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第三章

草太、実家に帰る①

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 思い出すのは、美冬の笑顔と泣き顔。抱きしめたときのやわらかな温もりと香り。

 ろくろ首体質であることをひた隠し、懸命に生きてきた人。彼女の首が不自然に伸びることを知っても、不思議と嫌いにはなれなかった。仕事では企画部の主任として社員のリーダー格なのに、草太とふたりきりになると途端に甘えてくる。彼女のそんな二面性も嬉しかったのかもしれない。

 草太は考えねばならなかった。自分にとって春野美冬はどんな存在なのか。そしてこれからのことを──。

            ♢♢♢

 風が草太を心地良く仰いでいる。トンネルを抜ければ、遠くに海が見える馴染みの景色だ。草太は実家に向かう電車の中にいた。美冬とのこと、そして今後のことを考えていたら、無性に家族に会いたくなったのだ。

「元気かなぁ。兄ちゃんたち」

 草太の実家は飲食店を開いていた。昔は食堂だったが、今は庶民的なレストランに変え、長男の幹太が経営している。
 次兄の健太は消防士となり、消防署に勤めている。
 3番目の兄、裕太は老舗和菓子屋の娘と恋仲になった。熱愛を経て和菓子屋の婿養子となり、今は和菓子職人になるべく修行中。
 父は草太が高校生の時に病で亡くなり、母は長男の店を手伝っている。

 末っ子で体が弱かった草太は、3人の兄たちによく鍛えられたものだ。
 長男の幹太は「いっぱい食って体力つけねぇと!」といわれ、手作りの料理を次々食べさせられた。当時中途半端な腕前だった幹太の料理は、美味しいとは言い難く、食べ切るのは拷問に近かった。その甲斐もあってか、幹太の腕前はメキメキ上達していき、現在は名料理人として地元で人気になっている。加えて、草太もそれなりの料理が作れるようになった。
「自分で食べるぶんは自分で作るよ!」と言わなければ、永遠に逃れられないと悟ったからだ。

 次兄の健太に「男は体力!」と言われ、よく海に突き落とされたものだ。一時間泳ぎ切るまで出てくるな!といわれ、延々泳がされた。おかけで体力がついたが、今でも水泳だけは苦手だったりする。
 四人兄弟の中でも群を抜いて体力自慢だった健太にとって、消防士の仕事はまさに天職だろう。夜勤や激務も喜々としてこなしているという。

 3番目の兄の裕太は、歳も近く仲も良かった。四人兄弟の中で一番容貌が良く、いわゆるイケメンで、女の子によくモテた。様々な女の子と浮名を流したが、高校生の時にとある少女と運命的な出会いを果たした。そこからは彼女一筋なので、意外と一途な性格だったらしい。
 裕太に「優しくないと男はモテないよ?」といわれ、忍耐力をつけるためにと
荷物持ちや家の手伝いを兄に代わってさせられた。素直だった草太は
「優しい人間になるための修行なんだ」と思って頑張った。
 社会人となった今では忍耐力は生かされていると思うが、それでモテるかどうかは微妙だった。

「今思うと、よく生きてこられたよなぁ、僕」

 つくづくそう思う。兄達にはずいぶんと可愛がられたものだ。
兄達のシゴキのおかけで強くなれた気はするので、感謝は(それなりに)しているが、おかけで今でも弟気質が抜けない。
 厳しい兄達ばかりだったせいか、優しい姉に憧れるようになり、それが草太の歳上の女性好きに繋がっている。

「いくら歳上の女性が好みでも、美冬さんは規格外って気がするけどね」

 美冬のことを思い出すと、たまらなく会いたくなる草太だった。
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