。そしてそれは、簡単な話ではないことも理解している。くり子は半妖の子だから。
でもそうなれば、私も家族として協力していかなくてはいけないと思う。
小さい女の子を家族として引き取って育てていく。それは想像以上に大変なことだと、今日一日でわかった気がする。まだ心も体も未成熟だから、何をするかわからない危険性がある。できるだけ目を離さないようにしないといけないのだ。「いい子にしていて」と伝えて、大人しくできる幼児ばかりではないだろうし。
子育ては、きっと毎日、忙しさが怒涛のように押し寄せてきて、体力もいるし、精神の疲労もすごいと思う。
そんな大変な生活を世の中のお母さんやお父さんがなんとかこなしているのは、自分の子どもを愛しているからなんだろう。だから大変な毎日でも頑張れるんだ。
私はくり子を、やってきたばかりの半妖の妹を、家族として愛していけるのだろうか?
悶々と考え込んでいたら、見かねたようにお父さんが声をかけてきた。
「もしも、杏菜がどうしてもくり子をこの家におきたくないと感じたなら、正直に言ってほしい。くり子の預け先だとかを考えていかないといけないからね。くり子をこの家で育てたいと思うのは、あくまでお父さんの意志だ。杏菜に命令するつもりはないんだ。杏菜の思いも大事にしたいんだよ。俺にとっては、杏菜もくり子も大切な娘たちだ。どちらの思いも無視したくない。くり子をいきなりこの家に連れてきて申し訳ないと思うけれど、お父さんは杏菜も大事だってことをわかってほしい」
父の目はいつになく真剣だった。お父さんはくり子の幸せも、私の幸せも願ってくれているんだ。私もこれからのことを真剣に考えていかないといけない。
「ありがとう、お父さん。もうしばらく考えてみるね」
父は静かに頷いた。
「じっくり考えてくれ」
その目は優しく、力強かった。
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