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第一章
あなたの花嫁
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「楓の花嫁姿が早く見たいな」
「信さんってば、気が早いわ。それより、信さんのお父様に報告しないと。水神様に私達の結婚を認めてもらわないといけないもの」
幸せそうな微笑みが消え、彼の表情は一気に固くなった。
「そうだった……。父上に話さなければ」
天を仰いで小さなため息をつく信さんの様子に、少しだけ笑ってしまった。
「その必要はございませんよ」
優しい声が静かに響いた。
驚いて振り向くと、昌さんが白い布地をもって立っていた。
「昌、それは?」
「信様のお母様である、ハナ様が着てらした花嫁衣裳です。水神様からお預かりしておりました。仕立て直してありますので、楓様がお嫌でなければ受け取ってほしいそうです」
純白の花嫁衣裳は想像以上に美しく、吸い寄せられるように受け取ってしまった。
「きれい……」
「水神様はその花嫁衣裳をハナ様の形見として、大切にされてました。楓様が信様と再び始めることができたなら、渡してやってほしいと頼まれていました」
「父上がそのような……」
「水神様はわかってらしたのでしょうね。楓様は必ず信様のところに帰ってくると」
水神とその息子とはいえ、子の幸せを願う父親の気持ちは、人間と変わらないのだろう。
「お義父様のお気持ち、確かに受け取りました。ありがとうございます!」
どこかで聞いているであろう、水神様に聞こえるように、大きな声でお礼を告げた。声に応えるように、風がそよぎ、水面がきらきらと輝いている。
「信様、わたくしからも信様にお話しがございます」
「なんだ?」
「信様のお世話を長らくさせていただきましたが、この辺りで引退させていただきたく存じます。楓様がいらっしゃれば、この婆も安心してのんびり隠居生活が送れます」
「昌……すまぬ。おまえにも迷惑ばかりかけた」
「とんでもございません。信様のお世話ができて幸せでございました……。花嫁となられる楓様のお支度をお手伝いするのが最後の仕事となりますね」
昌さんは涙ぐみながら、笑顔で話してくれた。私が信さんと再会するのを、彼女も心待ちにしていたのかもしれない。
「ありがとうございます、昌さん」
「本当に、本当にようございました。お幸せになってくださいませ、信様、楓様」
昌さんが泣くと、私までまた泣けてきそうだ。
「泣いてばかりはいられませぬ。さぁ、楓様。花嫁となるための準備をしませんと」
「え、もう?」
「花嫁行列です。あやかしたちが楽しみに待っておりますよ、信様の妻となられる方のお姿を見たくて、そわそわしております」
「あやかしたちが祝ってくれるのですか?」
「はい。信様はあやかしたちに良くしてくれますから」
「化け狸の昌を始め、世話になってるのはこちらのほうだ」
「え、昌さんの正体って、化け狸だったの?」
驚きの声をあげた私に、信さんと昌さんが顔を見合わせた。
「いままで気付かなかったのか? 楓」
「わたくしもとっくにお気づきとばかり」
「不思議な方だなぁ、と思ってたんですが……」
「楓はとぼけてるのか、するどいのか、わからんな」
信さんがいたずらっぽく笑った。
見た目は人間と変わらないのだから、普通は気づかないと思う。あ、だから『化け狸』なのか。
「そんな楓様が可愛らしくて仕方ないのでしょう、信様。素直になりませんと」
「こ、こら! 昌、余計なことを」
顔を赤くしながら昌さんの言葉を遮る様子を微笑ましく見守った。昌さんにとって、信さんは息子のような存在だったのかもしれない。そんな人に祝ってもらえると思うと、嬉しさで胸がいっぱいになる。
「さぁ、戯れはここまでにして。楓様、お支度しましょう」
「はい、お世話になります、昌さん」
たくさんの方に祝ってもらいながら、私は花嫁となる。
「信さんってば、気が早いわ。それより、信さんのお父様に報告しないと。水神様に私達の結婚を認めてもらわないといけないもの」
幸せそうな微笑みが消え、彼の表情は一気に固くなった。
「そうだった……。父上に話さなければ」
天を仰いで小さなため息をつく信さんの様子に、少しだけ笑ってしまった。
「その必要はございませんよ」
優しい声が静かに響いた。
驚いて振り向くと、昌さんが白い布地をもって立っていた。
「昌、それは?」
「信様のお母様である、ハナ様が着てらした花嫁衣裳です。水神様からお預かりしておりました。仕立て直してありますので、楓様がお嫌でなければ受け取ってほしいそうです」
純白の花嫁衣裳は想像以上に美しく、吸い寄せられるように受け取ってしまった。
「きれい……」
「水神様はその花嫁衣裳をハナ様の形見として、大切にされてました。楓様が信様と再び始めることができたなら、渡してやってほしいと頼まれていました」
「父上がそのような……」
「水神様はわかってらしたのでしょうね。楓様は必ず信様のところに帰ってくると」
水神とその息子とはいえ、子の幸せを願う父親の気持ちは、人間と変わらないのだろう。
「お義父様のお気持ち、確かに受け取りました。ありがとうございます!」
どこかで聞いているであろう、水神様に聞こえるように、大きな声でお礼を告げた。声に応えるように、風がそよぎ、水面がきらきらと輝いている。
「信様、わたくしからも信様にお話しがございます」
「なんだ?」
「信様のお世話を長らくさせていただきましたが、この辺りで引退させていただきたく存じます。楓様がいらっしゃれば、この婆も安心してのんびり隠居生活が送れます」
「昌……すまぬ。おまえにも迷惑ばかりかけた」
「とんでもございません。信様のお世話ができて幸せでございました……。花嫁となられる楓様のお支度をお手伝いするのが最後の仕事となりますね」
昌さんは涙ぐみながら、笑顔で話してくれた。私が信さんと再会するのを、彼女も心待ちにしていたのかもしれない。
「ありがとうございます、昌さん」
「本当に、本当にようございました。お幸せになってくださいませ、信様、楓様」
昌さんが泣くと、私までまた泣けてきそうだ。
「泣いてばかりはいられませぬ。さぁ、楓様。花嫁となるための準備をしませんと」
「え、もう?」
「花嫁行列です。あやかしたちが楽しみに待っておりますよ、信様の妻となられる方のお姿を見たくて、そわそわしております」
「あやかしたちが祝ってくれるのですか?」
「はい。信様はあやかしたちに良くしてくれますから」
「化け狸の昌を始め、世話になってるのはこちらのほうだ」
「え、昌さんの正体って、化け狸だったの?」
驚きの声をあげた私に、信さんと昌さんが顔を見合わせた。
「いままで気付かなかったのか? 楓」
「わたくしもとっくにお気づきとばかり」
「不思議な方だなぁ、と思ってたんですが……」
「楓はとぼけてるのか、するどいのか、わからんな」
信さんがいたずらっぽく笑った。
見た目は人間と変わらないのだから、普通は気づかないと思う。あ、だから『化け狸』なのか。
「そんな楓様が可愛らしくて仕方ないのでしょう、信様。素直になりませんと」
「こ、こら! 昌、余計なことを」
顔を赤くしながら昌さんの言葉を遮る様子を微笑ましく見守った。昌さんにとって、信さんは息子のような存在だったのかもしれない。そんな人に祝ってもらえると思うと、嬉しさで胸がいっぱいになる。
「さぁ、戯れはここまでにして。楓様、お支度しましょう」
「はい、お世話になります、昌さん」
たくさんの方に祝ってもらいながら、私は花嫁となる。
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