24 / 52
第二章
忘れられない夜
しおりを挟む
「草太くん、ごめんね。うちの父が勝手なことばかりいって」
「いえ、そんな……」
宗次郎との話し合いを終えると、宗次郎は黙って去っていってしまった。宗次郎の隣にいた彼の妻、美代子も早々にいなくなった。普通なら美冬の母である美代子が仲裁役に入ってもよさそうなものだが、美代子はただ黙って見ているだけで、何ひとつ口を挟まなかった。
黙り込んでしまった美冬を見ているのが辛くなり、草太も六野家を失礼させてもらうことにした。美冬が「門のところまで送るわね」と言ってくれたので、ふたりでゆっくりと歩いてきたのだった。
「父はひとりで突っ走るところがあるから。おかげで娘である私も結構大変なのよ」
乾いた笑いを浮かべる美冬が、どこか痛々しかった。
(無理して笑らおうとしないでください、美冬さん)
美冬に伝えたかった。しかしそんなことを言える資格が、自分にあるのだろうか? 草太は何も言えなかった。ただ、ぎこちない空気が流れていく。
「草太くん、お願いがあるの」
沈黙を破ったのは、美冬だった。
「はい、何でしょう?」
反射的に返事をした草太は立ち止まり、美冬に向き合った。
「父が今日話したことは全部、忘れてほしいの。ほら、お付き合いだの結婚だのいってたでしょ? 全て忘れて。草太くんとはこれからもお友だちとして仲良くしてほしいから」
「友だち、ですか……」
『友だち』という言葉に、胸がずきりと痛む。
「そう、友だち。勿論、仕事中は上司と部下よ?」
努めて明るく話そうとしているのだろう。それが草太への気遣いだと思うと何もいえなかった。
「わかりました」
「ありがとう、草太くん。これからもお友だちとして仲良くしてね?」
片手を伸ばし、美冬が握手を求めてきた。『友だち』としての握手なのだろう。
(ここで握手したら、美冬さんとはもう……)
完全に離れてしまうわけではない。友だち、そして上司と部下という関係に戻るだけだ。それはわかっていた。
「草太くん、お願い。握手して」
美冬の右手が微かに震えていた。驚いて顔を見ると、目に涙がたまっている。泣くのを堪え、必死に笑顔を浮かべようとしているのだ。草太の負担を考え、精一杯強がっている。そう思うと、草太はたまらない気持ちになった。
(ダメだ、友だちになんかなれない)
草太は両手を伸ばし、美冬の華奢な体を強引に抱き寄せた。美冬をこのまま手放したくない。ただ、それだけだった。
「そ、草太くん?」
突然の抱擁に、美冬は戸惑っているようだが抵抗はしなかった。夜の闇が二人を包み込み、そっと隠してくれた。香水の香りだろうか。淑やかな香りが草太の鼻をくすぐる。腕の中で感じる美冬の鼓動。全てが愛しくてならなかった。
「少し、少しだけ時間をください。考えてみます。これからのことを」
「草太くん……」
それは草太なりの決断だった。結婚はすぐに答えを出せるほど簡単な話ではない。だからこそ時間をもらって考えてみようと思ったのだ。
「わかった、待ってるわ。草太くん。でも無理はしないで」
「ありがとうございます、美冬さん」
その夜は、二人にとって忘れられないものとなった。
「いえ、そんな……」
宗次郎との話し合いを終えると、宗次郎は黙って去っていってしまった。宗次郎の隣にいた彼の妻、美代子も早々にいなくなった。普通なら美冬の母である美代子が仲裁役に入ってもよさそうなものだが、美代子はただ黙って見ているだけで、何ひとつ口を挟まなかった。
黙り込んでしまった美冬を見ているのが辛くなり、草太も六野家を失礼させてもらうことにした。美冬が「門のところまで送るわね」と言ってくれたので、ふたりでゆっくりと歩いてきたのだった。
「父はひとりで突っ走るところがあるから。おかげで娘である私も結構大変なのよ」
乾いた笑いを浮かべる美冬が、どこか痛々しかった。
(無理して笑らおうとしないでください、美冬さん)
美冬に伝えたかった。しかしそんなことを言える資格が、自分にあるのだろうか? 草太は何も言えなかった。ただ、ぎこちない空気が流れていく。
「草太くん、お願いがあるの」
沈黙を破ったのは、美冬だった。
「はい、何でしょう?」
反射的に返事をした草太は立ち止まり、美冬に向き合った。
「父が今日話したことは全部、忘れてほしいの。ほら、お付き合いだの結婚だのいってたでしょ? 全て忘れて。草太くんとはこれからもお友だちとして仲良くしてほしいから」
「友だち、ですか……」
『友だち』という言葉に、胸がずきりと痛む。
「そう、友だち。勿論、仕事中は上司と部下よ?」
努めて明るく話そうとしているのだろう。それが草太への気遣いだと思うと何もいえなかった。
「わかりました」
「ありがとう、草太くん。これからもお友だちとして仲良くしてね?」
片手を伸ばし、美冬が握手を求めてきた。『友だち』としての握手なのだろう。
(ここで握手したら、美冬さんとはもう……)
完全に離れてしまうわけではない。友だち、そして上司と部下という関係に戻るだけだ。それはわかっていた。
「草太くん、お願い。握手して」
美冬の右手が微かに震えていた。驚いて顔を見ると、目に涙がたまっている。泣くのを堪え、必死に笑顔を浮かべようとしているのだ。草太の負担を考え、精一杯強がっている。そう思うと、草太はたまらない気持ちになった。
(ダメだ、友だちになんかなれない)
草太は両手を伸ばし、美冬の華奢な体を強引に抱き寄せた。美冬をこのまま手放したくない。ただ、それだけだった。
「そ、草太くん?」
突然の抱擁に、美冬は戸惑っているようだが抵抗はしなかった。夜の闇が二人を包み込み、そっと隠してくれた。香水の香りだろうか。淑やかな香りが草太の鼻をくすぐる。腕の中で感じる美冬の鼓動。全てが愛しくてならなかった。
「少し、少しだけ時間をください。考えてみます。これからのことを」
「草太くん……」
それは草太なりの決断だった。結婚はすぐに答えを出せるほど簡単な話ではない。だからこそ時間をもらって考えてみようと思ったのだ。
「わかった、待ってるわ。草太くん。でも無理はしないで」
「ありがとうございます、美冬さん」
その夜は、二人にとって忘れられないものとなった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
鬼の御宿の嫁入り狐
梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中!
【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】
鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。
彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。
優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。
「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」
劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。
そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?
育ててくれた鬼の家族。
自分と同じ妖狐の一族。
腹部に残る火傷痕。
人々が語る『狐の嫁入り』──。
空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。
リヴァイアトラウトの背の上で
結局は俗物( ◠‿◠ )
ファンタジー
巨大な魚とクリスタル、そして大陸の絵は一体何を示すのか。ある日、王城が襲撃される。その犯人は昔死んだ友人だった―…
王都で穏やかに暮らしていたアルスは、王城襲撃と王子の昏睡状態を機に王子に成り代わるよう告げられる。王子としての学も教養もないアルスはこれを撥ね退けるため観光都市ロレンツァの市長で名医のセルーティア氏を頼る。しかし融通の利かないセルーティア氏は王子救済そっちのけで道草ばかり食う。
▽カクヨム・自サイト先行掲載。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる