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第三章

優花の恋

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「でもね、わたしを助けてくれた河童とはしばらく会えなかったの……」

 途端に優花さんは、がっくりと肩を落とす。 

「河童と出会った川に毎日通ったけど、姿を見せてくれなくて。呼びかけたり、河童の好物という、きゅうりを捧げてみたけど、ダメだった。なぜ姿を見せてくれないのか、理由がわからなかった……」

 顔をうなだれ、ひどく悲しげな顔をする。

「そのうちわたしが見た河童は、川におぼれたショックによる、まぼろしだったのかもしれない。そう思うようになったわ。でもね、どうしてもあきらめ切れなくて。自分でもなぜだかわからないけど、河童に会いたくて会いたくて、たまらなかった。だからね、わたし決意したの」

 うなだれていた顔をあげ、希望を見つめるように天を仰いだ。

「もう一度、おぼれてみようって」

 にっこりと笑ってみせる優花さんが、少し怖くなる。河童に会うためとはいえ、一歩間違えば命を落としかねないのに……。

「身投げと思われないように、人気のない時間帯を選んで、河童の好物のきゅうりをリュックに山ほど詰め込んて、それを重し代わりに川に飛び込んだ。わたしだってね、怖くないわけではなかったのよ?
だってあの時の『彼』に会えなければ、わたし死んでしまうかもしれないもの。まさに命がけよ。でもね、それほどに彼に会いたくてたまらなかった。思えばこの頃から、恋い焦がれていたのかもしれないわ……」

 一途すぎるほどの想いを胸に、川に飛び込んだ優花さん。河童に恋い焦がれる気持ちはちょっと理解できないけど、思い出の人に会いたくてたまらなくなる気持ちはよくわかる気がした。

「勇気をふりしぼって川に飛び込んだけど、しばらくは何も起きなかった。ああ、わたしはこのまま死ぬのね……。そう思った時だったわ、あの時の同じように強い力に引き寄せられたの。わたしを守るように抱きかかえると、水面に向かっていくのを感じた。ああ、『彼』だ、わたしの命の恩人にやっと会えた! って直感したわ。そうしたらもう、無我夢中で彼にしがみついてしまった。このまま離れたくなかったんですもの」

 うっとりとした顔で、思い出を語る優花さんは一途で健気な乙女に思えた。やってることは、ちょっと怖いけれど。

「そうしたらね、彼もわたしを抱きしめ返してくれたの。大切な宝物を守るように、そうっと。嬉しくて、目を凝らして彼を見た。間違いなく、あの時わたしを助けてくれた河童だった。彼の全身を見たのは、その時が初めてだったわ。その時ね、こう思ったの。『ああ、なんて可愛い河童なの……。彼こそわたしの運命の人』って」
 
頬を赤らめ、うっとりとした顔で初恋を語る優花さんの言葉に、私と椿さん、雪華ゆきかさんの目が合った。

「河童が、可愛い?」

 三人で目を合わせた後、最初に言葉を発したのは、椿さんだった。私と雪華さんも、こくこくうなずく。

「なによ、椿ちゃん。河童って、可愛いじゃない?」

 優花さんが不満げな言葉をもらす。自分だけではなく、他の人も「河童が可愛い」と思っていると信じて疑わないようだ。

 アニメで見たことがある河童は、緑色の肌で背中には亀の甲羅、頭にはお皿がのっていて、手足は水掻きがついている。見た目は人間というより、サルなどの動物に近い感じだった。
 あやかしとして興味深くはあるけど、「可愛いか」と問われると……。

「ごめんなさいね。人の好みのことを、他人がとやかくいうことじゃなかったわ。それで、その河童くんとは、その後どうなったの?」  

 椿さんは頭を下げ、素直に詫びた。彼女の言う通り、自分の感覚はどうあれ、人の好みを他人があれこれ決めつけていいわけがない。雪華さんと一緒に頭を下げる。

 優花さんも私達の思いを理解してくれたようで、あでやかな微笑みを見せてくれた。

「わかってくれればいいの。それでね、わたしを助けてくれた『彼』と再会して、ようやく『小太郎』という名前を教えてもらったのよ。これまでわたしが自分を探していたのは知っていたけど、河童が人とかかわってはいけないと思って、我慢していたんですって。でもわたしが川に飛び込んだのを知って、これ以上自分の気持ちをごまかせなくなった、って話してくれた。彼、ううん、小太郎ちゃんね、わたしにひとめぼれだったんですって! だから、わたしも伝えたの。『わたしもよ』……って。わたしたち、相思相愛だったのよ!」

 嬉しさと喜びを隠しきれないといった様子で、赤くなく頬を両手で隠しながら、キャーキャーと甲高い声をあげている。

 小太郎さんのこと、本当に大好きなのね。河童にひとめぼれというのは、ちょっと理解できない気もしたけど、二人の思いはまぎれもなく本物だ。

「それからね、わたしと小太郎ちゃんはデートを重ねたの。といっても、彼は川の中からあまり出られないから、川辺で一緒にお弁当を食べたり、おしゃべりをする程度だったけどね。時には彼の背に乗って、川を一緒に渡ったり、川から見える景色を一緒に楽しんだりしたわ。退屈でたまらなかった田舎の生活が、実は豊かな自然に囲まれた素敵な場所なんだって彼が教えてくれた。楽しかったわ……」

 うっとりとした顔で思い出を語る優花さんは、本当に幸せそうだった。

「あっという間に時は流れて、高校を卒業する時がきたわ。進学か就職か選ばなければいけなかったけど、わたしは小太郎ちゃんの近くを離れたくなかったから、迷わず地元の農園に就職を選んだの。それを小太郎ちゃんに話したら、『自分の存在が優花さんの将来を邪魔してしまった』って嘆くのよ。そんなこと気にしなくていいのに。それからまた、小太郎ちゃんは姿をみせてくれなくなったの……。彼に会いたくて、たまらなかった。そんなある日、小太郎ちゃんと出会った川に行ったら、川辺に銀色の髪と水色の瞳をもつ不思議な男性がいたのよ」

 優花さんがちらりと私を見て、にっこりと笑う。
 私も直感で気付いた。その人、信さんだ!


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