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第三章
受け継がれしもの②
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「まず君に見せたいものがある。一緒に地下に行こう」
「地下? 今は利用してないから鍵がかけられてるって夕子さんから聞きましたけど」
「鍵ならわたしが持っている。当主が受け継ぐものだからな。ついてきなさい」
先に進む宗次郎の後を、草太は慌ててついていく。まるで梯子のような急な階段をゆっくり降りていくと、薄暗い地下室が現れた。地上からわずかな光が差しこむだけの地下室に、目が慣れるまで時間がかかった。宗次郎は更に奥へと進んでいき、草太も後に続く。やがて宗次郎がぴたりと止まった。
「草太くん、君に見せたかったのはこれだ」
言われた方向へ目を向ける。
「これは……?」
それはホラー映画好きの草太にとってはお馴染みの、しかし現実ではお目にかかったことのないもの。昔の座敷と思われる小さな部屋が、がっちりとした木製の格子で仕切られ、簡単には出入りできないようになっている。小さな出入り口には鍵。明らかに人を軟禁するための場所であり、牢だった。
「これは座敷牢ですか……?」
「そうだ」
宗次郎は表情を変えることなく答えた。冷ややかに座敷牢を見つめている。
草太には目の前にあるものが信じられなかった。六野家が代々続く旧家とはいえ、座敷牢があるということは、その利用目的は嫌な予感がするからだ。言葉にすることができない。あまりに不吉な気がする。
絶句している草太を気遣ってくれたのか、宗次郎が代わりに話してくれた。
「君もなんとなく予想ができるのだろう? その通りだよ。ここは美冬のように、ろくろ首の遺伝子を受け継いだ娘を閉じ込める場所だ。親が娘を閉じ込めることもあれば、娘の伴侶となったものが閉じ込めたこともあると聞いている」
「伴侶、ということはろくろ首の娘の夫が、ですか?」
「ああ。夫となったものが首が伸びる嫁を嫌がって、座敷牢に閉じ込めたと聞いている。見合いで結婚して最初は仲睦まじかったらしいが、段々とろくろ首の嫁を嫌がっていったそうだ」
ここまで聞いて、草太はようやく理解できた気がした。なぜ宗次郎が美冬と草太の結婚を頑なに反対していたのか。全ては美冬の幸せを、切に願ってのことだったのだ。
「本当にあったんですか? そんな酷いことが?」
「あくまで書物や伝承で伝わっているだけだがね。しかし君も知っての通り、ろくろ首の娘を冷遇すれば六野家は傾くといわれていた。事実そうであったらしい。災いを恐れて、長く座敷牢に入れておくことはしなかっただろう」
宗次郎の説明を聞いた草太は少し安堵した。女性が座敷牢に閉じ込められ、そこで一生を終えたなどと、聞きたくはなかったからだ。
「ろくろ首の娘を冷遇することはタブーとされた。しかし座敷牢は今も残されている。なぜだかわかるかね?」
草太は目の前にある座敷牢を見つめ、しばし考えた。
「戒めのため、ですか? 二度と同じ過ちを繰り返さないように」
宗次郎はゆっくりと頷いた。
「半分正解だ。六野家の子孫への戒め。もう半分は、ろくろ首の娘を守るためだ」
「どういうことですか? なぜ座敷牢がろくろ首の娘を守ることに繋がるのですか?」
草太の問いに宗次郎はしばし目を瞑った。何事か考えているようだ。ややあってゆっくりと目を開き、草太を見つめた。
「この座敷牢に自ら望んで入り、世間との交流を断ったろくろ首の娘もいたそうだよ」
「え、どうしてですか?」
「自らを化け物といい、己の姿を恥じたからだ」
草太の脳裏に未冬の姿が浮かんだ。美冬もまた自分自身を必要以上に卑下していた。
「人と共に生きることを拒み、自ら望んで座敷牢に入った。ひょっとしたら、自分の人生をそこで終わらせることで、ろくろ首の遺伝子を受け継ぐものを終わらせるつもりだったのかもしれない。昨夜、美冬が話したようにな」
宗次郎は静かに目を伏せた。
「美代子との結婚が決まる前、君と同じように蔵で過ごし、座敷牢を見せられ、六野家の歴史を聞かされた。嘘と思ってはいなかったが、ただの昔話だろうと思っていたよ。はるか昔にろくろ首の娘がいたかもしれんが、現代に生まれることはない、と思ってしまった。皮肉にも美冬が生まれたことで、六野家の伝承は真実であったと証明されてしまったがね」
辛そうに語る宗次郎が、気の毒に思えるほどだった。
「たとえ首が伸びる娘であっても、わたしにとって美冬はただひとりの、大切な娘だ。美代子と共に精一杯あの子を愛し、慈しんできた。座敷牢にひとりで入るだなんて悲しいことはさせたくなかったから、この座敷牢は封印したんだ。全ては美冬を守るため。あの子の幸せを願ってのことだった」
それは娘をこよなく愛する、ひとりの父親の姿であった。事情を抱えているからこそ、全てから娘を守り通したかったのだろう。
「美冬は親思いの良い娘に育ってくれたと思う。しかしあの子が自分自身を醜いと思う気持ちだけは、私達でも消してやれなかった。親として情けないばかりだ」
目を瞑り、肩を震わせながら話す宗次郎に、かける言葉が見つからない。静かに話を聞く草太に、宗次郎は再び視線を合わせた。
「草太くん。美冬と結婚するということは、ろくろ首の遺伝子をもつ六野家を継ぐということだ。いつ産まれるかは誰にもわからないが、ろくろ首の娘はまた産まれるかもしれない。美冬が将来産む子も、ろくろ首であるかもしれない。そんな美冬と六野家を、君は受け止められるかね? 守っていけるかい? 全てを受け入れてくれるなら、わたしはもう何も言うつもりはない。美冬と君の結婚を認めるし、心から祝福するつもりだ。美冬と君が幸せになれるよう、全力で援助していく。だがもしも。今の話を聞いて、美冬との結婚が恐ろしくなったのなら、黙ってここを去っていってほしい」
真摯に語る宗次郎の言葉は深く、重かった。ひとりの娘の父として、そしてろくろ首の遺伝子を受け継ぐ六野家当主として、草太に問うているのだ。草太もまた真剣に答えなければならなかった。
「地下? 今は利用してないから鍵がかけられてるって夕子さんから聞きましたけど」
「鍵ならわたしが持っている。当主が受け継ぐものだからな。ついてきなさい」
先に進む宗次郎の後を、草太は慌ててついていく。まるで梯子のような急な階段をゆっくり降りていくと、薄暗い地下室が現れた。地上からわずかな光が差しこむだけの地下室に、目が慣れるまで時間がかかった。宗次郎は更に奥へと進んでいき、草太も後に続く。やがて宗次郎がぴたりと止まった。
「草太くん、君に見せたかったのはこれだ」
言われた方向へ目を向ける。
「これは……?」
それはホラー映画好きの草太にとってはお馴染みの、しかし現実ではお目にかかったことのないもの。昔の座敷と思われる小さな部屋が、がっちりとした木製の格子で仕切られ、簡単には出入りできないようになっている。小さな出入り口には鍵。明らかに人を軟禁するための場所であり、牢だった。
「これは座敷牢ですか……?」
「そうだ」
宗次郎は表情を変えることなく答えた。冷ややかに座敷牢を見つめている。
草太には目の前にあるものが信じられなかった。六野家が代々続く旧家とはいえ、座敷牢があるということは、その利用目的は嫌な予感がするからだ。言葉にすることができない。あまりに不吉な気がする。
絶句している草太を気遣ってくれたのか、宗次郎が代わりに話してくれた。
「君もなんとなく予想ができるのだろう? その通りだよ。ここは美冬のように、ろくろ首の遺伝子を受け継いだ娘を閉じ込める場所だ。親が娘を閉じ込めることもあれば、娘の伴侶となったものが閉じ込めたこともあると聞いている」
「伴侶、ということはろくろ首の娘の夫が、ですか?」
「ああ。夫となったものが首が伸びる嫁を嫌がって、座敷牢に閉じ込めたと聞いている。見合いで結婚して最初は仲睦まじかったらしいが、段々とろくろ首の嫁を嫌がっていったそうだ」
ここまで聞いて、草太はようやく理解できた気がした。なぜ宗次郎が美冬と草太の結婚を頑なに反対していたのか。全ては美冬の幸せを、切に願ってのことだったのだ。
「本当にあったんですか? そんな酷いことが?」
「あくまで書物や伝承で伝わっているだけだがね。しかし君も知っての通り、ろくろ首の娘を冷遇すれば六野家は傾くといわれていた。事実そうであったらしい。災いを恐れて、長く座敷牢に入れておくことはしなかっただろう」
宗次郎の説明を聞いた草太は少し安堵した。女性が座敷牢に閉じ込められ、そこで一生を終えたなどと、聞きたくはなかったからだ。
「ろくろ首の娘を冷遇することはタブーとされた。しかし座敷牢は今も残されている。なぜだかわかるかね?」
草太は目の前にある座敷牢を見つめ、しばし考えた。
「戒めのため、ですか? 二度と同じ過ちを繰り返さないように」
宗次郎はゆっくりと頷いた。
「半分正解だ。六野家の子孫への戒め。もう半分は、ろくろ首の娘を守るためだ」
「どういうことですか? なぜ座敷牢がろくろ首の娘を守ることに繋がるのですか?」
草太の問いに宗次郎はしばし目を瞑った。何事か考えているようだ。ややあってゆっくりと目を開き、草太を見つめた。
「この座敷牢に自ら望んで入り、世間との交流を断ったろくろ首の娘もいたそうだよ」
「え、どうしてですか?」
「自らを化け物といい、己の姿を恥じたからだ」
草太の脳裏に未冬の姿が浮かんだ。美冬もまた自分自身を必要以上に卑下していた。
「人と共に生きることを拒み、自ら望んで座敷牢に入った。ひょっとしたら、自分の人生をそこで終わらせることで、ろくろ首の遺伝子を受け継ぐものを終わらせるつもりだったのかもしれない。昨夜、美冬が話したようにな」
宗次郎は静かに目を伏せた。
「美代子との結婚が決まる前、君と同じように蔵で過ごし、座敷牢を見せられ、六野家の歴史を聞かされた。嘘と思ってはいなかったが、ただの昔話だろうと思っていたよ。はるか昔にろくろ首の娘がいたかもしれんが、現代に生まれることはない、と思ってしまった。皮肉にも美冬が生まれたことで、六野家の伝承は真実であったと証明されてしまったがね」
辛そうに語る宗次郎が、気の毒に思えるほどだった。
「たとえ首が伸びる娘であっても、わたしにとって美冬はただひとりの、大切な娘だ。美代子と共に精一杯あの子を愛し、慈しんできた。座敷牢にひとりで入るだなんて悲しいことはさせたくなかったから、この座敷牢は封印したんだ。全ては美冬を守るため。あの子の幸せを願ってのことだった」
それは娘をこよなく愛する、ひとりの父親の姿であった。事情を抱えているからこそ、全てから娘を守り通したかったのだろう。
「美冬は親思いの良い娘に育ってくれたと思う。しかしあの子が自分自身を醜いと思う気持ちだけは、私達でも消してやれなかった。親として情けないばかりだ」
目を瞑り、肩を震わせながら話す宗次郎に、かける言葉が見つからない。静かに話を聞く草太に、宗次郎は再び視線を合わせた。
「草太くん。美冬と結婚するということは、ろくろ首の遺伝子をもつ六野家を継ぐということだ。いつ産まれるかは誰にもわからないが、ろくろ首の娘はまた産まれるかもしれない。美冬が将来産む子も、ろくろ首であるかもしれない。そんな美冬と六野家を、君は受け止められるかね? 守っていけるかい? 全てを受け入れてくれるなら、わたしはもう何も言うつもりはない。美冬と君の結婚を認めるし、心から祝福するつもりだ。美冬と君が幸せになれるよう、全力で援助していく。だがもしも。今の話を聞いて、美冬との結婚が恐ろしくなったのなら、黙ってここを去っていってほしい」
真摯に語る宗次郎の言葉は深く、重かった。ひとりの娘の父として、そしてろくろ首の遺伝子を受け継ぐ六野家当主として、草太に問うているのだ。草太もまた真剣に答えなければならなかった。
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