魔法のことば

蒼真まこ

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妻に迎えられて

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「あなた、長年のお勤め、お疲れ様でした」

 家に帰宅すると、昌也の妻である有美子ゆみこが朗らかな笑顔で迎えてくれた。

「ただいま。僕もこれでようやく定年退職だ。ありがとな、有美子。僕を支えてくれて」
「お礼を言うのはこちらのほうよ。我が家の大黒柱として、長年お勤めしてくれてありがとう」
「有美子だって働いていたじゃないか」
「私はパートだもの。支店長だったあなたとは違うわ。しかも体を壊して、七年前に退職したし」
「パートでも仕事は仕事だよ。働きながら家事をこなしてくれた。おまけに毎日弁当を作ってくれて。本当にありがとう」
「あなた……」

 妻の苦労を最大限に労う夫の言葉に、有美子は幸せにそうに微笑んだ。

「その立派な花束、花瓶にいけておきましょうか?」
「うん、頼むよ」

 花束を有美子に渡すと、小柄な妻は花束で顔が見えなくなりそうだ。

「レストランの予約はとってあるかい? 遅れるといけないから早めに行こう」
「ええ、そうしましょう。花をいけたらすぐに支度するわね」
「おめかししておいで。久しぶりに有美子のキレイな姿が見たいよ」
「やぁね、あなたったら」
 
 有美子は花束を抱えたまま、照れくさそうに笑うと、花をいけるべく洗面台へと向かった。

 昌也と有美子は、今でこそ穏やかに笑い合う日々だが、若い頃は不仲な時期もあったのだ。

「よっこらしょ」

 昌也はテレビがあるリビングのソファーに腰を下ろすと、軽くため息をついた。ぱたぱたと走り回る、有美子の軽快な足音を聞きながら、昌也は過去のことに思いを馳せる。

「子どもたちは立派に成長して巣立っていった。有美子ともいろんなことを乗り越えてきたな……」

 昌也は静かに目をつむり、互いに若かった頃のことを思い出し始めた。
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