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最終章

真夜中の女子会

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 その夜、不思議な夢を見た。
 私の両親と、信さんのお母様であるハナさんの三人が、テーブルでお茶を飲みながら、楽しそうにおしゃべりをしているのだ。
 生きていれば、きっとこんな感じだっただろう。もしかしたら、天国で会っているのかもしれない。そう思うと、切なさで胸が締めつけられる。

 私もお父さん、お母さん、そしてお義母様と一緒に話しがしたい……そう思って駆け寄ろうとしたとき、ふと目が覚めた。頬を伝う、涙の冷たさで起きてしまったらしい。どうやら、夢を見ながら泣いていたようだ。
 時計を見ると、深夜12時を過ぎたところだ。
 信さんと話し合いをしなくてはいけないのに、なぜか気まずくて、今晩も早々に寝てしまった。夫は「じゃあ一緒に眠ろう」と言っただけで、それ以上何も言わなかった。
 信さんは隣で静かに眠っている。寝ている顔は少年の頃のあどけなさが残っているのか、可愛く思えるから不思議だ。
 夫の寝顔を見ながら思う。おそらく信さんは、すでに結論が出ているのだと。でもそれは私の気持ち次第だと思っているから、あえて彼からは何も言わないのだろう。
 本当はわかっている。全ては私が、どんな決断を下すかで変わってくることを。だからこそ決めるのが怖い。夫に従うべきか、それとも……。

 眠ることをあきらめた私はそっと立ち上がると、信さんを起こさないように気をつけながら、そっと部屋を出た。深夜のみなも荘をゆっくりと静かに歩く。しばし歩くと、みなも荘を取り囲む、湖を見渡せる場所まで来た。そこは縁側となっていて、湖の様子を一望できる。私にとって、お気に入りの場所だ。腰を下ろすと、湖のせせらぎに耳を傾けた。
 
 私はどうしたらいいのだろう? くよくよ悩むなんて私らしくないのに。やっと手にした幸せが、足元から崩れていくような気がして、たまらなく怖い。人は幸せになると、臆病になるのだろうか?

「私は願いはなに……?」

 小さな声でそっと呟いた時だった。

「楓ちゃん」

 声をかけられ、驚いて振り向くと、女性が三人立っていた。

「こんな真夜中にどうしたんですか?」

 声をかけてきたのは、優花さん、雪華さん、椿さんだった。みなも荘の住人であり、異類婚夫婦の妻たちだ。

「それはこっちの台詞よ、楓さん。悩んでることがあるんでしょ?」
「ひとりで悩むの、良くない」
「だからね、今から緊急女子会しましょ。真夜中の女子会の開幕よ」
「真夜中の女子会……?」

 それぞれの夫には内緒の、秘密の夜会が幕を開けた。

「真夜中の女子会ですからね、体に良いお酒を用意したわ。はい、甘酒!」
「優花さん、甘酒なんて子供の飲み物じゃない。ここはやっぱり赤ワインよ。つまみはチーズを持ってきたわ」
「椿ちゃんってば、酒好きねぇ。でも悪くないわね」
「あたしはドライフルーツ持ってきたよ。ビタミン採れるし、ワインにも合いそう」
「あらぁ、雪華ちゃん、意外とイケるクチねぇ」

 呆然とする私をよそに、三人はさっさと真夜中の女子会の準備を整えた。

「どうぞ、楓ちゃん。夜の湖を見つめながらお酒飲むなんて最高だと思うわ」
「ど、どうも……」

 思わずグラスを受け取り、そこでやっと我にかえる。

「皆さん、どうして……。夜中ですよ?」
「楓ちゃんこそ、ひとりで悩んだらダメって言ったでしょ?」
「悩み事ってのはね、人に話すだけで意外と楽になるものよ」
「雪女だけど、悩みは聞いてあげれるよ」

 私のために、みんな集まってくれたんだ……。その気遣いが、今の私にはとても嬉しかった。

「さて、楓ちゃん。そろそろ話してくれる? 何を悩んでるのか」
「聞いても解決できるかどうかはわからないけどね」
「椿ちゃん、余計なこと言わないの!」

 しれっとした顔でワインを飲む椿さんの様子が楽しくて、つい笑ってしまった。笑った途端、心が軽くなる気がするのは我ながら単純だろうか? でも人間はそんなものなのかもしれない。

「ありがとうございます。良かったら聞いてもらえますか?」

 お酒を少しずつ飲みながら、信さんの父である水神から言われたことを、優花さんたちに話した。

「信さんはお義父さんの思いを受け継いで、水神になることを望んでいるんじゃないかと思います。妻ならそれを応援してあげるべきなんでしょうけど、信さんがとても遠い存在になる気がして……。今までみたいに、みなも荘にずっといられないでしょうし。お義父様は私の気持ちを察していたのか、『神格化させてやってもいい』と言ってくれたのですが、それも何だか違う気がするんです……」

 三人は頷きながらも、静かに話を聞いてくれた。

「楓ちゃんは信さんを応援したいけど、不安だし、寂しいのよね。遠くへ行ってしまう気がするものね。神格化させてもらっても、不安が解消するかどうかもわからないわよね」

 私の話を聞いた後、まず話し出したのは優花さんだった。
 指摘されて気付いた。私は寂しかったんだ。結婚してずっと一緒にいられると思ったのに、それができなくなるかもしれないから。

「こうすればいい、だなんて軽々しいことは言えないわ。楓ちゃんの一生がかかってるもの。助けになるかどうかわからないけど、私の話も聞いてくれる?」

 優花さんは甘酒を飲みながら、ゆっくり話し始めた。

優花さんは遠くを見つめている。少し悲しげな表情は、いつも穏やかな微笑みを浮かべている彼女とは様子が違っていた。

「私の夫の小太郎ちゃんね、たぶんあまり長く生きられないと思うの……。河童から人間になったけど、体への負担が思ったよりも大きいみたい。たまに苦しそうにしてるもの。わたしには隠してるけどね。椿ちゃんに診てもらってるし、私もしっかり健康管理してるから、すぐではないけれど、おそらく私より先に天国へ旅立ってしまうと思う」

 いつだって幸せそうなふたりに、そんな事情があったなんて……。衝撃で声も出せなかった。

「小太郎ちゃんと結婚できたら、ずっと幸せでいられると思ってたわ。昔の少女漫画は『様々な困難の末、ふたりは結婚しました。めでたし、めでたし』で終わってたもの。でも違うのよね、そんな簡単な話じゃないのよ。結婚の後にもいろんな事情があるのが人生だもの」

 穏やかな微笑みの裏で、彼女もまた大きな悩み事を抱えていたのだ。

「小太郎ちゃんに話したことがあるの、『河童に戻っていいのよ。私のことは気にしないで』って。小太郎ちゃんは言ってくれたわ。『たとえ命が早く尽きようと、君のそばにいることが僕の願いであり、幸せなんだ。大丈夫だよ、簡単には死なないから』って。私が彼の生活を一変させてしまったのにね。だからわたしは決めたの。何があっても笑って小太郎ちゃんのことを支え、守っていこうって。これがわたしたち夫婦の決断なの」

 悲しみをふり払うように微笑む優花さんが、切ないほどに美しかった。

「どんだけ愛し合ってる夫婦でも、死ぬときはバラバラよ。一緒に死ねやしない。それは人間もあやかしも、神様も同じじゃないかしら」

 誰より冷静に話すのは椿さんだ。

「異類婚姻した私たちだけど、そもそも生きる時間が違うのよね。うちの夫婦の場合、光摩のほうがずっと寿命が長いと思う。だって伝説の天狗様だもん。彼の妖力で美貌を保ったまま、長生きさせてもらうこともできるかもしれないわ。でも私は望まない」
「どうして、ですか?」

 思わず聞いてしまった。どうしてそう思えるのか不思議だったからだ。

「天狗と結婚した私が言うのもなんだけど、人間が好きだから。人の助けになりたくて医者になったからね。そんな私が妖力で寿命を延ばしてもらったら、おかしくない? 人間は限られた命だからこそ、必死に懸命に生きようとするし、その姿が尊いと思う。だから私は人間のままでいいの。光摩には言ってあるわ。『私が先に死んだら再婚していいいよ』ってね。あいつは『椿以外とは結婚しない。口説き落とすのに、どれだけかかったと思ってるんだ!』って笑うけど。これが私たち夫婦の決断ね」

 椿さんらしい、明快な決断だった。そこに至るまで、きっとたくさん悩んだのだろう。

「あたしと正幸の場合、正幸が先だと思う。雪女の寿命は200~300年って言われてるし。あたしも覚悟してるんだ。いつか彼を見送るんだって。だから今の幸せを大事にしたい。ひとりになった時のことを考えると、すごく、すごく怖いよ。でも正幸があたしに、強い心をくれたから。みなも荘なら、みんながいるし、きっと大丈夫だと思う。これがあたしたち夫婦の決断」

 三人が話してくれた、それぞれの夫婦の決断。
 なんて強くていさぎよくて、愛にあふれているのだろう?

「ありがとうございます。答えが見えたきた気がします。私たち夫婦なりの決断が出せそうです」

 話を聞いてもらって、そして話してもらって良かった。
 あとは私がどう決めるかだ。
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