12 / 52
第二章
あなたの趣味は?
しおりを挟む
「ねぇ、聞いてもいい?」
「なんですか?」
「草太くんの趣味って何?」
夜のオフィスで、美冬が遠慮がちに聞いてきた。わずかに赤くなった頬を隠すように首をくねらせている。
「うーん、僕は映画鑑賞ですかね?」
「映画? 草太くん映画好きなの?」
「好きですよ。レンタルも含めると毎週何かしらの映画見てます」
「映画館にもよく行くの?」
「行きますよー。映画館で見ると迫力違いますし」
「映画館かぁ。私子どもの時以来行ったことないの。行ってみたいなぁ」
「大人になって一度もないんですか? なんで?」
「子どもの頃、映画館でリラックスしすぎて首が伸びちゃったの。ほら、映画館って暗いでしょ? つい気が緩んでしまったみたい」
「それ以来一度も行ってないんですか?」
「ないわ。幸い誰にも気付かれなかったみたいだけど。あれ以来怖くて」
美冬が人知れず苦労していることが、ここにもあった。普通の人があたりまえのように楽しんでいることも、彼女にはできなかったりするのだ。
(『映画館で映画を見る』なんて、現代人なら誰でもしてることなのに。美冬さん、かわいそうだな)
すっかり同情した草太は、何気なく口にした。
「僕と一緒に、映画館行ってみます?」
「いいの? 私、首伸びちゃうかもしれないのよ」
草太はしばし考えた。美冬にとって少しでも負担がないように、さらに映画を楽しめるようにするには、どうすればいいのか。やがて良策を思い付き、朗らかな笑顔を浮かべた。
「今度の週末のレイトショー、夜の映画館に行きましょう。夜なら昼間より暗いから、目立ちにくいですよ」
「夜だと私、首を伸ばしたくて我慢できなくなるかも」
草太はまた、うーんと考える。
「僕がずっと手を握っててあげますよ。それなら耐えられるでしょ?」
「本当? ずっと手を握っててくれる?」
「レイトショーなら手を握っていても目立ちにくいですし、いいと思いますよ」
「なら行くわ。草太くんが横にいて手を握っていてくれるなら、きっと安心だもの」
美冬は首を元に戻し、満面の笑顔を浮かべた。まるで少女のようなあどけない様子に、草太もつられて笑った。草太も嬉しかったのだ。映画好きにとって、仲間が増えるのは何よりの喜びなのだから。
草太は気付いていなかった。スマホでいそいそとレイトショーの予約をする彼に気付かれないように、美冬が小さなガッツポーズをしていることを、微塵も気付いていなかった。
「なんですか?」
「草太くんの趣味って何?」
夜のオフィスで、美冬が遠慮がちに聞いてきた。わずかに赤くなった頬を隠すように首をくねらせている。
「うーん、僕は映画鑑賞ですかね?」
「映画? 草太くん映画好きなの?」
「好きですよ。レンタルも含めると毎週何かしらの映画見てます」
「映画館にもよく行くの?」
「行きますよー。映画館で見ると迫力違いますし」
「映画館かぁ。私子どもの時以来行ったことないの。行ってみたいなぁ」
「大人になって一度もないんですか? なんで?」
「子どもの頃、映画館でリラックスしすぎて首が伸びちゃったの。ほら、映画館って暗いでしょ? つい気が緩んでしまったみたい」
「それ以来一度も行ってないんですか?」
「ないわ。幸い誰にも気付かれなかったみたいだけど。あれ以来怖くて」
美冬が人知れず苦労していることが、ここにもあった。普通の人があたりまえのように楽しんでいることも、彼女にはできなかったりするのだ。
(『映画館で映画を見る』なんて、現代人なら誰でもしてることなのに。美冬さん、かわいそうだな)
すっかり同情した草太は、何気なく口にした。
「僕と一緒に、映画館行ってみます?」
「いいの? 私、首伸びちゃうかもしれないのよ」
草太はしばし考えた。美冬にとって少しでも負担がないように、さらに映画を楽しめるようにするには、どうすればいいのか。やがて良策を思い付き、朗らかな笑顔を浮かべた。
「今度の週末のレイトショー、夜の映画館に行きましょう。夜なら昼間より暗いから、目立ちにくいですよ」
「夜だと私、首を伸ばしたくて我慢できなくなるかも」
草太はまた、うーんと考える。
「僕がずっと手を握っててあげますよ。それなら耐えられるでしょ?」
「本当? ずっと手を握っててくれる?」
「レイトショーなら手を握っていても目立ちにくいですし、いいと思いますよ」
「なら行くわ。草太くんが横にいて手を握っていてくれるなら、きっと安心だもの」
美冬は首を元に戻し、満面の笑顔を浮かべた。まるで少女のようなあどけない様子に、草太もつられて笑った。草太も嬉しかったのだ。映画好きにとって、仲間が増えるのは何よりの喜びなのだから。
草太は気付いていなかった。スマホでいそいそとレイトショーの予約をする彼に気付かれないように、美冬が小さなガッツポーズをしていることを、微塵も気付いていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる