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第一章
信じるこころ
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私は信ちゃんのお父さんの顔を見ながら、ゆっくり話し始めた。
「私は信ちゃんのことを信じてます。裏切ったりしません。彼のことが大好きだから。結婚とかはまだ正直よくわからないけど、ずっと一緒にいたいです」
「信のことを全て知っているわけではあるまい。信は自らのことを水神の子とおまえに話したか? 知らなくても信じられるのか?」
一瞬、言葉につまってしまった。その通りだったから。
「それでも……私が知ってる信ちゃんだけで十分です。昔のことは彼が話したくなったときでいいんです。信ちゃんを傷つけてしまうから」
私だって、おじさんの家にひき取られた理由を、誰にでも話したいわけじゃない。
「私は何があっても、信ちゃんを信じるって決めたんです。信じるってきっと、そういうことだと思うから」
信さんのお父さんが私をじっと見つめている。その視線が怖くて、また震えてきそうだ。
「言葉だけではいくらでも重ねられよう。何をもって互いを信じると? 何を証しとする?」
少しだけ、視線が和らいだ気がするけど、まだ私のことを信じてもらえないみたいだ。
「だったら試してください、私を」
思わず口にしてしまった。ちょっぴり後悔したけど、たぶんこれしかない。
「私を試してみてください。何をされても後悔なんてしませんから」
信さんのお父さんの目が、きらりと光った。
「なかなか気の強い娘だ。だか興味深くはあるな……。では人間の娘よ、おまえを試すことにする。何をされても良いと言ったな? ならば信との記憶を消そう。お互いを信じるという絆が本物ならば、記憶がなくともいずれ、この湖に戻ってくるはずだ。信との絆を取り戻し、全ての真実を知り、それでも共に生きることを望むなら……。その時はおまえたちの婚姻を認めよう」
信ちゃんとの記憶を消される──。
それは身を切られるより辛い。でもこれは、私が望んだことだ。信ちゃんを、そして二人の絆を信じるって決めたもの。だから……。
「わかりました。信ちゃんとの記憶を消して下さい。でも私は、必ずここに戻ってきます。そして何を知っても彼と共に生きていきます」
「待って! 楓、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
信ちゃんが慌てて止めに入った。
「わかってる……つもり。でも私の気持ちを信じてもらうには、これしかないもの。正直すごく怖いけど」
「怖いなら止めろ。楓だけ苦しみを背負わなくていいから!」
信ちゃんは必死に私を止めようとする。すごくうれしい。でもね、私気付いてしまったの。
「信ちゃんも、信ちゃんのお父さんも、本当は人を信じたいのでしょう? でも信じ切れなくて、苦しんでる。二人に人間である私を信じてもらうために、まず私から、信ちゃんのお父さんを信じるって決めたの。きっと私にひどいことはしないって。お父さんの言う通り、信じてほしかったら言葉じゃなくて、私から相手を信じないとダメじゃないかな? って思うから」
「楓、君って子は……」
信ちゃんのお父さんは、少し驚いたような顔で私を見ている。そしてなぜか、くすりと笑った。
「おもしろい娘だ。気の強いことを言いながらも、足は震えている。強さと脆さを合わせもっているな。よかろう。水神の名にかけて、信との記憶を消す以外は何もしないし、約束は守ると誓おう。わたしを信じるか? 娘」
「はい、信じます」
「では……」
信ちゃんのお父さんが、片手をゆっくりとあげた時だった。
「待ってください!」
信ちゃんが大きな声で止めた。
「信、まだ止めるか? これは娘の望みでもあるのだそ?」
「いえ、もう止めません。楓の決意を聞いて、目が覚めた気がしますから。だからせめて、楓の記憶を消すのはぼく、いえ、わたしにやらせてください」
「しかし、おまえにまだそのような力は……」
その瞬間、信ちゃんの体に異変が起きた。
銀色の髪がゆっくりと伸び始め、体も少しずつ大きく、たくましくなっていく。私と、信ちゃんのお父さんが見守る前で、彼は徐々に大人の体へと変化していった。
「楓という娘を守りたいという気持ちが、おまえを成長させたか……」
気付けば、信ちゃんは自分のお父さんと変わらないぐらいの体格にまで成長していた。流れる銀色の髪が美しい、とてもきれいな青年だった。
「し、信ちゃんなの……?」
「そうだよ、楓。君のおかげで成長できたんだ。そして、水神の子としての力も、同時に目覚めたのを感じてる。だから君の記憶を消すのは、わたしがやる。さぁ、おいで」
エスコートするみたいに手をさし出され、おそるおそる信ちゃんの大きな手に自分の手を重ねた。すると、一気に彼の胸の中に引き込まれ、優しく抱きしめられた。驚く私の耳に、甘い吐息と共にささやきかける。息を吹き込まれるごとに、体の力がぬけていく。
「楓、わたしとの記憶は消すけど、君は必ずここへ戻ってくると信じるよ。そして真実を知っても、わたしと生きることを望んでくれるなら。そのときはもう二度と君を手放さない。永遠にわたしだけのものだ。だから、必ず戻って、くるんだよ……」
信ちゃんの吐息は、たまらないほどに優しく温かく、とろりとした眠気が私をつつみこんでいった。
「し、しんちゃ、ん……」
「楓、君のことが、誰より好きだ……」
胸がときめく言葉を子守歌のように聞きながら、私の意識はゆっくと落ちていった。
「私は信ちゃんのことを信じてます。裏切ったりしません。彼のことが大好きだから。結婚とかはまだ正直よくわからないけど、ずっと一緒にいたいです」
「信のことを全て知っているわけではあるまい。信は自らのことを水神の子とおまえに話したか? 知らなくても信じられるのか?」
一瞬、言葉につまってしまった。その通りだったから。
「それでも……私が知ってる信ちゃんだけで十分です。昔のことは彼が話したくなったときでいいんです。信ちゃんを傷つけてしまうから」
私だって、おじさんの家にひき取られた理由を、誰にでも話したいわけじゃない。
「私は何があっても、信ちゃんを信じるって決めたんです。信じるってきっと、そういうことだと思うから」
信さんのお父さんが私をじっと見つめている。その視線が怖くて、また震えてきそうだ。
「言葉だけではいくらでも重ねられよう。何をもって互いを信じると? 何を証しとする?」
少しだけ、視線が和らいだ気がするけど、まだ私のことを信じてもらえないみたいだ。
「だったら試してください、私を」
思わず口にしてしまった。ちょっぴり後悔したけど、たぶんこれしかない。
「私を試してみてください。何をされても後悔なんてしませんから」
信さんのお父さんの目が、きらりと光った。
「なかなか気の強い娘だ。だか興味深くはあるな……。では人間の娘よ、おまえを試すことにする。何をされても良いと言ったな? ならば信との記憶を消そう。お互いを信じるという絆が本物ならば、記憶がなくともいずれ、この湖に戻ってくるはずだ。信との絆を取り戻し、全ての真実を知り、それでも共に生きることを望むなら……。その時はおまえたちの婚姻を認めよう」
信ちゃんとの記憶を消される──。
それは身を切られるより辛い。でもこれは、私が望んだことだ。信ちゃんを、そして二人の絆を信じるって決めたもの。だから……。
「わかりました。信ちゃんとの記憶を消して下さい。でも私は、必ずここに戻ってきます。そして何を知っても彼と共に生きていきます」
「待って! 楓、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
信ちゃんが慌てて止めに入った。
「わかってる……つもり。でも私の気持ちを信じてもらうには、これしかないもの。正直すごく怖いけど」
「怖いなら止めろ。楓だけ苦しみを背負わなくていいから!」
信ちゃんは必死に私を止めようとする。すごくうれしい。でもね、私気付いてしまったの。
「信ちゃんも、信ちゃんのお父さんも、本当は人を信じたいのでしょう? でも信じ切れなくて、苦しんでる。二人に人間である私を信じてもらうために、まず私から、信ちゃんのお父さんを信じるって決めたの。きっと私にひどいことはしないって。お父さんの言う通り、信じてほしかったら言葉じゃなくて、私から相手を信じないとダメじゃないかな? って思うから」
「楓、君って子は……」
信ちゃんのお父さんは、少し驚いたような顔で私を見ている。そしてなぜか、くすりと笑った。
「おもしろい娘だ。気の強いことを言いながらも、足は震えている。強さと脆さを合わせもっているな。よかろう。水神の名にかけて、信との記憶を消す以外は何もしないし、約束は守ると誓おう。わたしを信じるか? 娘」
「はい、信じます」
「では……」
信ちゃんのお父さんが、片手をゆっくりとあげた時だった。
「待ってください!」
信ちゃんが大きな声で止めた。
「信、まだ止めるか? これは娘の望みでもあるのだそ?」
「いえ、もう止めません。楓の決意を聞いて、目が覚めた気がしますから。だからせめて、楓の記憶を消すのはぼく、いえ、わたしにやらせてください」
「しかし、おまえにまだそのような力は……」
その瞬間、信ちゃんの体に異変が起きた。
銀色の髪がゆっくりと伸び始め、体も少しずつ大きく、たくましくなっていく。私と、信ちゃんのお父さんが見守る前で、彼は徐々に大人の体へと変化していった。
「楓という娘を守りたいという気持ちが、おまえを成長させたか……」
気付けば、信ちゃんは自分のお父さんと変わらないぐらいの体格にまで成長していた。流れる銀色の髪が美しい、とてもきれいな青年だった。
「し、信ちゃんなの……?」
「そうだよ、楓。君のおかげで成長できたんだ。そして、水神の子としての力も、同時に目覚めたのを感じてる。だから君の記憶を消すのは、わたしがやる。さぁ、おいで」
エスコートするみたいに手をさし出され、おそるおそる信ちゃんの大きな手に自分の手を重ねた。すると、一気に彼の胸の中に引き込まれ、優しく抱きしめられた。驚く私の耳に、甘い吐息と共にささやきかける。息を吹き込まれるごとに、体の力がぬけていく。
「楓、わたしとの記憶は消すけど、君は必ずここへ戻ってくると信じるよ。そして真実を知っても、わたしと生きることを望んでくれるなら。そのときはもう二度と君を手放さない。永遠にわたしだけのものだ。だから、必ず戻って、くるんだよ……」
信ちゃんの吐息は、たまらないほどに優しく温かく、とろりとした眠気が私をつつみこんでいった。
「し、しんちゃ、ん……」
「楓、君のことが、誰より好きだ……」
胸がときめく言葉を子守歌のように聞きながら、私の意識はゆっくと落ちていった。
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