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第三章
受け継がれしもの①
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「実に楽しいパーティーだった。美冬ありがとう。ついでに草太くんもな」
宗次郎と美代子、草太と美冬とでダンスを楽しみ、時に競い合うように踊ったことがよほど楽しかったのだろう、宗次郎は満足そうな笑顔を浮かべている。「ついでに」は余計な気もしたが、宗次郎の笑顔を見れば文句を言う気にはならなかった。
「美冬、草太さん。ありがとう。とても幸せな時間でした」
優雅な微笑みを浮かべる美代子は、草太にもしっかりお礼を伝えてくれた。
「いえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました」
嘘ではなかった。草太もこれほど楽しい時間になるとは思っていなかった。
「お父さんとお母さんのダンスを久しぶりに見れて、私も嬉しかったわ」
美冬も同じ気持ちなのだろう。幸せそうに微笑んでいる。
「では今晩はこれでお開きとしましょうか」
美冬がパーティーの終幕を告げようとした、その時だった。
「草太くん。話したいことがあるから、君が暮らす蔵に明日伺う予定だ。いいかね? わたしと草太くんだけの話になるから、美冬は同席しないでほしい」
草太と美冬は顔を見合わせた。これまでなら草太を自分の私室に呼び出していたはずだ。今回は宗次郎自ら、草太の元へ行くという。格段の進歩といえたが、少し不安を覚えた。
「それほど緊張せんでもいい。虐めるつもりはないし、結婚を反対したいのではない。六野家にまつわる大事な話を、草太くんに伝えたいだけだ」
宗次郎は真っすぐに草太を見つめている。嘘や冗談には思えなかった。
「わかりました。明日ですね。お待ちしています」
草太も宗次郎をしっかりと見据えた。視線と視線がぶつかり合う。火花というほど荒々しいものではなかったが、断れば承知せんぞ、という宗次郎の気迫は伝わってきた。
「草太くん、ダメよ。私も一緒に」
「社長は僕と二人だけでの話し合いを希望してます。その通りにしましょう、美冬さん」
いわば男と男の話し合いだ。ここで逃げるわけにはいかない。美冬はどうにかして自分も加わろうとしていたが、美代子に肩を叩かれたこともあって、それ以上は口を挟まなかった。
「何かあったら、必ず報告してね、草太くん」
「大丈夫ですから心配しないでください」
不思議なことに、前ほど宗次郎のことを怖いとは思わないのだ。
「では明日また会おう、草太くん。今晩は楽しかったが、さすがに疲れたから先に休ませてもらうよ。美代子、行こう」
宗次郎は美代子の肩を抱くように支えると、二人で静かに去っていった。
「家族パーティー、上手くいったみたいですね」
「そうね、二人の雰囲気がすごく良くなったもの。大成功ね。でも明日のことが少し心配よ」
「美冬さんは心配性ですね。そういうこところ、お父さん似なのかも」
「嫌だ、変なこと言わないで」
美冬はふてくされたような顔をしているが、心底嫌がっているわけではないようだ。「やっぱり似たもの父娘だよ」と思ったが、それ以上言うのは止めておいた。
「さ、ここをさっさと片付けてしまいましょう! 夕子さんひとりに任せるのは悪いですし」
「そうね。お片付けしましょう」
ふたりは共に片付けを始めた。
「お嬢様、田村さん。お片付けなら私が」
夕子が慌てて止めに入ってきた。
「夕子さんひとりじゃ大変ですよ。3人でやればすぐ終わります」
「夕子さん、草太くんの言う通りよ」
「ではお言葉に甘えて、お片付けお願いしますね」
その晩は疲れていたが、不思議と体は軽かった。今晩はいい夢が見れそうだ。
翌日の日曜日午前中に、約束通り宗次郎が草太のところへやってきた。
「入っていいかね?」
「はい、どうぞ。というか、ここは元々六野家のものですし」
それは草太にとって軽い冗談のつもりだった。
「そうだな。だからこそここで話がしたいのだ」
「社長……?」
「ここは六野家の蔵として使っている。にもかかわらず個人が寝泊まりできる部屋があることを、おかしいとは思わんかったか?」
「それは少し思いましたけど、旧家はそんなもんかと思ってました」
宗次郎は小さく笑ったが、馬鹿にしているわけではないようだ。
「ここはな。六野家の婿や嫁になる予定のものが、まず暮らす場所なのだ。わたしも美代子と籍を入れる前に、ここで数ヶ月暮らしたよ」
「社長がここで暮らしてたんですか?」
「そうだ。まだ若い頃の話だがな」
すぐには言葉が見つからなかった。妙に居心地がいい部屋だとは思っていたが、まさかここに宗次郎も暮らしていたとは思わなかったからだ。宗次郎は黙り込んでしまった草太の肩に手を置くと、中に入るよう促した。
「怖がらせるつもりはない。だが大事な話だ。中でゆっくり話をさせてくれ」
「はい、わかりました」
長い話になりそうだ。
宗次郎と美代子、草太と美冬とでダンスを楽しみ、時に競い合うように踊ったことがよほど楽しかったのだろう、宗次郎は満足そうな笑顔を浮かべている。「ついでに」は余計な気もしたが、宗次郎の笑顔を見れば文句を言う気にはならなかった。
「美冬、草太さん。ありがとう。とても幸せな時間でした」
優雅な微笑みを浮かべる美代子は、草太にもしっかりお礼を伝えてくれた。
「いえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました」
嘘ではなかった。草太もこれほど楽しい時間になるとは思っていなかった。
「お父さんとお母さんのダンスを久しぶりに見れて、私も嬉しかったわ」
美冬も同じ気持ちなのだろう。幸せそうに微笑んでいる。
「では今晩はこれでお開きとしましょうか」
美冬がパーティーの終幕を告げようとした、その時だった。
「草太くん。話したいことがあるから、君が暮らす蔵に明日伺う予定だ。いいかね? わたしと草太くんだけの話になるから、美冬は同席しないでほしい」
草太と美冬は顔を見合わせた。これまでなら草太を自分の私室に呼び出していたはずだ。今回は宗次郎自ら、草太の元へ行くという。格段の進歩といえたが、少し不安を覚えた。
「それほど緊張せんでもいい。虐めるつもりはないし、結婚を反対したいのではない。六野家にまつわる大事な話を、草太くんに伝えたいだけだ」
宗次郎は真っすぐに草太を見つめている。嘘や冗談には思えなかった。
「わかりました。明日ですね。お待ちしています」
草太も宗次郎をしっかりと見据えた。視線と視線がぶつかり合う。火花というほど荒々しいものではなかったが、断れば承知せんぞ、という宗次郎の気迫は伝わってきた。
「草太くん、ダメよ。私も一緒に」
「社長は僕と二人だけでの話し合いを希望してます。その通りにしましょう、美冬さん」
いわば男と男の話し合いだ。ここで逃げるわけにはいかない。美冬はどうにかして自分も加わろうとしていたが、美代子に肩を叩かれたこともあって、それ以上は口を挟まなかった。
「何かあったら、必ず報告してね、草太くん」
「大丈夫ですから心配しないでください」
不思議なことに、前ほど宗次郎のことを怖いとは思わないのだ。
「では明日また会おう、草太くん。今晩は楽しかったが、さすがに疲れたから先に休ませてもらうよ。美代子、行こう」
宗次郎は美代子の肩を抱くように支えると、二人で静かに去っていった。
「家族パーティー、上手くいったみたいですね」
「そうね、二人の雰囲気がすごく良くなったもの。大成功ね。でも明日のことが少し心配よ」
「美冬さんは心配性ですね。そういうこところ、お父さん似なのかも」
「嫌だ、変なこと言わないで」
美冬はふてくされたような顔をしているが、心底嫌がっているわけではないようだ。「やっぱり似たもの父娘だよ」と思ったが、それ以上言うのは止めておいた。
「さ、ここをさっさと片付けてしまいましょう! 夕子さんひとりに任せるのは悪いですし」
「そうね。お片付けしましょう」
ふたりは共に片付けを始めた。
「お嬢様、田村さん。お片付けなら私が」
夕子が慌てて止めに入ってきた。
「夕子さんひとりじゃ大変ですよ。3人でやればすぐ終わります」
「夕子さん、草太くんの言う通りよ」
「ではお言葉に甘えて、お片付けお願いしますね」
その晩は疲れていたが、不思議と体は軽かった。今晩はいい夢が見れそうだ。
翌日の日曜日午前中に、約束通り宗次郎が草太のところへやってきた。
「入っていいかね?」
「はい、どうぞ。というか、ここは元々六野家のものですし」
それは草太にとって軽い冗談のつもりだった。
「そうだな。だからこそここで話がしたいのだ」
「社長……?」
「ここは六野家の蔵として使っている。にもかかわらず個人が寝泊まりできる部屋があることを、おかしいとは思わんかったか?」
「それは少し思いましたけど、旧家はそんなもんかと思ってました」
宗次郎は小さく笑ったが、馬鹿にしているわけではないようだ。
「ここはな。六野家の婿や嫁になる予定のものが、まず暮らす場所なのだ。わたしも美代子と籍を入れる前に、ここで数ヶ月暮らしたよ」
「社長がここで暮らしてたんですか?」
「そうだ。まだ若い頃の話だがな」
すぐには言葉が見つからなかった。妙に居心地がいい部屋だとは思っていたが、まさかここに宗次郎も暮らしていたとは思わなかったからだ。宗次郎は黙り込んでしまった草太の肩に手を置くと、中に入るよう促した。
「怖がらせるつもりはない。だが大事な話だ。中でゆっくり話をさせてくれ」
「はい、わかりました」
長い話になりそうだ。
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