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最終章
最終話
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数ヶ月間の修行と準備期間を経て、夫の信さんが水神として初めて天へ向かうこととなった。この後は各地を移動しながら、時折私のところへ帰ってくる生活を送ることになる。水神様の単身赴任だ。
「では、そろそろ参ろうと思う。だが水鏡を通して楓と交信するつもりだから、何も寂しくないぞ」
「ありがとう。でも大丈夫よ。みなも荘には大切な家族がいるもの」
「ああ。頼もしくも騒々しい、素敵な家族がな」
「ふふ。実はもうひとり増えるのよね」
「ん? どういう意味だ? 他の異類婚夫婦が来ることになったのか?」
「にぶいお父さんですねー。愛する家族がね、もうひとり増えるの。これでわかる?」
夫が目を丸くしている。やがてふるふると震えだしたかと思うと、私を一気に抱きかかえた。
「でかした! よくやった、楓!」
「ちょ、ちょっと、危ないわよ。落ちたら大変よ!」
「そ、そうであった。そうっとせねばな、そうっとな」
おそるおそる、そうっと私を地におろしてくれた。
「新しい家族ができるのなら、わたしは父として、はりきって仕事をしてこなければいかんな!」
信さんは子供のように、うきうきとはしゃいでいる。水神様なのに威厳のかけらもないけど、そんな彼だから大好きなのだ。
「信さん、もしも私達のように、人と人ならざる者が愛し合い、どこにも居場所がなくて困っていたら、みなも荘に連れてきてね。ここなら安心して暮らせるからって」
「ああ、わかってる。やり手の管理人がいるから、何も心配はいらぬ、とな」
「そうそう、掃除大好きな管理人が毎日お手入れしてるわよってね」
共に笑い、別れを惜しんでいたが、時間が来てしまったようだ。そう思った途端、視界が涙でぼやけてくる。やだ、笑って見送ろうって思ったのに。
「楓、そなたがどんな思いと覚悟でわたしを見送ろうとしているのか、わかっているつもりだ。楓と出会い、夫婦となれて本当に良かった。心から感謝している」
「やだ、信さん。そんな永遠のお別れみたいなこと、言わないで」
「大切な子も産まれるのだ。必ず帰ってくる」
「ええ、待っています」
信さんは最後に、私の頬にキスをした。少しひんやりとした口づけが、なぜか濡れているような気がするのは、私の勘違いだろうか。
「では、行ってくる!」
信さんの体がふわりと宙に浮かんだかと思うと、くるりとその身をひるがえし、雄々しい竜の姿へと変わった。青き水神となったその姿は、これまで見てきたどんな彼より大きくて神々しく、切なくなるほど美しかった。
水神である夫は、別れを惜しむようにしばし竜の舞いを見せ、ひと声鳴いたかと思うと、やがて空の中へと消えていった。
天へ昇っていく姿を眺めていたら、いつのまにか、みなも荘の住人が集まっていた。
「来てくれたんですね。どうせなら一緒に見送ってくれたらよかったのに」
涙を拭いながら、笑顔で話しかける。
「二人だけの時間を邪魔したら悪いもの。それにこれからも帰ってくるのでしょう?」
「ええ。家族も増えますから。じゃあ、私はお掃除を始めますね!」
「妊婦さんなんだから、無理はダメよ。軽くにしておきなさい」
「はーい、気をつけまーす」
ねぇ、信さん。私は大丈夫。みなも荘には大切な家族がいるもの。最初は寂しくて泣いちゃうかもしれないけど、きっと慣れるわ。だからあなたもお務めを頑張ってね。
愛用のほうきを握りしめ、天に向かって笑顔を浮かべる。きっと、未来は大丈夫だと信じながら──。
「では、そろそろ参ろうと思う。だが水鏡を通して楓と交信するつもりだから、何も寂しくないぞ」
「ありがとう。でも大丈夫よ。みなも荘には大切な家族がいるもの」
「ああ。頼もしくも騒々しい、素敵な家族がな」
「ふふ。実はもうひとり増えるのよね」
「ん? どういう意味だ? 他の異類婚夫婦が来ることになったのか?」
「にぶいお父さんですねー。愛する家族がね、もうひとり増えるの。これでわかる?」
夫が目を丸くしている。やがてふるふると震えだしたかと思うと、私を一気に抱きかかえた。
「でかした! よくやった、楓!」
「ちょ、ちょっと、危ないわよ。落ちたら大変よ!」
「そ、そうであった。そうっとせねばな、そうっとな」
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信さんは子供のように、うきうきとはしゃいでいる。水神様なのに威厳のかけらもないけど、そんな彼だから大好きなのだ。
「信さん、もしも私達のように、人と人ならざる者が愛し合い、どこにも居場所がなくて困っていたら、みなも荘に連れてきてね。ここなら安心して暮らせるからって」
「ああ、わかってる。やり手の管理人がいるから、何も心配はいらぬ、とな」
「そうそう、掃除大好きな管理人が毎日お手入れしてるわよってね」
共に笑い、別れを惜しんでいたが、時間が来てしまったようだ。そう思った途端、視界が涙でぼやけてくる。やだ、笑って見送ろうって思ったのに。
「楓、そなたがどんな思いと覚悟でわたしを見送ろうとしているのか、わかっているつもりだ。楓と出会い、夫婦となれて本当に良かった。心から感謝している」
「やだ、信さん。そんな永遠のお別れみたいなこと、言わないで」
「大切な子も産まれるのだ。必ず帰ってくる」
「ええ、待っています」
信さんは最後に、私の頬にキスをした。少しひんやりとした口づけが、なぜか濡れているような気がするのは、私の勘違いだろうか。
「では、行ってくる!」
信さんの体がふわりと宙に浮かんだかと思うと、くるりとその身をひるがえし、雄々しい竜の姿へと変わった。青き水神となったその姿は、これまで見てきたどんな彼より大きくて神々しく、切なくなるほど美しかった。
水神である夫は、別れを惜しむようにしばし竜の舞いを見せ、ひと声鳴いたかと思うと、やがて空の中へと消えていった。
天へ昇っていく姿を眺めていたら、いつのまにか、みなも荘の住人が集まっていた。
「来てくれたんですね。どうせなら一緒に見送ってくれたらよかったのに」
涙を拭いながら、笑顔で話しかける。
「二人だけの時間を邪魔したら悪いもの。それにこれからも帰ってくるのでしょう?」
「ええ。家族も増えますから。じゃあ、私はお掃除を始めますね!」
「妊婦さんなんだから、無理はダメよ。軽くにしておきなさい」
「はーい、気をつけまーす」
ねぇ、信さん。私は大丈夫。みなも荘には大切な家族がいるもの。最初は寂しくて泣いちゃうかもしれないけど、きっと慣れるわ。だからあなたもお務めを頑張ってね。
愛用のほうきを握りしめ、天に向かって笑顔を浮かべる。きっと、未来は大丈夫だと信じながら──。
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